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『MAKING OF BEASTARS』から考える、CGアニメにおける“表現”のあり方

2020年05月09日 19:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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 昨今、日本でも増え続けているフル3DCGアニメ。昨年末に放送された板垣巴留原作のアニメ『BEASTERS』も3DCGによって製作され、動物を擬人化した世界で差別や偏見をテーマに描く挑戦的な内容で話題となった。


(参考:話題の『名探偵コナン』オープニングはどのように作られた? トムスが取り組む3DCGとToon Boom Harmonyの事例


 本作は、テーマだけでなく技術面においても数多くのチャレンジをしている。手掛けたのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のCGパートも担当したオレンジ。元請けとして初めて製作した『宝石の国』でも高い評価を受け、手描きとは異なるCGならではの魅力を追求し続けている会社だ。そのオレンジの創作の秘密をまとめたメイキング本『オレンジ流 3DCGアニメーション制作テクニック ─MAKING OF BEASTARS』が、3月に発売された。今回はそのメイキング本をたよりに本作の魅力に迫り、CGアニメの表現とは何なのかを考えてみたい。


・フェイシャルキャプチャを用いた豊かな表情芝居
 本作の動物が擬人化されたキャラクターたちは一様に表情が豊かで、細かな喜怒哀楽表現が印象的だ。この豊かな表情はフェイシャルキャプチャによって作られている。人体の動きを取り込むモーションキャプチャに対して、フェイシャルキャプチャは人体の表情の動きを記録するものだ。技術的には同じものが『名探偵ピカチュウ』のピカチュウにも使用されている。話題になったピカチュウの「しわくちゃなおじさん顔」は、実際に俳優ライアン・レイノルズの表情を取り込んでいるのだ。


 『BEASTERS』のCGチームディレクター・井野元英二氏は、フェイシャルキャプチャの採用について、従来の作画アニメの不満点を1つ挙げている。


「作画のアニメを観て、確かに魅力的な顔というのはあるのですが、途中がやはり動かないなというのが私の中でずっと不満でして。もっと細やかな表情や揺らぎを入れた方が魅力的だろうという感覚がずっとあって」(P13)


 しかし、人間の表情のデータをそのまま動物の顔に当てはめられるわけではない。動物の感情表現に当てはめるために作画の表情集を作り、試行錯誤を重ね、アニメ的なデフォルメ表現を作っていった。


 フェイシャルキャプチャに「アニメ的表現」を加味するかが今作では重要だったそうで、リアルな口の動きとは異なるアニメ的な口パクや動きの「タメ・ツメ(動きに緩急を入れてメリハリをつけること)」を取り入れるためには手作業での調整が必要、そのために内製のツールを新たに開発したそうだ。(P75)


 本作はTVアニメ作品としては1カットが長い、いわゆる「長回し」が多いが、それもフェイシャルキャプチャによって繊細な表情芝居が可能になったため、長尺のカットが活きるようになったことが大きいようだ。例えば、12話の上下二分割でレゴシがハルを追いかけるシーンでは、41秒を1カットで描いているが、2人のクローズアップの顔の芝居を繊細に表現することによって、長尺のカットを魅力的なものにしている。


 長回しは手描きアニメでも不可能ではないが、細かい表情芝居を描きこむのは莫大な労力を必要とする。オレンジは過去作『宝石の国』でも長尺カットを用いており、CGアニメの一つの武器と捉えているようだ。


・3Dがもたらす多彩なカメラワーク
 3DCGのメリットの1つに、カメラポジション、カメラワークの自由度が挙げられる。手描きアニメで正確なレイアウトとパースを描けるかはアニメーターの技量にかかる部分が大きいが、3Dではカメラによる正確なパースが実現可能だ。実写映像なら物理的な問題で不可能なポジションでも、3Dならより自由に色々な場所にカメラを配置できるようになる。松見真一監督は「2Dには描きやすいアングルと描きにくいアングルがある(P15)」と語り、CGならこれまでと違うアングルから見せることも可能になると語る。


