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井浦新が問う、コロナ以降の表現者のあり方 「世界で起きていることに、よりしっかりとつながる」

2020年05月23日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

井浦新

 ミニシアターの存続のために、今、多くの映画人が動いている。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言により、映画館が営業を休止。再開した地域も出てきてはいるが、今だに過酷な状況を強いられているのは変わらず、今後も予断を許さない状況だ。


【写真】UPLINK・浅井隆が考えるコロナ禍以降の映画館


 人々の心を楽しく、癒してくれる映画。しかし、自粛期間が終わって外に出たとき、以前と変わらずに、その場所に映画館があるとは保証ができない。そんな状況を受けて、映画監督や俳優、そして映画ファンたちが、映画館を守る「SAVE the CINEMA」や「ミニシアター・エイド」をはじめとするプロジェクトが立ち上がった。リアルサウンド映画部では、俳優の井浦新にミニシアターへの思いと「SAVE the CINEMA」の活動、今後の俳優としての在り方についても話を聞いた。


■ミニシアターが僕を育ててくれた


ーー井浦さんにとって映画館、特にミニシアターはどんな存在ですか?


井浦新(以下、井浦):僕は22年前に是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』でデビューさせてもらったときから今に至るまで、参加した作品のほとんどがミニシアターで上映されてきました。言ってみればミニシアターが僕を育ててくれたようなもので、役者として生まれたときからずっとミニシアターは切っても切れない、大切な場所です。役者になる前の10代、当時は携帯電話もなく、専門誌やカルチャー誌の最後の方にある一覧ページを読んで、色んな映画を見つけては、それが上映されている映画館に飛び込んで行きました。作品が観たくてその場所に向かっていましたが、思い返してみると知らず知らずのうちに、それが様々なミニシアターに通うことにつながっていました。インディペンデントのものに興味があったので、全国で大々的に上映していない作品を追っていく日々で、知らずしらずのうちにミニシアター体験を重ねていたというのは、僕にとってはラッキーなことだったと思います。


ーーミニシアターは観客の立場としても、演者としても大切な場所なんですね。特に印象深いミニシアターはありますか?


井浦:東京だと、今はなきシネマライズにはお客さんとして通っていましたし、デビュー作を上映してくださった場所なので思い入れがあります。舞台挨拶や、上映後のお客様とのディスカッションを初めて経験させてもらったのもシネマライズでした。いつも観ている映画館のスクリーンで自分が登場している作品を観るのは、本当に不思議な気分で、そういう意味でも夢を与えてくれた場所です。デビュー作と3作目の『DISTANCE』、『ピンポン』もシネマライズだったんです。当時の支配人さんに「シネマライズ俳優」と呼んでいただいて。デビューして間もない僕に興味を持ってくださり、まだ参加した作品が少ない中でも、それをまとめて「ARATAナイト」という形でオールナイトイベントを組んでくださったり。役者を続けていった先の夢を見させてくれたのはシネマライズでした。


ーー井浦さんは出演作が公開される度に、全国各地の映画館に足を運ばれています。


井浦:僕の恩師でもある若松孝二監督の作品に参加する機会をいただいたのがきっかけです。若松監督は60~70年代に映画を撮り始めた頃から、映画製作の独立プロダクションを設立して、配給を誰かに任せず、撮った映画を自ら映画館に売り込んで、上映初日には自分でお客さんに届けに行くというのを当たり前のようにやられていた監督でした。僕も若松監督のもとで芝居だけじゃなく、映画にまつわる様々なことを教えていただいて、当時は必ず監督と一緒に全国のミニシアターに、“どさ回り”をしに行って、巡業で次から次へと1日に3~4館、できる限りたくさんのミニシアターに自分たちで映画を運びました。映画は自分の知りたかったことや知らなかったことに出会わせてくれる存在だったのですが、それに加えて全国のミニシアターの支配人やスタッフの方との、人と人との出会いが生まれていきました。全国に出向くことはできないときも、「あの映画館でこの作品かけてくれてるんだな」と思うと、僕が出会ってきた映画館の方たちが一生懸命汗をかいてくださっているのはしみじみと実感できて、その方たちの顔が浮かぶんです。映画館というのは映画をかけてくださる大切な場所でもあり、たくさんの人に出会わせてもらっている場所でもあります。


■「SAVE the CINEMA」立ち上げの経緯


ーー「SAVE the CINEMA」は、映画監督や脚本家、プロデューサーの名前が多いですが、俳優として井浦さんも参加されています。どういった経緯で立ち上げの中に入っていったんでしょうか?


井浦:「SAVE the CINEMA」は諏訪敦彦監督の旗振りのもとで様々な映画人がそこに賛同して、映画を守りたいという思いがある有志たちが集まってできた組織です。僕自身は、1月に新型コロナウイルスの感染が広がっているというニュースを初めて見て、これは他人事じゃないだろうなと感じていました。当時はドラマの撮影を行っていたのですが、日本にいつ来てもおかしくないという怖さがありました。果たして撮り終えて放送できるか、放送するとき世の中はどうなっているのか、3~6月と新作映画の撮影現場が準備されていたんですが、それは一体どうなるんだろうか、映画が撮れたとしても映画館が果たして機能するのかどうか……と目まぐるしく色んなイメージが重なってきて。少しずつ外出自粛の動きが広まっていく中、SNS上で映画館の方たちが悲鳴を上げているのを目にするようになりました。「映画館も三密の要素を満たしてしまっていて、感染が起きてはいけないから、閉めなければいけないかもしれない」と。みなさんの「映画館はどうなってしまうのだろうか」という不安をTwitterで見て、映画館が止まったときに自分は何ができるんだろうと考えていました。そんなとき、若松プロにいらっしゃった『止められるか、俺たちを』の脚本を手掛けている井上淳一監督と連絡をとって、「ミニシアターの状況に1人で考えてしまっていて、壁にぶち当たってる」と相談をしました。「他の映画人たちはどういう風に考えていますか?」と話したときに、諏訪監督が旗を振って「SAVE the CINEMA」を立ち上げようとしていると教えてくださって。映画監督や映画人が有志が集まって、今すぐに動いていかなきゃいけないと言われ、力になれることはなんでもやりたいと話して、呼びかけ人の1人として参加することになりました。


