2020年05月01日 10:02 弁護士ドットコム
法的なトラブルを迅速に解決するため、IT・AIを活用した「ODR(Online Dispute Resolution、オンラインでの紛争解決)」の拡大を目指す、政府主催の「ODR活性化検討会」がこのほど、2019年9月~2020年3月まで検討してきた内容をとりまとめた。
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日本は諸外国に比べ、司法分野でのIT活用が遅れていると指摘されている。ODRは司法サービスへのアクセスを身近にし、いわゆる「二割司法(国民の2割しか適切な司法サービスを受けられていない)」問題の改善を図るものとして期待されている。
ODR検討会の取りまとめでは、どのような紛争がODRに適しているのかを探るとともに、民事訴訟の判決データなどをビッグデータとして活用できるよう環境整備すべきなどの提言が挙げられた。
司法の分野ではどのようなビッグデータの活用方法があるのだろうか。
たとえば、民事訴訟の判決データ(ビッグデータ)をあらかじめAIで分析しておき、実際に発生した交通事故の内容と照合するということが考えられる。
類似の事例などから予想される損害賠償額が素早く算出されれば、当事者も納得しやすくなり、裁判になる前の段階で紛争が解決できる、といった可能性が考えられる。
一方、ビッグデータを活用するには、判決データをこれまで以上に公開する必要がある。その際には、判決に含まれるプライバシー・営業秘密への配慮などについても検討を要する。
ODR検討会は、「今後ODRを広く社会に浸透させるには、コンテストなどで競わせ、ODRに資する取り組みにインセンティブを付与するなどして、民間の創意工夫を引き出す方法を検討すべき」としている。
判決データについては現在、裁判所など公的機関が公開するほか、複数の民間企業もサービスとして提供している。官民の連携によるビッグデータの構築・分析なども考えられそうだ。
「IT・AIを活用し紛争解決を図る」とはいうものの、あらゆる紛争がODRに適しているわけではない。
ODRの基本理念は、「簡便・迅速・経済的に紛争を解決」というものだ。したがって、「前例が乏しい」、「争われている金額が極めて高額」、「当事者が多数で関係が複雑」などの場合は、基本的に不向きとされる。
ODR検討会は、複数の民間企業からヒアリングを実施。紛争解決に向けてIT・AIを活用した事例として、以下のようなものがあったという。
・保険会社における電話での顧客対応場面でのAIの活用(音声認識システムによる通話内容のテキスト化、キーワード検索、相談内容の記録化など)
・相談手段としてのSNSやメッセンジャーアプリの活用
・プラットフォーム事業者が簡易な返金手続を設置し、当事者間での紛争解決を促進
その上で、「(1)低額で定型的な紛争が大量に生じることが想定される分野、(2)紛争の前提となる取引などがオンラインで行われる場合については、「ODRに適する分野」であるとし、早急な試用・実装を目指していくべき」としている。
一例として、世界最大級のオークションサイトeBayにおけるODRが挙げられる。
eBayでは、年間数千万件にものぼる紛争が起きており、人力で処理するのは不可能な数だという。一方、利用者側からみると、争っている金額は少ないことが多く、弁護士をつけて裁判をしても費用倒れになってしまう。
その結果、紛争は一向に解決されず、不満の溜まった利用者がeBayから離れてしまうことにも繋がりかねない。
そこで、eBayは少額で多数の紛争を効率的に処理するため、自社用のODR「Resolution Center」を構築し、IT技術を活用して年間6000万件の紛争を処理しているという。
eBayの例は、上記(1)や(2)のどちらも満たしており、まさに「ODRに適する分野」といえる。
司法の分野も、法律による「サービス」である以上、利便性を高めるIT化の波は避けて通れない。
2018年3月には、裁判手続等のIT化検討会によって、民事裁判手続の全面IT化を目指すため、「3つのe」(e提出、e事件管理、e法廷)を推進すべきとの提言が打ち出された。
これを受けて、2020年2月から、一部の裁判所でウェブ会議などによる争点整理の運用が開始されるなど、すでに司法のIT化は具体的に動き出している。
ODR検討会は、2019年6月に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」において、
「紛争の多様化に対応した我が国のビジネス環境整備として、オンラインでの紛争解決(ODR)など、IT・AI を活用した裁判外紛争解決手続などの民事紛争解決の利用拡充・機能強化に関する検討を行い、基本方針について2019年度中に結論を得る」
として開催されていたことから、今回の取りまとめをもって、その役目を終えている。
取りまとめでは、「2020年度以降も定期的に適切な場で、ODRの定着状況や関係省庁における取組状況等のフォローアップが行われることを期待する」としている。
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