 カメラワークの自由度は格闘シーンなどの激しい動きのあるシーンに威力を発揮する。11話のレゴシの格闘シーンでは、レゴシの動きに合わせてカメラが連続してダイナミックに動き、迫力あるシーンに仕上がっている。その他、4話の演劇のシーンでは360°回り込むカメラワークも披露している。


 本作で演出を担当した湯川敦之氏は、3Dの利点として立体が崩れないという点を挙げている。


「3Dと2Dの違うところは、(3Dの方は)立体が崩れないというところなんです。作画の方は、どこまでいっても人力で描いている分、立体が破綻したりして絵であることを認識し続けられ、記号感が強調されます。それが客観性につながる。それに比べると、立体が破綻しない3Dの方がより実在感が出るというのはありましたね」(P152)


 一方で立体が破綻しないということは、手描きアニメで効果的に使用できていた嘘がつきにくくなるということでもある。同じ演出の下司泰弘氏は、「CGは正確なだけに、下手に何ミリなんて指定してしまうと『それだと置けない(画面にはいらない)』なんて言われてしまうこともありました。2Dの場合はそんな場合も適当にごまかすことができるんですけどね(P163)」と語っており、必要な時は手作業で歪みを作ったり、大きさを変えたりして対処していたそうだ。


・CGの方が”演出”している気になる
 上述の演出を担当した湯川氏と下司氏は手描きアニメも手掛けているが、CG主体のアニメ製作に関して、こんなことを本書の中で語っている。


下司「一つあるのは、CGアニメの方が”演出”してるなという気になったということです。今の手描きアニメは直すことが主体となっていて、ああしたい、こうしたいと言う以前にまずこの素材をどう直すかということをやらなければならなくて、ほとんどそれだけで終わってしまうんです。それに対して、今回は演技や表情などの話を詰めていって、あとは撮影で画面処理をどうするといった話ができたので、その意味では本来の演出がちょっとはできたかなと思いました」


 例えばキャラクターの芝居において、上述したような表情の繊細な変化を作れるようになった他、細かな動作も実に巧みに加えられている。9話のハルが怒って露店から出てくるシーンでは心情を手の動きによって繊細に表現。動物の長い耳や尻尾など、動物独自の器官の動きで嬉しさなどを表現する細かい動きを、CGによって巧みにつけている。


 また、本作は声の芝居を先に収録するプレスコを採用している。松見監督は「日常芝居もアクションシーンも声を聴きながら作れるので、作画ほど絵の芝居にバラツキが出ず、CGにはプレスコが向いている」と言う。(P12)


 プレスコのメリットは声優の演技にも表れており、松見監督は今回、身体を動かしながら喋ってもらうスタイルを採用し、声だけでキャラクターを作るのではなく「芝居」を作り込むことを意識したそうだ。


「身体を動かすと、やっぱり全然違うんです。一番大きいのは相手を見られるので、その表情を見ながら演技ができるということです。身体全体で演ずると、声も変わってくるんです」(P242)


 フェイシャルキャプチャを担当したCGリードアーティスト・都田崇之氏は声優のプレスコ時の声の芝居が「”演技に乗ったもの”であったため、モーションキャプチャもフェイシャルキャプチャもその目に見えない”演技”が指針(P76)」になったと語る。プレスコ収録が声の芝居だけでなく、絵の芝居の方にも良い効果をもたらしたと言えそうだ。


・作画の代わりじゃないCGの表現を追求
 オレンジ代表の井野元氏は、「単に作画をCGに置き換えた作品ではなく、3DCGの技術を使ったらこういう表現も可能になりました(P249)」という作品を作るのが目標だと語る。


 そして本作は、その方向性を強く感じさせるものだった。フォトリアルな海外製のCG作品とも、従来の手描きの日本アニメとも異なる自然さを創り上げることに成功した作品と言えるのではないだろうか。2021年にはTVシリーズ2期の放送も予定されている。どんな洗練された作品になるのか楽しみだ。


(杉本穂高)