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YOASOBI「ハルジオン」原作者・橋爪駿輝が語る、音楽と文学の融合「文章が別の形へ昇華されていくのはエキサイティング」

2020年05月12日 18:11  リアルサウンド

リアルサウンド

橋爪駿輝

 コンポーザーのAyaseとボーカルのikuraの2人で小説を音楽にするユニット、YOASOBIが、5月11日に新曲「ハルジオン」をリリースした。フジテレビ系『めざましテレビ』で紹介され、早くも話題になっているこの曲は、『スクロール』、『楽しかったよね』の著書がある小説家・橋爪駿輝がこのプロジェクトのために書き下ろした「それでも、ハッピーエンド」を原作にしたもの。


 同作では、イラストを仕事にしている若い女性が失恋した後、カンバスに絵を描いて傷心から立ち直るまでを書いている。軽やかな文体で青春の機微を綴ってきた作者らしい、爽やかな読後感の短編小説だ。「ハルジオン」は、そのポジティブな感情を表現した楽曲になっている。原作者の橋爪に小説と音楽のコラボについて聞いた。(円堂都司昭)


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■文学も音楽も、エンタメとしてはどちらも人を救う力がある
――最初は、橋爪さんのほうからYOASOBIサイドとコンタクトをとったそうですね。


橋爪駿輝(以下、橋爪):僕の友人がYOASOBIの曲(「夜に駆ける」、「あの夢をなぞって」)のもととなった小説(星野舞夜「タナトスの誘惑」、いしき蒼太「夢の雫と星の花」)が掲載された文芸サイト「monogatary.com」のURLをLINEでポンと送ってきて、YOASOBIさんのことを初めて知りました。常々、音楽と文学の融合ということに関心があって、まさにこれだ!と、とても興味を持って。それでYOASOBIさんのご担当の方と「とりあえず、お茶しましょうか」となってお会いしました。その時は楽しく雑談してご飯おごってもらっただけでしたけど(笑)。


――その後、オファーがあったわけですね。今回のプロジェクトは、「eカルチャーを愛するファン・クリエイターのため」をコンセプトにしたエナジードリンク「ZONe」の発売にあわせ、Immersive=没入をテーマにした楽曲をYOASOBIが制作するというものです。


橋爪:担当の方から「ご一緒したい案件があるかもしれないです」と連絡がありました。その時はまだ商品名は知らなかったのですが、飲みものとタイアップするプロジェクトがあると。面白そうだなと興味を持ちましたし、YOASOBIさんのプロジェクトにかかわらせてもらえるのならばぜひとお話して、実際の打ち合わせに臨みました。


――以前の曲を聴いていて橋爪さんがYOASOBIに抱いたイメージがあったでしょうし、商品のコンセプトや楽曲のテーマも設定されている。そうしたことに気配りして小説を書くのは、自分ひとりで書くのとはずいぶん違う経験だったのではないですか。


橋爪:全然違いましたね。テーマである「没入」という言葉には、いろいろな意味合いがあると思います。もちろん「集中する」ということですけど、場合によっていい意味の時、悪い意味の時がある。だから「没入」という言葉の解釈がすごく難しかったです。これまでは自分がこういうことを感じて、その時のことを文章にしたいと思って小説を書いていることが多かった。お題をもらって小説を書くのは僕にはチャレンジだったし、楽しかったです。


――橋爪さんは以前から男性と女性、両方の視点で小説を書かれていますけれど、「それでも、ハッピーエンド」は女性の視点です。それはYOASOBIのボーカルが女性だからですか。


橋爪:ZONeの「eカルチャーを愛するファン・クリエイターのため」という商品のコンセプトはとてもいいなと思ったんです。エナジードリンクって、これまでは基本的にスポーツをする時や仕事で徹夜しなければいけない時に飲むといった、ある種“男性的”なイメージがある気がしていて。ところが、新型コロナウイルスのために自粛が続くこういうご時世になってますます痛感してますけど、外へ出ずに何かを作るとか、ひとを楽しませる、逆にいろんなコンテンツを楽しむといった機会がどんどん増えていますよね。そんな時代にこのコンセプトはあっていると感じました。ただ、実際はそんなことないと思いますが、世の中的に室内作業にはまだ暗いイメージがあるかもしれないと。そういう暗いイメージを打ち消して爽やかにするためには、女性主人公のほうがいいかなと考えたんです。eカルチャー自体、女性が取り組むケースもいっぱいありますし……。みたいなことを考えて女性の視点にした記憶があります。


