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乃木坂46、東京ドーム初単独公演特別配信での“ライブ感の共有” コロナ禍で変化みせるアイドルの発信

2020年05月18日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

乃木坂46『真夏の全国ツアー2017 FINAL! IN TOKYO DOME』(通常盤)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、エンターテインメント界はジャンルを問わずライブ型パフォーマンスやイベント、あるいは従来の作品制作をストップせざるを得ない状況が続いている。さまざまなアーティストや団体がこの事態に適応しながら現在可能なスタイルで発信方法を模索し、リモートで制作した映像コンテンツや過去公演等アーカイブがインターネット上で公開される流れも定着してきた。


(関連:lyrical school「REMOTE FREE LIVE vol.1」はこちら


 もとより、女性アイドルはグループ単位のみならず個別メンバーのレベルでも、SNSを中心にして室内にカメラを据えての収録あるいはライブでの配信コンテンツを日常的に、無数に生成してきたジャンルである。そのため、従前から使用していたSNS、ストリーミングサービス等は引き続き、グループやメンバー個々が現在の状況下でアウトプットを行なう場所になっている。もちろん、他者と密接に関わることが大きく抑制される現在、視覚的なバリエーションには限界がある。それでも、すでに4月上旬に制作されYou Tubeで公開されていたlyrical schoolの「REMOTE FREE LIVE vol.1」のように、フレッシュな見せ方を実現する事例も早くから登場していた。


 2010年代を通じて女性アイドルシーンの巨大組織であり、SNSやストリーミングサービスを多数駆使してきたAKB48グループでも、「OUC48」と銘打ったプロジェクトをはじめとして、動画配信を中心に発信を続けている。


 もっとも、とりわけメンバー個々人が自由度の高いアウトプットをする可能性に開かれているのが、48グループの特性である。その点について言えば、48グループのなかでも強い発信力を保ってきた人物が、この時期に相次いで個人としての新しい発言の場を用意したことはひとつのトピックである。


 AKB48の柏木由紀と、昨年48グループを卒業したのちもアイドルシーンにおいて強い影響力をもつ指原莉乃の二人は、いずれも4月にnoteのアカウントを公開した。柏木や指原はこれまで、マスメディア上ではもちろんのこと、ライブパフォーマンスの場においても、それぞれのスタイルで知性をみせてきた。そうした立ち回りの秀逸さはTwitter等でも発揮されていたが、その二人がまとまったテキストを発信するメディアとして認知されているnoteに新たな場を持ったことは注目に値する。


 ライブで言葉を発する局面やSNS上のような、流れが速く言語表現に制限のある場に最適化したアウトプットとは異なるテンション、スピード感で文章を紡ぐことのできるメディアは、両者の思考をより整理されたかたちで垣間見せるフィールドになりうる。柏木は「アイドル」あるいは「見られる」職能の者としての自己認識やコミュニケーションについて、指原はよりカジュアルでパーソナルなものごとについて、noteに投稿を続けている。それら投稿のうちにはすでに、アイドルのパブリックイメージや受容される際のステレオタイプについて、意義深い示唆が少なからず含まれている。彼女たちがnoteをどのような発信の場にしてゆくのか、活動が限定された現在においてのみならず、長期的にも重要な作用を果たすものになるかもしれない。


 他方、今日の女性アイドルシーンの中心にいる「坂道シリーズ」は、上述したようなグループアイドルの趨勢と対照的に、メンバー個別レベルでのSNS発信が最も抑制された組織といっていい。755や限定的なInstagramの展開などはあれども、個々が日常的に開かれた場で発信する頻度は相対的にずっと少ない。自然、この時期の独自コンテンツ発信もグループ名義のアカウント、ウェブサイトが中心になってゆく。


 欅坂46がファンクラブ内でWEBラジオ『けやみみ』を継続展開、日向坂46がSNS上で「STAY HOME」を謳う動画をアップする等の発信を行なうなか、5月に入って大きな注目を集めたのは、乃木坂46がYouTube上で2017年開催の『真夏の全国ツアー2017 FINAL! IN TOKYO DOME』の特別配信を5~7日の3日間にわたって実施したことだった。


 この過去公演映像の配信が実現したのは、いわば「ライブ感の共有」である。


 生配信を用いてアーカイブを残さない形式で行なわれたこの東京ドーム公演の公開は、連日同時視聴数30万人を超える盛況をみせた。生配信というスタイルの性格上、SNSでのリアルタイムの盛り上がりを促すことになるが、さらにポジティブな効果を生んだのは、乃木坂46の公式Twitterアカウントを使ってメンバーが入れ替わるように実況ツイートを多数投稿したことだった。この投稿形式は、乃木坂46のメンバー個々がTwitterアカウントをもたないゆえのものだが、結果としてメンバーたちが単一のアカウントのもとに集うように言葉を投じたことで、ファンと地平を同じくするソーシャルメディア上に、乃木坂46がグループ単位で擬似的に現出し、乃木坂46の節目の公演をともに振り返るような時間が生まれた。


 ライブを観ながらメンバーとファンがリアルタイムで言葉を積み重ね、ひとつの公演を共有してゆくという光景は、コンサートが通常開催されている折にはむしろ実現することのないものである。実際には「現場」を作り出すことがいまだ不可能な現在において、送り手と受け手がライブ感を分かち合う仕方のひとつを、この東京ドーム公演配信は体現していた。今般において過去公演の映像をいかに機能させてゆくのか、その可能性を考える好例をみせたといえるだろう。(香月孝史)