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現代でも“モテる”光源氏はどう描かれた? 『いいね!光源氏くん』えすとえむの繊細な画風

2020年05月15日 16:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 4月4日にスタートしたNHKの新ドラマ『いいね!光源氏くん』が、毎週土曜23時30分から絶賛放送中である。主人公である光源氏を“あざとい”キャラで大人気の千葉雄大、しがないOL役を伊藤沙莉が演じる他、若手俳優らが起用され注目を集めている。


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 ドラマの原作である漫画は雑誌『FEEL YOUNG』にて2015年12月号から連載を開始し、現在3巻まで単行本が発売されている。原作者のえすとえむは2006年にデビュー後、主にボーイズラブ作品において人気を博していたが、ラブコメディ作品『うどんの女』で「このマンガがすごい!2012オンナ編」の第3位を獲得。以来、今作品のようにジャンルに関わらず様々な作品を手掛けている。


 どこにでもいる普通のOL・藤原沙織(27歳)はある日、仕事に疲れ帰ってきた部屋で、昔バリ旅行で買ったすだれを発見。少しでも非日常を感じようと設置してくつろいでいたところ、突然妙な服を着た男性が窓からすだれをくぐって侵入してきた! 慌てた沙織が殴ったせいなのか、彼は「二条院に住んでいる」や「牛車で来た」などちんぷんかんぷんな発言ばかり。しかし、その雅な装束とイケてる顔面から想像するに、もしかして光源氏なのではないか?と気づく。


 平安時代に書かれたかの有名な『源氏物語』の主人公・光源氏。誰しもが知っている平安のモテ男が現代に迷い込んでしまった。全身ユニクロなのにインスタ映えして女子受けするし、感動すると短歌を詠む姿がバズって短歌サークルができるし、現代でもやっぱりモテる新しい光源氏が描かれている。


『はたらけ、ケンタウロス』(リブレ)
 作者えすとえむの漫画の魅力は、美しい作画と絶妙なギャグセンスにある。それは人物画だけに留まらず、オーダーメイドシューズや馬の肉体など美しい物を描く技術が抜群なのだ。2011年に発売された『はたらけ、ケンタウロス』という作品は、ケンタウロスが新しい人種として馴染み始めた世界の中、サラリーマンやモデルなど様々な職業で生きていく物語である。架空の生き物が“もし現代に存在したら”というテーマはともすればギャグに傾いてしまいそうだ。しかし、馬の筋肉や足の関節、たなびく尻尾の一本一本までが愛情を込めて描かれるおかげで世界観が保たれている。もちろん人間の顔の作りや表情にも独特の美しさがある。しかし馬や靴、ドレス等をこれほど魅力的に愛をもって描ける漫画家はそういないのではないか。


 そんな安定した作画に絶妙なギャグ。真面目に考えられたケンタウロスあるあるがとても面白い。架空の生き物を迷いなく繊細に描いているからこそSF世界にリアリティが生まれ、普通ではない世界で起こる普通の出来事が面白く際立っている。


 今作品でもその素晴らしさが活かされている。まず、今どきの絵柄で平安貴族を描こうとすると烏帽子が似合わない、等身が衣服に合わないなど恰好がつかなくなってしまいがちだが、今作品にはそれがまったくない。えすとえむらしいはっきりとした線で描かれる目鼻立ちが綺麗なイケメンが、平安貴族の私服である直衣を着て烏帽子をかぶることで完成されている。たとえば平安時代なのに茶髪が見えているなど、少しでも違和感があると世界観に共感できなくなるものだ。特殊な設定であるとき、その違和感は致命的になる。どんな作品でも美しいものを忠実に描ききってきたえすとえむだからこそ、美しい直衣を着て烏帽子をかぶった男性を堂々と“現世召喚された光源氏”として表現できたのではないか。こんなに正しく平安貴族を表現しながら、稀代のモテ男でかっこいい光源氏のイメージも崩さず描ける稀有な技術がある。


 そして、普通ではない世界を受け入れることができると、起こり得る普通の出来事が面白くなっていくのだ。たとえばスターバックスの抹茶フラペチーノに感動して唐突に短歌を詠むとか、何もしなくてよかった貴族だからこそ自然にヒモ状態になれる等、光源氏あるあるがよりシュールになって笑えてくる。日本最古の物語の主人公を現代に実在させる、という複雑な設定にリアリティを持たせる作画の技術と、それを壊さない絶妙なギャグセンスにより多くの読者が素直に楽しめる作品となっている。


 また、作中で光源氏が詠む短歌は、現代歌人によって今作品のために作られている。その短歌の美しさも作品世界を彩る大切な要素になっている。


 2巻では、光源氏の妻の兄である人物が同じように現代に迷い込んでくる。頭中将という名のそのハンサムな男性も部屋に住みつくようになるが、光源氏とはまた違う生活をし始める。見目麗しい二人の平安貴族の、ファッションや短歌もすべて真剣そのものだからこそ笑ってしまう。そんな唯一無二の新しい光源氏にぜひ出会ってみてほしい。


(文=菊池彩)