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松井玲奈、女優として愛されるワケは? 『エール』から『浦安鉄筋家族』まで“緊張と緩和”の演技

2020年05月15日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

連続テレビ小説『エール』(写真提供=NHK)

 女優・松井玲奈が、テレビ東京系ドラマBiz『行列の女神~らーめん才遊記~』第3話から登場し、同じくテレビ東京系『浦安鉄筋家族』、NHK連続テレビ小説『エール』と、1クールで3本も並行してドラマを盛り上げている。各々の作品それぞれ演じるキャラクターも作品カラーも全く異なるが、違和感なく溶け込む松井。なぜいま、松井玲奈が女優として愛されているのだろうか。


参考:【ほか写真】『浦安鉄筋家族」ではファミレス店長に


 『行列の女神~らーめん才遊記~』では、松井は、ラーメン業界をけん引する「清流企画」社長・芹沢達美(鈴木京香)の商売敵である「味惑コーポレーション」の若手フード・コンサルタント難波倫子を演じる。つまり、悪役だ。ドラマのヒロインである清流企画の新人・汐見ゆとり(黒島結菜)と最初に顔を合わせたときの感じの良いメガネ美女が一転、店の端に彼女を連れて行き「消えろ、さっさと消え失せろ言うとんねん、このボケェ」と鬼の形相と関西弁で追い込むギャップーーこれぞ松井の真骨頂である「緊張と緩和」の演技と言える。業界に侵食してくる新進気鋭の会社というイメージが、松井のヒールぶりで体現されているのだ。


 『浦安鉄筋家族』では、ファミレス「べーやん」の店長・麻岡ゆみ役。ほうれん草のソテーだけでファミレスの喫煙席に長時間喫煙滞在する大沢木大鉄(佐藤二朗)と喫煙仲間たち、通称「アホヤニーズ」を追い出そうとする小さな攻防を毎回繰り広げる。アホヤニーズが自分たちの娘の話をしていれば、「今頃あんたらのお姫様は誰かと腰振ってるから」と痛烈なツッコミを入れてショックを与えたり、パンパンにたまった灰皿を優しい顔で取り替えようとするが、灰皿チェンジ500円の文字にあわててアホヤニーズが止めるなど、様々な心理戦が笑いを誘う。佐藤二朗たちとの絶妙な間のやり取りが面白いのは、松井の真骨頂である「緊張と緩和」がツッコミとボケとして、シュールな笑いになっているからだろう。


 そして『エール』では、ヒロイン・関内音(二階堂ふみ)の姉である関内吟役。気が強い3姉妹で、特に長女の吟と次女の音は明るく、お互いマウントを取り合う仲。第5週からは音とともに東京に引っ越すことになり、音の縁談が破談になりかけたときに、震えが止まらない音を抱きしめたり、仕事や結婚について背中を押すなど、東京では母親代わりとなって音をサポート。姉らしさが色濃くなっていく。朝ドラと言えば、松井は2018年の『まんぷく』にも出演。主人公の福子(安藤サクラ)の親友役として、福子の相談や愚痴を聞く役割を担っており、『エール』での吟と共通している部分とも言える。


 一方で、音の新婚生活で掃除は裕一(窪田正孝)がしてくれるといったノロケ話に、「あんたの掃除が雑だからじゃないの」と突っ込む松井らしいやりとりも。松井のツッコミがあることで、二階堂の明るさがより楽しく映り、シリアスなパートでは視聴者を思わず笑わせるなど、ドラマの良い緩和剤となっている。


 松井は、2015年にアイドルグループ・SKE48を卒業以降の5年間、シリアスからコメディまで、とにかくやり切る演技をしてきたことで、今ではドラマに登場すると、「何かしてくれるのではないか」「何かありそう」という期待を感じさせる。アイドル時代のキャラクターと同様の清楚で真面目な役を演じ、ドラマを彩ることも多いが、今回の3作のように、コメディエンヌやエキセントリックな役で、水を得た魚のように活き活きと演じる姿が特に印象深い。


 その演技の原点は、SKE卒業後連ドラ初出演となった、『勇者ヨシヒコ』(テレビ東京系)や映画『HK 変態仮面』などのエキセントリックな作品を数多く手がける福田雄一演出のドラマ『ニーチェ先生』(日本テレビ系)でのストーカー常連客・塩山楓役と言えるだろう。般若のような顔芸や、目を見開き捲し立てるセリフ回し、店の外から懐中電灯を顔の下にあてじっと見つめるなど、ぶっ飛んだ演技をやりきる姿勢は、アイドルでトップに立ってきた人間が、女優としてやっていく覚悟と、新天地で解放された清々しさを感じさせた。


 もともと、2010年のドラマ『マジすか学園』(テレビ東京系)のゲキカラ役で、生徒を恐怖に陥れる演技が話題を呼んだが、恐怖と笑いは紙一重だ。福田雄一作品や『笑う招き猫』で監督した飯塚健作品を経験したことで、間の取り方が巧みなコメディエンヌとしての才能が開花。後の『海月姫』(フジテレビ系)でのアフロの鉄道オタクや、『ブラックスキャンダル』(読売テレビ・日本テレビ系)の主人公の理解者と見せかけて陥れる裏の顔を持つ女優役など、キャラクターの明暗と裏表ーー「緊張と緩和」をうまく使いこなせるところが彼女の一番の魅力だろう。


 透明感のあるビジュアルを持ち、演じるキャラクターの振り幅を最大限まで広げる姿勢がある松井が、役者として重宝されるのは必然。今回3作品ともコメディエンヌとしての役柄だが、『行列の女神』ではギャップのある攻めの面白さ、『浦安鉄筋家族』では相手との駆け引き、『エール』では安心感のある明るさと、それぞれ違った笑顔を引き出すところに、演技の幅の広さを感じる。三者三様のキャラを演じ分け、改めて女優・松井玲奈の名バイプレイヤーぶりを感じている。 (文=本手)