――実際にできあがってきた曲を聴いて、原作者としてはどんな感想を持ちましたか。


橋爪:カッコいいなあと(笑)。メロディの後半、ギターだけがかき鳴らされる部分とか、最後でさらっと終わる、それでいて余韻が感じられるのが好きです。歌詞では〈この手で隠した想いが/今も私の中で生きている〉というあたり。基本的に小説も音楽も、普段ならこんな恥ずかしいこと言えないよ、みたいな言葉でも表現できてしまう場だととらえています。だからこそ、この歌詞はかなり好きです。


――詞については、完全にYOASOBIにお任せだったんですか。


橋爪:そうですね、歌詞も曲も基本的にYOASOBIさんが作った形です。いろいろ言う原作者は嫌だなと(笑)。小説って、編集者と作りあげていく部分はあるんですけど、当然一人で書いているわけです。でも、こういう音楽制作では、やはりいろいろな人が関わって作られていく。そこでは、自分の発想にはないものができあがってくる楽しみのほうが大きかったですね。だから、すっかりお任せという形でした。


――橋爪さんの作品では以前に「ファン」(『楽しかったよね』所収)が映像化されています。その時は、主演の本田翼さんが小説の文章を多く使ったセリフを話していて、朗読劇に近い作りでした。一方、「ハルジオン」の場合、小説とはまた別の、作詞したAyaseさんの言葉になっています。


橋爪:子どもに読み聞かせをしたりする機会の多い絵本はともかく、小説を音読することはなかなかないじゃないですか。原作を読んだAyaseさんが曲と歌詞を書き、ikuraさんがそれを歌ってらっしゃるんですけど、自分が書いた文章がまた別の形へと昇華されていくのは、とてもエキサイティングなことだなと思いました。以前から、音楽の「楽」と文学の「学」の「ガク」の違いに個人的にずっと違和感があります。音楽は未だに様々な人が聴いているし、カッコいいミュージシャンは憧れの的でしょう。それに比べて文学は読む人が少なくなってきているし、読む時にはカロリーを使う。とはいえ、エンタメとしては、どちらも人を救う力があると考えています。その両者の垣根のようなものを越えられたらと願っていますし、今回はそれが少しできた取り組みだったのではないかと思っています。


――もともとはどういったタイプの音楽が好きなんですか。橋爪さんの小説には、くるり、クリープハイプなどの名が出てきますね。


橋爪:学生の頃は銀杏BOYZさんやASIAN KUNG-FU GENERATIONさんのような心の叫び系を聴いていたんですけど、大人になっていくにつれて、くるりさんのようなしみる音楽が好きになってきました。あとはクリープハイプさんの「二十九、三十」が特に好きなんですけど、タイトルのごとく29歳から30歳の、社会的にはいっぱしの大人だって男臭い夢をまだ抱いていることを詞にしたような歌です。やっぱり歳によって共感する音楽は変わってきました。


――バンドサウンドが好きなんですね。


橋爪:そうですね、今でいったらKing Gnuさんとか。カネコアヤノさん、TENDERさんも好きなので、けっこう色んなジャンルを聴いているかもしれませんが、根っこにバンドが好きというのはあるかも。


――YOASOBIも含まれるでしょうが、ネット発の打ちこみ主体の音楽はどうですか。


橋爪:打ちこみ系の音楽の特徴としては、ネット上が主戦場ということもあってか、アニメーションやイラストが音楽と一緒に公開されることが多い気がしてます。YOASOBIさんもそうですよね。そのように音楽はもちろん映像も一緒に楽しめるのが、好きなところです。


■『さよならですべて歌える』と「それでも、ハッピーエンド」の繋がり
――橋爪さんは新潮社からも新作『さよならですべて歌える』が発売予定とのこと。この小説は今回の「それでも、ハッピーエンド」と裏表のような設定になっています。カップルの一方が広告代理店に勤めていて、もう片方は「それでも、ハッピーエンド」では女性側がイラスト、『さよならですべて歌える』では男性側が音楽をやっている。どちらもクリエイティブ志向です。短編と単行本なので長さは違いますが、男女の意識のズレがモチーフになっている点が共通します。また、今回の短編のあとがき(電子書籍版「それでも、ハッピーエンド」のみに収録)に出てくる「ゲットー」という店が、新作小説にも登場しますね。


橋爪:気がつかれましたか(笑)。もともと新潮社の雑誌で連載していた『さよならですべて歌える』のほうを早く書き始めました。それが本になると決まった時期に今回のプロジェクトの話をいただきました。


