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『アシガール』は奇跡の1本だった 黒島結菜×伊藤健太郎のかけがえのない瞬間がここに

2020年05月15日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『アシガール』写真提供=NHK

 再放送中の『アシガール』(NHK総合)は3年前に放送していたときから「胸キュン」ドラマとしてアピールされていたが、いま観てもその「キュン」は色褪せない。いやむしろ増幅して見える。なぜだろう。


参考:フルパワーで戦国を駆け抜ける黒島結菜に好感! 持ち前の爽やかな魅力がハマった『アシガール』


 陸上部の花形で、足がものすごく早い女子高生・速川唯(黒島結菜)が、弟・尊(下田翔大)の作ったタイムマシンによって平成時代から戦国時代にタイムスリップ。そこで出会った凛々しい若君・羽木九八郎忠清(健太郎/現・伊藤健太郎)に恋をして、戦に身を投じる彼を救うため、“足軽”唯之助として戦場を疾走する。歴史の教科書によれば、羽木家は戦に負けて若君も生命を落とすことになっている。未来から来た唯が頑張って若君を救ったら歴史が変わってしまう。古今東西、タイムスリップものは歴史を変えてはならないことになっているのだが、唯と若君はどうなる?というドキドキラブストーリー。


 恋するふたりの恋に高いハードルがあり、それを乗り越えるまでに紆余曲折ある物語は、『ロミオとジュリエット』をはじめとして、恋愛もののテッパンだが、だからといってなんでもかんでもヒットするわけではない。『アシガール』は現代と戦国時代の行き来というスケールの大きさがテレビドラマのラブストーリーにしては目新しかったのと、主人公の唯の健気さ、混じりっけないピュアさが見ていて気持ち良く、そんな彼女が一途になる若君のかっこよさにも強い説得力があった。


 伊藤健太郎の清冽な立ち姿やキリッとした目元や口元から弓や剣や馬を扱う所作まで、まるで武者絵のよう。そんな彼に馬の後ろに乗せてもらってキュンとなる唯の気持ちがよ~くわかる。甘い王子様もドSな王子様も素敵だけれど、若君は甘すぎず辛すぎず、レモンを絞ったソーダのような王子様・若君に対して唯は少年のような少女。平成の現代では、走ることにしか興味のない手足がひょろりと細くて少年みたいだった唯が男のふりをして足軽になり、その足の速さを生かして大活躍していくことが爽快なうえ、若君に恋して泥だらけで戦場を走り回っているうちに徐々に女の子らしくなっていく。その過程もよく描けていた。


 ふたりがなかなか親密にならないもどかしさ。キスまで行き着きそうになるまでどれだけ話数を費やすのか。でもその初々しさがたまらない。本放送当時、唯を演じた黒島結菜も若君を演じた伊藤健太郎も、ふたりそろってデビューから数年の20歳だった。俳優も、慣れてくると、キュンとなる動作を研究に研究を重ねて再現するプロの巧さになっていくものだが、このふたりはまだそこまで至っていない、かといってど新人の危うさもない。ふたりの俳優にとって極めて絶妙な時期。彼らのフレッシュさと作品が見事に合致した『アシガール』は奇跡の1本だったのである。


 伊藤健太郎は、若君を、現代の若者のようなちょっとガッツいた狼でもなく、慣れ過ぎた感じでもなく、泰然自若とした人物として見事に演じきっている。戦国時代は人生五十年、十代で当主となったり結婚したり早熟であったはずで、しかも死が身近にあって、達観していたであろうという感じがよく出ていた。現在の再放送で初めて観る方にはちょっとネタバレだが、若君が平成にやって来たとき漫画を読んで「胡乱な読み物じゃ」と評価に値しないというような態度をとるところなど、現代と戦国時代の差異をきちんと表現すればするほどこのラブストーリーは萌えるのである。


 黒島結菜も若い俳優のなかでは演技がしっかりしているほうなのだが、力むと声が裏返る感じが、いつも全力という印象につながって初々しく映り、好感度が高い。落ち着いた若君と常に落ち着かずあたふたしている唯。そのあたふたっぷりに若君の心も少しずつ動いていく。この、絶え間まくふたりの心が引き合って動いている姿は、先日亡くなった大林宣彦監督の代表作であり、タイムスリップものの古典的名作『時をかける少女』の原田知世と高柳良一にも似た清らかさなのであった。


 スタッフは、先日まで放送されていたNHK連続テレビ小説『スカーレット』と同じ、制作統括・内田ゆき、演出家・中島由貴、音楽の冬野ユミである。「胸キュン」というベタな売り言葉を使いながら、実際描かれているものはベタなようでベタでない。俳優の芝居の最も新鮮な、2度と同じものが撮れないであろう瞬間を撮ることに腐心しているように感じるところは『スカーレット』も同じに思う。


 黒島結菜を泥のなかに放り込んで動かす場面など、黒澤明か!と思うようなところまであった。すぐに姿を変える雲、葉っぱに乗った朝露、窓から差し込む陽光……その瞬間にしかない、あっという間に消えてしまう、だからこそ尊い、それこそが「キュン」であることを『アシガール』は描いている。それが「恋」であり「生命」である。出演者も、伊藤健太郎、黒島結菜、イッセー尾形、本田大輔、飯田基祐が『スカーレット』と共通していて、『スカーレット』を愛した人も楽しめるはずである。


 『スカーレット』に黒島と伊藤が出ながら共演シーンがなかったことが残念と思ったのだが、『アシガール』のふたりを大事にするためにもあえて絡ませなくて良かったのかもしれないといまは思う。だからこそよけいに続編希望。(木俣冬)