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ストリーミング時代のファンによる金銭支援の意味ーーSpotify募金機能「Artist Fundraising Pick」から考える

2020年05月02日 13:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 Spotifyが4月22日に、かねてから予告していたアーティストのための募金機能「Artist Fundraising Pick」を追加した。


(参考:Spotify「RADAR」と「Altar」に見る、新進気鋭のローカルアーティストサポート戦略


 この機能は今年3月、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた音楽業界を支援するためにMusiCares、PRS Foundation、Help Musiciansと提携、最大1000万ドル規模の大規模な募金の呼びかけ、新型コロナ関連情報の提供をプラットフォーム内でユーザーに発信する「COVID-19 Music Relief Project」についての発表時に予告されていたものだ。


 「Artist Fundraising Pick」では、Cash App、GoFundMe、PayPal.meといった送金サービスとの提携が行われており、支援が必要なアーティストは「Spotify for Artists」のダッシュボードから、Fundraising Pickを提出することで専用のバナーを自分のプロフィールに追加できる仕組みになっている。このファンからの金銭的な直接支援として募金を受けられるサービスは、先述の送金サービスを利用することができる。


 現在、音楽プラットフォームは、Spotify以外にもアーティストや音楽レーベルを経済的に支援するための取り組みを多数行なっているが、ファンからの直接的なアーティスト個人への募金という点では、Spotifyに先駆けてSoundCloudが類似のサービスを採用したことが記憶に新しい。


 音楽・エンタメ業界は新型コロナ禍により、すでに莫大な損失を被っており、4月18日に放送されたニッポン放送の特別番組「いま、音楽にできること」では日本のスポーツとエンターテインメント業界合わせて3300億円の損失が出ていることが語られている。また日本よりも早くロックダウンが行われ、それが長期化している海外では、ライブ業界専門メディアのPollstarがチケット販売だけで89億ドル(約9600億円)の損失が生じるとの試算を示されており、近年、アーティストたちの主要な収益源となっていたライブ収入が現在のような状況で大きく落ち込み、苦境に立たされているのは火を見るより明らかだ。


 そうなってくるとアーティストが収入を確保するには音源、マーチャンダイズの販売、そして、ストリーミングからの収益に頼らざるを得ないわけだが、販売はさておき、ストリーミングからの収益は各種プラットフォームにより多少の単価の差はあれど、それなりの再生回数を確保する必要がある。そのため、誰もがすぐに手堅く収益を得るということは現状、困難だという課題を抱えている。


 その意味で、このような課題を解決するための糸口になるのが、今回のSpotifyによるアーティストへの募金機能だろう。3月に音楽販売プラットフォームのbandcampが1日限定で行なったアーティスト還元キャンペーンでは、音源とグッズの総売上が430万ドル(約4億7645万円)に達したことが報告されている。これもストリミーング収益同様にアーティストの人気がモノをいう部分と無関係ではないが、販売価格のうち、通常差し引かれる手数料も経済的な危機に陥っているアーティストに還元されるという、ファンからのサポートを促進させる背景があったことから、このような成功を収めたことは明らかだ。


 では、なぜファンはストリーミングで聴けるかもしれない音源をわざわざ購入したのだろうか?(bandcampのキャンペーン時にはこのプラットフォームで販売するための特別な秘蔵音源も数多くリリースされてたことは一旦置いておく)。それは一重にアーティストが経済的な課題を解決することで活動を継続できることを知っているからだ。自分が好きなアーティストが経済的にも安定すれば、継続的に作品が発表されるため、ファンのサポートは回り回ってファンに還元されるという図式が成り立つ。そういった関係性が改めて可視化されたのが、新型コロナ禍中の現在なのではないだろうか。


 ビジネスという観点でいえば、bandcampのキャンペーンは、商品を売ることで対価として金銭が支払われる。それが売り手の利益になるため、言ってみれば、ストレートな商売である。しかし、今のような状況においては、それは理想ではあるものの、寄付という形での支援は経済的にも即効性があると同時にファンが未来のアーティスト作品に望みを繋げるという意味で大きな意味を持つ。これは音源を販売しないストリーミングサービスだからこそ、このシステムを採用する意味があったのかもしれない。


 また、Spotifyの募金機能でユニークなのは、アーティストが自身のためだけでなく、他の支援を必要とする人々のために寄付を募ることができる点だ。例えば、募金機能と提携しているGoFundMeやPaypalを使ってアーティスト以外にそのスタッフ、慈善団体のための募金を求めることができる。現在は、アーティスト支援という名目で作品の購入やストリーミングがファンによって呼びかけられることも少なくないが、ファンがアーティストを支える裏方を直接支援するシステムやプロジェクトは少ない。こういった業界の裏方にもスポットライトがあたる施策は、ここ最近までに関連サービスを通して、裏方支援も行なってきたSpotifyならではのものと言えるだろう。


 4月に公開された『The New York Times』のインタビュー記事では、アメリカ国内においてはカンファレンスやコンサート、スポーツイベントなどの大型イベントが復活するのは2021年の秋になるという見通しが語られており、エンタメ業界におけるライブイベントビジネスの苦境はさらに長期化する可能性がある。これに関してはコロナ禍の収束状況やそれに応じて発表されるであろうイベント開催のガイドラインによって、多少の状況の変化もあるとは思うが、このような見通しがある限り、アーティストやレーベルなど音楽業界の経済的な苦境もまたしばらくは続くはずだ。


 もちろん、どの業界でも新型コロナウイルス禍の影響を受けていることは言うまでもないが、早い段階でダイレクトに影響を受けたアーティストたちにとっては、ファンからの募金という形の経済的な支援が持続的な活動を支える有効な手段のひとつになることは間違いないだろう。


 Spotifyにとって、ファンによる直接的な金銭支援を行なえるサービスは、初めての取り組みとのことだが、これはアーティストの持続的な活動を支えるという点で考えれば、事態の収束後も求められる機能ではないだろうか。それだけに今後は、その継続にも注目が集まりそうだ。


(Jun Fukunaga)