――新作ではバンドマンの主人公とつきあう女性が小説家になる夢を持っていたという設定があって、村上龍さんや吉田修一さんの名前が出てくるところがあります。


橋爪:大好きな小説家のお二人っていう感じですね。


――そういえば「ハルジオン」と「それでも、ハッピーエンド」の一番の違いは、曲のほうは女性の視点で一貫しているのに対し、原作は女性視点の本文のあとに男性視点のあとがきが付けられていることでしょう。このあとがきは村上さんの……。


橋爪:……『限りなく透明に近いブルー』。ははは。おわかりになりましたか。村上龍さんと吉田修一さんからは、かなり影響を受けていると思います。


――『さよならですべて歌える』は、とにかく誰かに届けたいというクリエイターの気持ちをよくとらえていて、胸を打つ内容になっていると思います。


橋爪:この小説を書き始めた時、僕は大スランプで、小説で何を書いていいのかもうわからないし、書きあげたものもつまらなくてボツにするということが1年くらい続いていたんです。なのに、まわりではバンバン素晴らしい作品が発表されるし、音楽のほうではKing Gnuさんが頭角を現すとか、本当に世の中は才能だらけだと実感しました。そういう時、書けない自分の気持ちをそのまま書くとどうなるだろう、と取り組んだのが『さよならですべて歌える』でした。思い出深いというか、自分なりに思い入れのある作品です。


――スランプの後に書いたものではあっても、新作は、橋爪さんの小説本来の軽やかさを失っていないのがいいなと思いました。


橋爪:そう言っていただけてよかったです。


――これまでの作品を読んでも計算された隙間やテンポ感があって、音楽的な文章だと思います。


橋爪:嬉しいです。先ほども音楽と文学の垣根、といった話をしましたけど、音楽の歌詞も文学だなと思っています。歌詞を読むのは大好きですし、それが小説の文章にあらわれているのかなと思います。


――ご自身では歌詞を書いたり、曲を作ったりは。


橋爪:歌詞はいつか書いてみたいですけど、演奏はできないので……。


――今回のことをきっかけに歌詞はありうるのでは。


橋爪:お仕事、待ってます(笑)。チャレンジしたいですね、歌詞はとても。


――今後のご予定は。


橋爪:今、次の小説を書いている最中です。また、まだ名前は出せませんが、ミュージックビデオにかかわる仕事をいただいていまして。


――音楽関係の仕事が続くんですね。


橋爪:ありがたいことに。こうやっていろんな垣根を越えてものを作れるのは、非常にいいなと思います。僕の小説は、音楽からもとても影響を受けてきました。両方のジャンルにかかわれるのはすごくありがたいです。


――『さよならですべて歌える』では、主人公が子どもの頃に父親に連れられてフェスへ行き、そこで観たアーティストに衝撃を受けます。フェスという開放的な空間が、物語のなかで重要な場所になっているわけですが、逆に今回の「それでも、ハッピーエンド」と「ハルジオン」のプロジェクトは、eカルチャーを愛するファン・クリエイターたちの存在を前提にしたものです。室内でネットを見るというような、最近おなじみのシチュエーション。その屋外と室内の違いが面白いなと思いました。


橋爪:今、新型コロナ対策の外出自粛によって大変な状況のなか、フェスやライブを開催することはしばらく難しいでしょう。けれど人と人が直に会って生まれる楽しさはやっぱりすごく大事なことだと思います。だから、それを待ちつつ、今できることの中でそれぞれの楽しみかたをしていくしかない。でも、こうやってYOASOBIさんの楽曲のように孤独をまぎらわせてくれる、ひとときでも一人でいることを忘れさせてくれるような音楽がある。今はそれを聴きつつ、いろいろな選択肢のある世界が戻ってくることを待ちたいですね。


――そんなタイミングに見合ったプロジェクトになりましたよね。


橋爪:得がたい機会にかかわらせていただいて、本当にありたがいです。


――ちなみに、外出自粛期間中の橋爪さんの楽しみはなんですか。


橋爪:家でお酒ですかね(笑)? 幸いなことに僕の場合、パソコンさえあればどこでも仕事はできるので、小説に集中できているのは楽しいことです。疲れたとか遊びたいとか思った時、いつもなら真っ先に外に出て飲みに行こうと考えるのですが、選択肢が減っていることによって、これまで観ていなかったネットフリックスで話題のドラマなどを観られるチャンスにもなっています。同時にこういうアイデアがあるのかとか、勉強になることも多い。それは、こういう状況にならないと得られなかったことです。今の状況をいかにプラスにとらえられるかですね。


――新作もどんどん執筆できそうな環境ですね。


橋爪:頑張ります(笑)。