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コロナ禍、暴走したネットの正義「暇つぶしが、人つぶしに」スマイリーキクチさん

2020年05月23日 08:11  弁護士ドットコム

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コロナ禍において、感染者や営業する店に対する誹謗中傷や差別が相次いでいる。過度なバッシングやデマもみられ、自治体が「冷静な行動をお願いします」と呼びかけるまでに発展している。


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こうした状況に、お笑い芸人のスマイリーキクチさんは「人を傷つけることにネットを使うというのは、ずっと変わらないんだな」と胸を痛めている。



キクチさんも1999年のある日、突然、無関係の殺人事件の犯人とされ、それから10年以上ネットの誹謗中傷に悩まされてきた。



「自分の感情だけで悪を決めつけず、一回立ち止まることが大事。言葉は時に犯罪になるということをわかって欲しい」。そう訴えるキクチさんに、コロナ禍での誹謗中傷をどうみているか、話を聞いた。





●コロナより「人間が一番怖い」

相次ぐ感染者への誹謗中傷。キクチさんは「新型コロナウイルスは、人間の本性をむき出しにした」と切り出した。



「感染者の行動に対して怒りを覚えるだけで終わらず、『こいつを懲らしめよう』『社会的制裁を加えてやろう』と特定して個人情報を晒しあげる。その人がどういう人間かを鏡で映し出すようなウイルスだと感じます。



ネットでは『許せない』という気持ちが、ダイレクトに言葉で伝えられる。怒りが集合体になった時に、集団は凶暴化します。歯止めが効かない分、止めてくれる人もいない。コロナが教えてくれたのは、人間が一番怖いと言うことです」



この数年、事件や災害のたびに、同じような誹謗中傷やデマが繰り返されていることも気がかりでいる。



「2018年6月の一家4人が乗車していた『東名高速夫婦死亡事故』では、全く関係のない建設会社が被疑者の勤務先とされました。



2019年夏の常磐自動車道『あおり運転殴打事件』には、あおり運転の被疑者の女性に似ていると言うだけで、『ガラケー女』と誹謗中傷を受けた女性がいて、大変話題になりましたよね。



それもすぐに忘れられ、同じようなことが繰り返されている。ネットの中傷被害について、長年、講演活動をしていますが、ネットとの付き合い方がなかなか伝わらないのだと悔しくもあります」





●人を責めることが快楽に

キクチさんは「誹謗中傷する人には、2種類いる」と話す。ストレスが溜まっている人、そして、自分の正義感を見せつけたい人だ。



「ストレスが溜まっている人は、まず自分を褒めてあげればいいのに、人を責めることが快楽になってしまっている。僕を誹謗中傷した加害者も、皆自分の方がつらいと言っていました。



また、人をつるし上げることに使命感を持つ人がいるように思います。『警察も保健所も制裁できないなら、俺がやるぞ』と正義感を持っている。でも、自分は匿名という安全圏にいる。卑怯だと感じます。本来、弱い立場の人を守るのが正義ですよね」



外出自粛により普段の日常生活が送れず、ストレスを溜めた人たちが、「ネット私刑」に走り、正義を振りかざす「自粛警察」として活発化したのだろう。



●なぜエスカレートするのか

感染者の中でも特に、山梨県内に帰省した女性への批判が殺到した。ネットでは女性の個人情報だけでなく、親族や勤務先の情報がデマを交えて拡散されていった。



なぜ、ここまでエスカレートするのだろうか。キクチさんは、誹謗中傷する人たちの中に「モラルに反する人を許さない病」が蔓延していると指摘する。



「人を叩くことで『いいね』がもらえたら承認欲求につながる。『自分は正しいことをやっていて、賛同してくれる人がいる』。そう思い、社会の役に立っているような感覚におちいるのではないでしょうか。



正義と暴力は紙一重。正義を振りかざすと加害者にもなりえますが、その怖さを知らない人が多くいます。やっていることは善意だと思い込んでいるからこそ怖い。正直、言葉に殺意を感じました」





自粛生活が長引き、自宅で過ごす時間も長くなった。こうした背景もあり、誹謗中傷が盛んになっているとみている。



「『暇つぶし』が『人つぶし』になっています。ゲームと同じような感覚ですよね。コロナでストレスも感じている中で、『こいつ許さない』と思った瞬間、蜂起したように叩く。



『相手は悪いことしたからやっていいだろう』と善悪のジャッジも全部自分でやっている。フィルタリングは、スマートフォンではなく自分の心につけなければいけません」



●被害者はいつまで「やられ損」なのか

突然、襲ってくる誹謗中傷。誰しもが被害者になりうるが、被害回復までの道のりは簡単ではない。



2009年、キクチさんに対する誹謗中傷を書き込んだ19人が書類送検されたが、不起訴処分とされた。手間や費用の問題から、民事訴訟は起こしていない。



総務省では、この春から発信者情報開示のあり方について議論が始まったところだ。キクチさんは「これだけスマホやSNSが普及しながら、なぜ法律が変わらないのか疑問です」と訴える。



「私が警察に相談した時、10年以上誹謗中傷を受けているのに『もう少し様子を見ましょう』とか『実害はあるんですか』とか言われました。ネットの被害がいかに大変かは、経験しないと分からない。被害者の気持ちが伝わっていないのではないかと感じます。



現状は、被害者の負担があまりにも大きい。発信者を特定するために、最低2回は裁判を起こさなければいけない。特定するのに必要なログも3カ月~半年ほどで消えてしまう。  



これではやられ損で、被害者は永遠に泣き寝入りです。せめて投稿の削除だけはスムーズにしてもらいたいと思います」



●言葉の責任を持って

日本では、新たな感染者が次第に減りつつある。ただ、キクチさんは「デマと誹謗中傷はまだ序の口」といい、今後もこうした人権侵害が続いていくと予想している。



「これからコロナの影響で会社が潰れたり、経営が悪化したりして、仕事に影響が出る人も多くいるでしょう。第二波が懸念される中、今以上に、満員電車などにイライラする人も増えると思います。



こうしたストレスというのは、インターネット上に思いきり出てきます。特にツイッターは情報というよりも、喜怒哀楽が流れている。怒りへの共感が一番怖いです。ツイッターはそれが簡単にできます。許せないと思ったら、その感情がとめどなく拡散していくんです



情報があふれ、SNS等では専門家以外にも自称専門家の不確かな情報が発信されています。不安が募り恐怖感が高まればイライラします。怒っている人は情報量が多いですからね。



少しでも嫌な気分になったら、コロナに関する情報から離れて、自分の好きなことに目を向けましょう。



新型コロナウイルスの感染を防ぐための『3密』に情報との距離の『密着』を付け加え、4密にすれば、ウイルスとストレスの感染を防げると思います」





こういった状況だからこそ、キクチさんは人が支え合うことが重要だと話す。



「誰かを責めるよりも褒めたらどうでしょう。皆先行きが分からず、ストレスをかかえています。今傷つけ合うのはナンセンスです。



誹謗中傷する人には、言葉の責任を持ってもらいたいです。刑事責任だけでなく、賠償責任もともないます。人前で話せないことは、ネット上でもやらないと言うのが基準になると思います。言葉は武器になることを理解して欲しいですね」