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「防振り」はガラパゴス化で生まれた? 独自の進化を遂げた小説ジャンル「VRMMO」の系譜

2020年05月13日 14:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「ガラパゴス化」というビジネス用語がある。孤立した環境で独自に進化した状況を指す。結果的に巨大な市場と乖離してしまうため、ビジネスの世界では、あまりいい意味で使われないようだ。しかしガラパゴス化は、必ずしも悪いものではない。今までにない、新しいものが生まれることがあるからだ。たとえば小説の一ジャンルになった“VRMMOもの”のように。


 VRMMOとは、発達したVR技術により作られた、仮想空間を舞台に、多数の人々がプレイするゲームのことである。小説では、自分の五感をアバターに没入させた、RPGの場合が多い。いうまでもなく現在では、まだ不可能な技術だ。


高畑京一郎『クリス・クロス 混沌の魔王』

 こうした仮想のゲーム世界を舞台にした小説の、日本における嚆矢は、高畑京一郎の『クリス・クロス 混沌の魔王』だろう。第1回電撃ゲーム小説大賞の金賞を受賞した名作だ。ただし、この設定が一般的に広く認知されるには、川原礫の『ソードアート・オンライン』の登場を待たねばならなかった。世界初のVRMMORPG「ソードアート・オンライン」の参加者約一万人が、ゲームマスターにして開発者により、ゲーム内の世界に閉じ込められる。ゲームから解放される条件は、舞台となっている「浮遊城アイクンラッド」の最上階にいるボスを倒すこと。しかしゲーム内で死ぬと、現実世界のプレイヤーも死ぬことになる。かくしてデス・ゲームと化した世界で、主人公たちがさまざまなバトルとドラマを繰り広げながら、最上階を目指す。


川原礫『ソードアート・オンライン』1巻

 というのが簡単な粗筋だ。この作品がヒットしたことによりシリーズ化され、巨大なコンテンツに成長したことは、周知の事実だろう。それを受けてネット小説でも、VRMMOものが増えていく。正確にいえばVRMMOものではないのだが、橙乃ままれの『ログ・ホライズン』も、その後押しをした。ざっくりとした分け方だが、純粋にゲームで遊ぶ内容と、デス・ゲームものが両立するようになり、大いに人気を博す。そして、ネットの小説投稿サイト「小説家になろう」で、“VRゲーム”という独立したジャンルが作られるほど、VRMMOものは増大していくのだ。


 かくしてVRMMOものは、独自の進化を遂げた。しかそれゆえに、一般常識からかけ離れていく。多くの作品はRPGであり、プレイヤーは魔獣などを殺すことでレベルアップしたり、金を得たりする。だが日本で、仮想とはいえ直接的に生き物を殺すことが五感で体験できるゲームが、許可されることはありえないのではないか。ましてやプレイヤーが別のプレイヤーを殺す“PK(プレイヤーキラー)”など、実装されるはずがないのだ。


 しかしVRMMOものは、そこに拘らない。多数の作品が生まれることにより、こういった点は、暗黙の了解になってしまっているのだ。まさに独自の進化を遂げた小説ジャンルになっているのである。だが、それでいいのだ。ガラパゴス化した世界に、外側から文句をつけても意味がない。肝心なのは、物語のコードではなく、内容が面白いかどうかなのだ。アニメ化もされた夕蜜柑の人気作『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います』を読めば、その独自の魅力が理解してもらえるだろう。


 主人公のメイプル(本条楓)は、親友のサリー(白峯美沙)に誘われ、『New World Online』というVRMMOを始めた。痛いのが嫌なメイプルは、初期設定のときにステータスポイントを防御力に極振り。ひとりで遊んでいるうちに、偶然が重なり防御力をアップさせ、たいていの攻撃は受け付けなくなる。そしてサリーと一緒に参加したイベントで、本来なら倒せないボスを撃破。運営すら慌てさせる、特別な存在になっていく。


 ストーリーはメイプルが、防御力特化の特殊プレイヤーになっていく過程を、調子よく描いていく。スピード特化のサリーが加わると、彼女もPS(ブレイヤースキル)が尋常ではない、特殊な存在であることが明らかになる。さらにギルド「楓の木」を作り、総勢8人になるのだが、他のメンバーもどんどん特別な力を身に着け、ゲームの台風の目となっていくのだ。メイプルたちが強くなる様子と、その強さを披露することになるイベントを交互に織り交ぜたストーリーは、ストレス・フリーで気持ちよく読める。斜め上の行動ばかりしているのに、結果的に強くなっていくメイプルが愉快。巨大化した亀に乗って、毒の雨を降らせるシーンには笑った。こういうゲームで実際に遊べたなら、さぞや面白いことだろう。


 さらに掲示板の効用にも留意したい。VRMMOものの多くは、ゲーム内の掲示板でプレイヤーがさまざまなことを語る掲示板回を随時挿入している。私はこの掲示板回が大好きなのだ。幾つかの作品で、掲示板回だけ読み返しているほどだ。ではなぜ、そんなに好きなのか。エンターテインメント作品の重要なポイントになっているからだ。


 主人公の活躍を描くエンターテインメント作品は、読者や視聴者が、主人公に感情移入するように作られている。だから主人公が、他の登場人物から褒められると嬉しい。VRMMOものの掲示板は、これをスムーズな形で実現しているのだ。主人公のプレイを目撃したり、体験したことを掲示板に書き込む。それに他のプレイヤーが反応して騒ぎになる。この一連の過程が、読んでいて快感。そしてあらためて、主人公の凄さを確認するのである。誰が考えた手法か分からないが、主人公の魅力を際立たせる絶大な効果があるのだ。


 これは運営側の描写にもいえる。本作では運営側が、突出した存在になったメイプルに困り修正を入れる。だが、さらに彼女の斜め上のプレイによって、あっさりと予想を上回られると、匙を投げて見守るようになるのだ。運営はゲーム内の神である。その神をプレイヤーが翻弄するというのは、実に痛快。ここも主人公の魅力を際立たせる役割を担っているのである。


 もちろん現実のMMOでは、ひとりのプレイヤーや特定のギルドが、ここまで突出した力を持つことはない。だが先にも述べたように、VRMMOものは、独自の進化を遂げたジャンルだ。そういうものだと割り切って、メイプルと「楓の木」が自由闊達にゲーム世界で遊ぶ様を、一緒になって楽しめばいいのである。


■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。


■書籍情報
『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』(カドカワBOOKS)
著者:夕蜜柑
イラスト:狐印
出版社:KADOKAWA
1~9巻発売中
https://kadokawabooks.jp/special/itainohaiya/