トップへ

日本SF界の権威「星雲賞」にノミネート 『十三機兵防衛圏』はなぜ支持を集めるのか

2020年05月21日 13:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『十三機兵防衛圏』

 2019年に発売されたヴァニラウェア開発のタイトル『十三機兵防衛圏』が、日本SF界で権威ある賞とされる『星雲賞』にノミネートされた。同作はなぜこれほどの支持を集めるのか。星雲賞の概要を踏まえたうえで、システム面から『十三機兵防衛圏』の魅力へと迫っていく。ネタバレは限りなく0に近いため、未プレイの方も安心して読み進めてほしい。


(参考:『あつ森』オンライン飲み会、仮想イベント……人と人の交流で生まれる“無限大の遊び”


・ゲームカルチャーにとって縁遠い日本SF界の権威『星雲賞』
 星雲賞は1970年に誕生した、優秀なSF作品・SF活動をたたえる賞だ。対象となるのは前年に発表もしくは完結した作品で、日本SF大会参加者の投票によって選考される。創設当初は「日本長編」「日本短編」「海外長編」「海外短編」「映画演劇」の5部門だったが、その後「コミック」「アート」「メディア(映画演劇が名称変更)」「ノンフィクション」「自由」の5部門が新設・改名され、9部門で競われる賞となった。


 過去の受賞者・受賞作品には錚々たる名が並ぶ。次項に記したのはほんの一例であり、著名な作者・作品をすべて挙げればキリがないほどだ。


 今回『十三機兵防衛圏』がノミネートされたのはメディア部門。対抗馬には『彼方のアストラ』『天気の子』『翔んで埼玉』などがリストアップされた。これまでにも数多くのゲーム作品がノミネートまでこぎつけたが、受賞に至った作品は2001年の『高機動幻想ガンパレードマーチ』のみとなっている。ゲーム業界にとって縁遠い星雲賞で、同作が結果を残せるのか。今後の動向に注目が集まっている。


・『星雲賞』過去の主な受賞者・受賞作品
1973年『時計じかけのオレンジ』(スタンリー・キューブリック監督作品、映画演劇部門)
1974年『日本沈没』(著/小松左京、日本長編部門)
1975年『宇宙戦艦ヤマト(TVアニメ)』(総監督/松本零士、映画演劇部門)
1979年『スター・ウォーズ』(ジョージ・ルーカス監督作品、映画演劇部門)
1981年『星を継ぐもの』(著/J.P.ホーガン、海外長編部門)
1983~1986年、天野喜孝(FFシリーズのキャラクターデザインなど、アート部門)
1983年『ブレードランナー』(リドリー・スコット監督作品、メディア部門)
1985年『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督作品、メディア部門)
1986年『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ロバート・ゼメキス監督作品、メディア部門)
1986年『アップルシード』(作/士郎正宗、コミック部門)
1987年『うる星やつら』(作/高橋留美子、コミック部門)
1988年『銀河英雄伝説』(著/田中芳樹、日本長編部門)
1989年、手塚治虫(鉄腕アトムなど、特別賞)
1994年『ジュラシック・パーク』(スティーヴン・スピルバーグ監督作品、メディア部門)
1996年『寄生獣』(作/岩明均、コミック部門)
1998年、水木しげる(ゲゲゲの鬼太郎など、アート部門)
2000年『カウボーイビバップ(TVアニメ)』(監督/渡辺信一郎、メディア部門)
2003年『ほしのこえ』(新海誠監督作品、メディア部門)
2006年『陰陽師』(原作/夢枕獏・作/岡野玲子、コミック部門)
2007年『時をかける少女』(細田守監督作品、メディア部門)
2008年『初音ミク』(クリプトン・フューチャー・メディア、自由部門)
2017年『シン・ゴジラ』(樋口真嗣監督作品・総監督/庵野秀明、メディア部門)


・『十三機兵防衛圏』はなぜ支持を集めるのか
 星雲賞の選考基準を踏まえると、今回評価の対象となったのは『十三機兵防衛圏』のシナリオ面であることがわかる。当然シナリオそのものの質の高さは大前提だが、それだけの条件であれば数多の作品にチャンスがあったはずだ。そのなかでなぜ同作がノミネートへとたどり着いたのか。システム面からその魅力を紐解きたい。


 『十三機兵防衛圏』は3つのパートから構成される独特のゲームシステムを持つ。主人公13人をプレイアブルキャラクターとしたリアルタイムストラテジーが展開される『崩壊編』、アドベンチャーゲームとして主人公たちの群像劇を追体験する『追想編』、先の2つのパートでは語り尽くせないキーワードの背景をアーカイブ閲覧で深堀りする『究明編』の3つだ。ストーリーの大部分はこのうちの『追想編』で語られていく。『十三機兵防衛圏』が持つ魅力をシステム面から考えるのであれば、同パートについて言葉を尽くす必要があるだろう。


・緻密な設計によりシナリオを下支えする『追想編』の存在
 『追想編』は、13人にまつわる断片化されたエピソードを、キャラを選択しながら少しずつ読み明かしていく形で進行する。『十三機兵防衛圏』ではそれぞれの主人公のルーツとなる時代がバラバラであるため、プレイヤーは時間軸を無自覚に移動しながら同パートを進めていかなければならない。


 こうしたストーリーテリングの形式は、オーソドックスな時系列での進行に比べて物語の根幹となる謎を隠しやすく、プレイがマンネリ化しづらいメリットを持つが、一方で細切れとなったパート同士の辻褄が合いにくくなるデメリットもはらんでいる。5つの時代をまたぎながらひとつずつストーリーが組み立てられていく『十三機兵防衛圏』にとって、この短所は極めて踏みやすい地雷だ。しかし、同作はインデックス的な機能を持つ『究明編』との調和により事故の回避に成功している。メソッドに対する高い理解とゲームシステムにおける構成力でそのシナリオは支えられていると言っても過言ではない。


 もともと『追想編』のシステムには、キャラの選択によって体験するエピソードの順序を決められる自由度があるため、個々のプレイヤー間で物語の進行度に差の生じる危険性が存在している。しかしながら同パートでは、極めて重要な部分にフラグを用意することでプレイヤーの体験がコントロールされていた。現代のタイトルにとって「自由度」は重要な評価基準である。『十三機兵防衛圏』においては、シナリオの質を担保できる範囲で最大限プレイの自由度に配慮がなされ、それでいて面白さを失わない設計が目立っていた。


 『十三機兵防衛圏』がノミネートされたメディア部門は、書籍やアートといった特定の要素の影響力が強い部門(書籍であればシナリオそのもの、アートであれば見てくれ)に比べ、総合芸術的である側面を持っている。同作にメディア作品としての総合力がなければ同賞へのノミネートはなかっただろう。


 つまり、今回の栄誉はシナリオの質の高さのみで勝ち得たものではない。本記事で掘り下げたシナリオ面におけるシステムはもちろん、ヴァニラウェアが真骨頂とする美しいグラフィック、コンパクトながら必要十分な設計の『崩壊編』、その他さまざまなエッセンスが高次元でシナリオと融和したその完成度によって、『十三機兵防衛圏』は話題性・芸術性を獲得し、SF作品としても認められるに至ったのだ。


 書籍や映画、アニメ、コミック、アートといった並み居る文化に、ゲームはどのような存在感を示していけるのか。『十三機兵防衛圏』星雲賞ノミネートのニュースには、ゲームカルチャーの持つ無限の可能性を感じずにいられない。


(結木千尋)