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The Wisely Brothers 真舘晴子の『タゴール・ソングス』評 心が通う歌の素晴らしさ

2020年05月21日 12:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『タゴール・ソングス』(c)nondelico

 The Wisely BrothersのGt./Vo真舘晴子が最近観たお気に入りの映画を紹介する連載「映画のカーテン」が、「考えごと映画館」としてリニューアル。最近観たオススメ映画を、イラストや写真とともに紹介する。リニューアル後の第1回は、非西欧圏で初めてノーベル文学賞を受賞した詩人、ラビンドラナート・タゴールの魅力に迫ったドキュメンタリー『タゴール・ソングス』をピックアップ。(編集部)


参考:The Wisely Brothers 真舘晴子の『さよなら、退屈なレオニー』評:“人を思いたい”気持ちについて


 この春は、家にいる時間が増えたから、意識的にも無意識的にも、部屋を快適に過ごせるよういつもより掃除をしたり。ずっと手をつけようとしてたことをしてみたり、新しい感覚で家にいる時間が増えた。これまであまりしてこなかった曲のカバーというものも、最近したくなって、The Velvet Undergroundのカバーをいくつか試していた。「Stephanie Says」という曲を歌っていて、サビのところで、歌っていてハッとした。「But she’s not afraid to die(だけど彼女は死を恐れていない)」という歌詞と、そのメロディの動きに、心の強さがぴったりと来て、感情が入るのだ。歌っていて涙が出そうにもなる。あれ、心が通う歌ってなんて素晴らしいんだろうと思ったのである。


 今回紹介する映画は『タゴール・ソングス』。近代インドの大詩人タゴールの作った2,000曲以上にものぼる歌は、100年以上の時を超えた今も、ベンガル人に深く愛され生活を彩っている。この秘密を紐解く音楽ドキュメンタリーの監督は、自分とほとんど同い年の26歳の日本人の女性である。詩を作ることや、詩が人に与えるこころについて、そして何かの偶然性からこの作品に惹きつけられた。


「もし君の呼び声に誰も答えなくとも ひとりで進め」


 列車は外側にもたくさんの人がしがみついて発車する。田舎で生まれ、都市に出てきて列車の上で出会う若者たち。インドの今どきの女の子と、ベンガルの血を持つ日本人の女の子。心のなかに、共通した歌がある。歌声がある。


 「タゴール・ソングス」を歌うベンガル人の多くは、インド・バングラディシュのベンガル地方にいる。タゴールが生きていたのは、100年も前だ。今もこの地域では、小さな子供から若い女の子、そしておばあさんたちも、町中の人がタゴールの歌を歌っている。両国の国歌もタゴールが手がけており、地域のバンドはタゴールの歌をそれぞれアレンジして演奏している。若者のラッパーはタゴールの歌に背中を押され、その地域には根付いていなかったHIPHOPのシーンを作り上げている。「タゴールの言葉を理解することは難しい」と何人かの登場人物は言う。歌を歌う人々はそれぞれの捉え方でタゴールを歌っているのだ。ひとつのものに、様々な捉え方ができるというのは、自由で広い草原のような気持ちに思う。


 音楽の先生が音楽の授業で子供たちに言う。「歌を自分のものにすることは、音のひとつひとつを大事にすること」という言葉。タゴールの歌の音程はとても絶妙なカーブを描くメロディもある。簡単には覚えられないものもあるように思う。けれど、歌を大切に歌うことで、彼らはその歌の意味を、きっと、さらに自分の中に落とし込んでいった。


 パッと曲を聞くと、古くからあるその地域の民謡というイメージする人も多いと思うが、それとはまた違う気がするのである。それは、この歌を歌う人とそれを聞く人の表情を見るとすぐにわかるだろう。歌への気持ちは、それを目の前にした時の表情や仕草に出る。この映画の人々を見ていると、私は、歌っている人をあんな表情で見たことがあるだろうか?とも感じてしまう。大切な景色を見ているかのような表情だ。登場する地域の人々は、映画の出演に慣れているわけじゃないと思う。だから、おそらく恥じらいがあるのだけれど、それが自然に見えるのもいい。カメラに撮られているという、意識の中で存在する表情が、何だか心地よく見えるのだ。


 タゴールは、自分のいなくなった後も自分の作った歌が生きていくことを知っていたのだろうか? 「今から百年後—私の詩の葉を心を込めて読む人、あなたは誰か?」という歌詞がある。100年後の今、彼女たちが「タゴール・ソングス」を歌う時のまなざしを見ていると、タゴールはこの歌たちがどんな人に出会って、そんな自然の中に流れて、どんな愛に出会っていくかを、楽しみにしていたような気がした。


 私が今大切にしているものは、いつかの誰かの心に繋がることなのだろうか。作中に出てきて気になった曲たちの中に「あなたが居る」という曲がある。タゴールも自分の心の中に、誰かが居たんだ。


 バングラデシュのナイームは小さい頃に両親を亡くし、田舎から出てきて路上での暮らしを経て、今はタゴールを練習している。彼は、自分は愛を知らないと言うけれど、近くの子供たちみんなの夢をそらで言えたり、タゴールの歌を歌って、愛を与えているように見えた。彼の歌う「もし君の呼び声に誰も答えなくとも ひとりで進め」の歌詞は、その答えの行動のような気がした。タゴールは自分がいなくなった後も、ベンガル人に、歌を歌う人々に、それを偶然耳にする人々に、愛情を注いでいるんだ。


 それは何だか、とても驚きだった。もし、自分がいなくなった後も、誰かを愛すことができたり、癒すことができたり、歌うことを楽しんでもらえるならば?


 今そばにいられなくても、歌は、いつかの誰かのそばにいることができるかもしれない。Velvetsの「But she’s not afraid to die…」の歌詞のように、タゴールの「もし君の呼び声に誰も答えなくとも ひとりで進め」の歌詞のように。(真舘晴子)