ーー実際に発足されてから約1カ月経ちましたが、「#ミニシアターとわたし」を見ていても、こんなにもミニシアター、映画館への想いを持っている人が世の中にいたんだなと改めて感じます。


井浦:僕も感動しています。きっと支援をしてくださった方たち自身の生活も大変だと思うんです。金銭的にも生活の面でも大変なのに、映画のことを思っている方たちが、こんなにいてくださるんだと実感しました。だから、僕はますます頑張らなきゃなと思います。本当に感謝の思いです。みなさんの想いには役者としてしか返せないので、自分自身が本当に映画に全身を捧げていきたい気持ちも強くなりました。感謝の気持ちを込めて、これからもできる限り参加できる映画には参加して、みなさんには新しい映画と出会ってもらいたいです。


■経験したからこその表情が自然と出てくる


ーー井浦さんは役者として表現を伝える立場ということで、今後、コロナ禍以前の物語や表現とは意味合いが違ってきてしまう部分も出てくると思います。役者としてこれからの時代の表現について考えていることはありますか?


井浦:そこは僕自身も楽しみにしているんですが、とにかく現場に行ってみないと、今イメージしているものが、果たして通用するのか、求められるのかも分からないなと。監督や作品に、目に見える変化を表すことを求められたら、できるようにしていなきゃいけないと思いますが、心持ちやコロナ後の生きる構えが変化していれば、まずはいいんじゃないかなと思うんです。これからは、世界で起きていることに表現者たちはよりしっかりとつながっていかなきゃいけなくなるなと思います。特に役者は、そういう社会との繋がりを遮断して、浮世離れした世界でいることが役者の表現に生きるという妄想もあったと思うんです。確かにそうやって昭和のスターの人たちは時代を作られてきましたが、それは60~80年代の流れにハマったから機能したことで。観てくださる人たちに夢や希望を与えたり、心を動かせるものは浮世離れの要素もありながらも、現実というものにもちゃんと向き合っているものがほとんどです。自分が見て見ぬふりをしてきたことや、やれなかったこと、もっとできたことなどをできる時間もあるので、それをやっていくことがこれからの表現に大きく左右してくるんじゃないかなと思います。


ーー時代の流れとともに変化していく必要があると。


井浦:ただ、何も変わらないというものを見せることも、時としては大事になってくると思います。今まで無意識にやってきたことも意識してやったり、このコロナ禍を経験してきた1人の人間として心と体がどう動くのかを求められると思うので。だからこそ、これから自分はどう生きていくのかを考えることが必要なんだと思います。それを考えていれば、作品や監督によって求められたときに、また新たな自分の感情だったり、経験したからこその表情が自然と出てくる。その表現に滲ませるためにも、いまこの現実としっかり向き合うことがコロナ後の表現者たちに必要なことだと思うんです。


ーーまさにいま、医療従事者の方や、こんな状況でも働いてる方がたくさんいます。そういう中で心を弱めてしまったり、どうしても塞ぎがちになってしまう方もいると思います。人々がこの状況下で、どういう心持ちでいれば少しでも気持ちが楽になり、勇気を持って生きていけるか、井浦さんからメッセージをお願いしたいです。


井浦:世界中の医療従事者の方たちは命がけで毎日みんなのために働いてくれていますし、ゴミ収集の方たちもゴミの量が倍になって、仕事の量も増えているにも関わらず、感染の危険性もある中で運んでくださっています。だから僕たちは安心して生活できているし、感謝をする人たちがキリがないくらいたくさんいらっしゃる。本当に全ての方たちに感謝です。これから6月、7月となっていくと、1人1人の生活の存続がどうなっていくのかと、気持ちがどんどん不安に蝕まれていけば、家庭内での暴力や隣近所に対しての誹謗中傷というのも、どんどん大きくなっていくと思います。そんな中で人間の心のあり方が本当に大事になってくる。新型コロナウイルスに感染した方を差別することは絶対にあってはいけません。僕たちが求められるのは、人と人が助け合っていけるという気持ちだと思います。弱い自分自身に打ち勝っていかなきゃいけないと試されていている状況でもあるし、僕はマスクをしてソーシャルディスタンスを図りながら、やっぱり積極的に他者と声を掛け合っていきたいです。そんな社会だったら絶対に乗り越えられるはずだと思っています。まだ始まったばかりなので、皆さんが疲れて大変な状況ですけど、その癒しとなるためにも映画や音楽、文化や芸術があります。こういうときだからこそ、それらを楽しんでいただきたいですし、心を癒してほしいです。


(取材=石井達也/構成=大和田茉椰)