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ルネサンス期のイタリアで闘う女性の姿を描く『アルテ』 実際のアニメ界と深く共鳴するテーマ

2020年05月09日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『アルテ』(c)大久保圭/コアミックス,アルテ製作委員会

 2020年4月期のアニメで一際異彩を放っているのが『アルテ』だ。「16世紀初頭のイタリアを舞台に、絵描きを目指す少女の物語」は、主に異世界と日常を舞台にした作品がしのぎを削る当世アニメ界にあって、孤高の道を歩んでいると言っていいだろう。


参考:『イエスタデイをうたって』のアニメならではの手法 “停滞”と“色彩の否定”について考える


 原作は、大久保圭が2013年から『コミックゼノン』(コアミックス)で連載中の同名コミックで、本稿執筆時点で最新14巻が発売されている。大久保圭自身初の連載タイトル『アルテ』で、いきなりヒットを飛ばしての長期連載となったが、新人ながらも「どうしてもこの題材を描きたい」という情熱で連載を勝ち取ったという意欲作である(引用:マンガ質問状:「アルテ」 ヒロインの胸サイズで根負け|MANTANWEB(まんたんウェブ))。


 連載作品のメディアミックス展開は、『コミックゼノン』発行元であるコアミックスのお家芸であるとはいえ、一見して地味であり、かつての「名作劇場」の様な枠の無い現在においてアニメ化しづらい題材であることは想像に難くない。だが本作こそは、昨年のNHK朝ドラ『なつぞら』で描かれたように、女性の社会進出と共に発展してきたアニメ界にとって正しく描くべきテーマを内包しているのだ。


 16世紀を中心とするルネサンス期は「文芸復興」と呼ばれる時代。そこで主人公アルテは貴族に生まれながらも、画家となることを目指すのだが、純粋に絵を愛する「芸術家」としての画家ではなく、注文に応じ、絵を描く「職人」としての絵描きであるという側面は、本作のテーマと密接に関係している。


 原作にほぼ忠実に展開する第1話で、娘の描いた大量の絵を焼き、画業を否定するアルテの母は、女に産まれた宿命を受け入れる前近代の象徴として描かれる。妻として、より裕福な貴族へ嫁ぐことこそが女の価値観の総てだという固定観念に自ら拘泥している母を「籠の中の鳥」になぞらえたアルテは、好きな絵を描くことに、自立する手段としての意味を自らに科す。そして後に師となるレオに対し、最初は「絵を描くのが好きだから」と、弟子入りの動機を偽り、最後に本当の理由を明かさせることで急速に師弟の絆を結ばせる演出は実に巧みであった。


 キリスト教が布教され、中東からヨーロッパ全域に拡がったことで、古代に栄華を誇ったギリシャとローマの文化は長く否定された。中世以前、市民に対し抑圧的だったキリスト教は父権主義、女性差別的でもあった。アルテがその性別の故に折々にぶつかる障壁は、現代から見ればあまりにあからさまな性別に基づく差別ではあるが、しかし「ガラスの天井」という呼称があるように、21世紀を迎えたい未も解消されたとは言い難い。しかし先に述べたように、その創世記から女性が活躍してきたアニメ界には『アルテ』を通してその打破を訴えかける資格は充分にある。


 そんな本作の製作は、『魔法少女リリカルなのは』シリーズで闘う少女アニメの新たな世紀を開き、主人公・なのはと、当初敵役だったフェイトを結婚させ、養子を迎えさせることで自立する女性キャラクターの最適解を導いたSeven Arcs。監督は、アニメーター出身で『劇場版リリカルなのは』で監督を務めた浜名孝行。シリーズ構成は、アニメ界で数多の自立した少女に命を吹き込んできた吉田玲子。そして、大学卒業後に専門学校を経てアニメ業界に入った苦労人、宮川智恵子が、キャラクターデザインと作画監督を務めている点は、主人公アルテと重ね合わせることができる。また、美術監督は、遠く英国からアニメ製作を志し、はるばる日本の専門学校で学んだスコット・マクドナルド。飛行機嫌いを押してイタリアへロケハンを敢行し、ルネサンス期イタリアの街並みを緻密に再現している。


 「劇画的な緻密さを合わせ持つ少女漫画」という原作のタッチに比べ、アニメのアルテはデザイン的に踏襲しながらも、大きな汗の表現や省略された線の変顔、ショックを受けた時のコミカルな表現をギャグにしながら、しかししっかりした背景、美術があることで、ユーモラスでありつつ、中世イタリアの世界観を逸脱しない絵作りとなっているのは見事。また、監督もアニメーター出身なので、劇中で描かれる絵画へのこだわりも見逃せない。細部も含め何度も見返したい作品と言えよう。


 さらに、重厚さを活かす軽妙さが求められる声優陣も実力者がキャスティングされている。主人公アルテは、芸歴は長いものの、アイドル声優の文脈で語られることも多かった小松未可子。2019年は『スタートゥインクルプリキュア』でお嬢様キャラのキュアセレーネこと香久矢まどかを演じる一方、『映像研には手を出すな!』で、さかき・ソワンデ、『鬼滅の刃』では朱紗丸と、話題作で立て続けに難役を演じ、実力者ぶりを発揮している。


 本作では、地声の低さを活かし、時に男装もする力強さを表現。しかし、時にか弱さを垣間見せつつも、真っ直ぐに中生の分厚い性差の壁を打ち破る少女像は、5話を消化した時点で小松未可子以外に考えられないと思わせるハマり役となっている。


 そしてアルテの師であり、淡い初恋の対象でもあるレオは、昨暮れに『旗揚!けものみち』の主人公柴田源蔵・ケモナーマスクで怪演をみせた名バイプレイヤー・小西克幸。貧しさ故に父を失い、物乞いを経験した壮絶な過去を保ち、偏屈だが実直な職人でもある複雑な役を好演、作品が厚みを増した。


 また、高級娼婦という、本作ならではの特殊な職業に従事し、アルテの友であり人生の師ともなるヴェロニカは、これもバイプレーヤーの大原さやか。クリスチャンであり長い下積みを経た大原さやかならではの、深く妖艶な演技は、多面的なキャラクターで物語に彩りを添えている。


 人間が造り出した神による教えの「男は男らしく労働し、女は女らしく家に籠もれ」という押し付けに対し、髪を切る姿に象徴的なように、エキセントリックで直線的に、時にしたたかに抗うアルテ。技術を磨く一方、パトロンに対し金額の交渉をするアルテは、自立する女性へは無論だが、脆弱な境遇の男たちにも寄り添う姿とみることもできる。変革の時代にアニメ化された『アルテ』の生き様は、我々にとっての福音なのかもしれない。


■こもとめいこ♂
1969年会津若松生まれ。リングサイドで撮影中にカメラを壊され、椅子を背中に落とされた経験を持つコンバットフォトグラファーでライター。得意ジャンルはアニメ・声優・漫画・プロレス・格闘技・サバゲー等おたく趣味全般。web媒体では週刊ファイト・歌ネットアニメ他で活動中。