2020年05月12日 10:42 弁護士ドットコム
「例年に比べて、依頼件数は約4倍です」。新型コロナウイルスのリスクの最前線で戦っているのは医療従事者だけではない。コロナの感染者を出した施設の消毒にあたる「特殊清掃」の需要が増えている。
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通常の技術では困難な現場の消毒・消臭・清掃が主な作業だ。ゴミ屋敷や、自死・孤独死のあった部屋の掃除がイメージされやすいが、ノロウイルスなどの感染があった施設の消毒のノウハウがコロナ消毒にも役立っている。
周囲から「死なないで」「コロナにならないで」と心配の声をかけられながら、作業にあたっている特殊清掃業者。現場で起きている問題を聞いた。
全国320の特殊清掃業者が加盟する一般社団法人「事件現場特殊清掃センター」(北海道千歳市)の副理事長・小根英人さんは「コロナ感染事例が報告され始めた今年2月から今までの依頼件数は、例年にくらべて、約4倍にもなっています」と話す。
集団感染の起きた「ダイヤモンド・プリンセス号」も特殊清掃業者が消毒にあたった。全国で消毒の意識が高まるに比例して、特殊清掃の需要も伸びている。
主に東京都を拠点とする特殊清掃業者「武蔵シンクタンク株式会社」の代表・塩田卓也さん(一般社団法人「遺品整理士認定協会」特別参与)は、次のように話す。
「休業要請の対象になっていない大手企業からの依頼が多いです。イチ業者では対応できない規模なので、いくつかの業者がチームを組んで作業しています」
感染が疑われる従業員が出た段階で、企業は「コロナ消毒」の見積もりを依頼してくる。塩田さんの会社にも2月から60件は見積もり依頼が届いたそうだ。今も、都内の大型物流倉庫や、高層ビル群のビル、タワーマンションの管理会社などから依頼を受けている。
「明日あさってにもPCR検査の結果が出る」という状態を特殊清掃業界では「リーチがかかる」と呼ぶようになった。
「大企業でリーチがかかると『数日分のお金を払うから、他の仕事をせずに待機してほしい』とまで頼まれます。陽性とわかった瞬間にすぐ消毒作業をして、翌日には何事もなかったように営業を続けたいのでしょう」
「リーチ」の結果、実際に陽性だった現場は「15~20件」だったという。消毒の現場では、ドアノブやエレエーターのボタンなど「接触感染」の対策と、空間のウイルスを不活性化させる「飛沫感染」の対策を実施する。
「3~4月にかけて人事異動の季節だから、感染者の前部署と現部署の両フロアを消毒することが多いです」
塩田さんの考えでは、感染者を出したビルは「全館全フロアを丸ごと消毒したほうがいい」。しかし、実際は、複数の企業が入っていることが多く、調整が困難だ。
最近、8階建てのビルで消毒作業をした。「4階の企業から陽性患者が出ました。ビルのオーナー、管理会社と企業との話し合いで、1~4階のフロアの消毒は企業が費用負担。ビルのエントランス、非常階段、エレベーターなど共用部分は管理会社側が負担することになりました」
話し合いはスムーズに進む場合だけでなく、企業に対して「感染者を出したのだからビルの消毒費はすべて負担して」と管理会社が要求することもあるそうだ。
「両者が揉めることもあると聞きます。企業と管理会社は事前に、消毒の負担について話し合いをしておくことをおすすめします」
「さっきも孤独死の作業に行ってきました。これから暑くなるから、熱中症で亡くなったまま孤独死する人が増えていきますよ」
特殊清掃業者の大事な仕事のひとつが、自死や孤独死など遺体のあった現場の清掃だ。新型コロナの影響で、遺体が見つかるまでの時間が長くなっているという。
「外出自粛と3密対策によって、近隣住人との距離がいろんな意味で遠くなりました。隣の家からずっと音がしないとか、新聞が玄関に溜まっているとか、それでも関わりになるのが怖くて、チャイムを鳴らせないようです。
今日の現場では死後2カ月たっていました。例年であれば、もっと早く見つかります。高齢者の生活を見守る地域包括支援センターの活動も縮小気味で、それも一因となって余計に発見が遅くなっているようです」
4月中旬。孤独死した60代女性が新型コロナ陽性だったことがあった。1Rの賃貸アパートの一室で亡くなっていた。依頼主は、近くで暮らす女性の遺族だった。
「新型コロナに感染しているという情報はアパートの管理会社と遺族から教えてもらえました。亡くなってから1日しかたっていません。入居したのも最近のことでした。想像ですが、自宅療養で家族に迷惑をかけないために1人で別居したのではないでしょうか」
新型コロナであろうがなかろうが、特殊清掃ですべきことは変わらない。自身を感染から守るために防護服、防護マスクなどを装備して、徹底的に消毒する。「ただ、できれば、教えてほしいですよね」と塩田さんはもらす。
孤独死の死因を業者が毎回教えてもらえるわけではない。中には、依頼主からまるっきりの嘘をつかれたこともあったと塩田さんは言う。
「死んだ猫の跡を掃除してほしい」という依頼で向かった部屋で、人間の形の体液が床に染み付いていたことがあった。「費用を安くしたい。大島てる(事故物件情報サイト)に書かれたくない。そんな理由で嘘をつく人がいるんです」
「『コロナの現場は怖い』とおっしゃる業者さんもいます。住宅の管理会社や、遺族、相続人が風評被害を恐れて言いたくないということもあります。しかし、対処すべきウイルスがわかっていれば、現場の心労も少しはやわらぎます。
警察も検視結果の陰性・陽性を教えていただければと思います。業者は消毒のプロですが、もともとイメージがよい仕事ではありません。情報が不確かな現場では、コロナ差別も生まれやすくなるのではないでしょうか」(小根さん)
景気の悪化による失業の増加と、外出自粛によるコミュニケーションの断絶と、気温の上昇によって、「孤独死予備軍」は急増しているとみられる。
また、依頼件数の増加に反して、マスク、防護服、手袋、そして薬剤の入手が困難になる時期があったという。
「基本的に装備は使い捨てです。在庫を切らしたために、依頼を受けられない業者もあります。医療従事者にこそ優先されるべきですが、リスクの高い業者にも入手できる環境が早く来てほしいものです」(小根さん)