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Travis Scott × フォートナイト『Astronomical』、仮想空間から生まれる”体験”の意味を考察

2020年04月30日 10:11  リアルサウンド

リアルサウンド

Astronomical

 人気ラッパーのTravis Scottがオンラインゲーム『フォートナイト』とコラボし、ゲーム内で架空のライブイベント『Astronomical』を開催した。同イベントは日本では4月24日に初回公演が行われたが、その公演には世界中から1230万人のファンが参加したことがEpic Gamesによって報告されている。


(参考:Travis Scottの「Astronomical」は、『フォートナイト』から生まれた現代アートだ


 『Astronomical』は、Travis Scottのレーベル「Cactus Jack」の作品から着想を得た異世界体験と銘打たており、イベントにあわせて、Travis Scottのコスチューム、エモートが販売されたほかに、グライダー「Astroworldサイクロン」と2つのロード画面を無料配布。されにイベントと連動したチャレンジをクリアすることで得られるエモート、装備なども用意され、ゲームファン的としてもTravis Scottファンとしてもイベントに没入できる要素が多く準備されていたのも特徴的だった。


 そんなイベントでまず、注目が集まったのはゲームの架空空間で行われたライブパフォーマンスだ。このパフォーマンスでは、例えば、巨人化したTravis Scottが人気曲の「Sicko Mode」にあわせて、仮想空間を動き回ったほか、水中や宇宙空間など時空を超えて様々なステージが展開されるなど、およそ現実には体験不可能な仮想ライブならではの映像表現が示された。


 現在は新型コロナウイルス禍の影響を受けて、世界的な外出自粛状態になっており、今年3月以降、連日のようにチャリティなどを目的にしたオンラインフェスなど配信イベントが行われている。しかし、今回の『Astronomical』が新しかったのは、オンラインゲームの特性を活かした、その場に”体験”として参加することを可能とした点だ。


 その意味でまず注目したいのが『フォートナイト』側による”開場はショーの30分前です。早めに入って場所を確保しよう!”というアナウンス。この”席を確保する”というのは例えば、リアルのフェスやスタンディングのライブイベントでもよく行われることだ。今回のイベントでも参加者は、ゲームを起動すればすぐにほかの配信ライブのようにライブ映像にアクセスできるわけではなく、ライブを観るために指定されたライブ開始時間にあわせてゲーム内に設けられたステージに向かう必要があり、そこにリアルと仮想空間を繋ぐ”体験”の要素があったのは斬新だった。


 筆者は今回のライブに1人で参加したのだが、ほかのユーザーの反応を知るため、SNSでイベントについてサーチしてみたところ、興味深い意見を発見した。それは友人同士で誘い合わせて参加する際に実際の音楽フェスに”参戦”するかのようにこのイベントに参加していたという声だ。これは『フォートナイト』の知人同士でグループを組んで参加できるという特性を活かした方法であり、一緒に入場したり、場所取りするといった行動は先述のように現実世界でのフェスでも定番と言える行動だ。そういった現実とも連動するコミュニケーションが生まれることが現実の追体験となり、今回の『Astronomical』が他の配信ライブイベントにはない新しい没入感を生み出した原因になっていることは間違いないだろう。


 ちなみに普段ゲームをしない筆者は、そのような現実の追体験視点でいうと、今回、見事に”ぼっちフェス”を体験したといえる。ゲーム内では最初勝手がわからず、おまけにどこにライブステージあるのかもわからない。そのため、マップ上をウロウロ歩き回る始末だった。また、ようやくそこにたどり着いてもライブ開始時間まで、待つ必要があったため、なんとなく手持ち無沙汰になる感じは、まさに”ぼっちフェス”状態であり、去年1人で初参戦した某フェスをまさに追体験したような気分になったことは言うまでもない。


 このように演出面では現実では不可能でな仮想空間ならではのものでありつつも、体験としてはリアルとも結びついていた『Astronomical』だが、もうひとつ重要な点を挙げるとすれば、先述の”「Cactus Jack」の作品から着想を得た異世界体験”が、コアなTravis Scottファンをより没入させる要素になっていたことだろう。


 例えば、今回のイベント用に用意されたTravis Scottのコスチュームには「Cactus Jack」のロゴがコスチュームの背面に入ることをはじめ、Travis Scottモデルのナイキのスニーカー、「SICKO MODE」MVでTravis Scottが見せた首振りのムーブ、SNS上でミーム化したアイコニックなマイクスタンド持ち上げパフォーマンスがエモート化していたほか、彼の代表作である『ASTROWORLD』のカバーアートワークでもおなじみの「ASTROヘッド」や実際のライブでも使われたサークル上の舞台装置がゲーム上でも設置されるなど、ファン向けの様々な要素が取り入れられていた。


 さらにライブパフォーマンスでも『ASTROWORLD』収録曲のMVで見られたスペーシーな要素やビビットな色彩効果などがオマージュされており、まさに”「Cactus Jack」の作品から着想を得た異世界”が細かに表現されていたことは特筆すべき点だろう。


 また本当であれば、Travis Scottはこの4月に世界最高峰のフェスのひとつ、『コーチェラ2020』のヘッドライナーの一角としてステージに立つはずだったが、新型コロナウイルス禍による延期のため、それは残念ながら今回、幻に。それだけに『Astronomical』は、コーチェラでのヘッドライナーパフォーマンスを期待していたファンにとっては“仮想コーチェラ”の役割を果たしていたのではないだろうか?


 さらに体験でいえば、自身が『フォートナイト』のプレイヤーとしてイベントに参加するほか、ゲーム実況ライバーの配信を見ながらイベントを体験するというゲームならではの体験も目立った。これも仮想コーチェラという観点でいえば、同フェス恒例のYouTubeライブ配信を彷彿とさせるものであり、”そこにいなくても楽しめる”という近年のフェスの形を図らずとも成していたことは興味深く、こういった副次的な楽しみ方が生まれたことも、オンラインゲームをプラットフォームにしたからこそだ。


 一方で『フォートナイト』は、フリーミアムモデルのコンテンツという性質上、プレイヤーの経済状況にも左右される要素があり、その格差によって子供達の間では”フォートナイトいじめ”という問題が起こることがPolygonによって報告されている。経済格差は現在の新型コロナ禍では大きな社会問題として浮き彫りになっており、『Astronomical』においても一見、有料コスチュームなどのことを考えるとそういった格差が少なからず現れてくること部分であることは否めない。しかしながら基本はあくまで無料であり、”誰にでも平等なコンテンツ”であることは大きな意味を持つ。


 そういった部分は、昨年公開されたドキュメンタリー『トラヴィス・スコット: Look Mom I Can Fly』で語られる「ファンからエネルギーをもらってものすごい力で返す」、「子供たちを勇気付けなければならない」といったTravis Scottのスタンスに通じるものであり、現在のような状況において、”エンタメは人々に対して何ができるのか?”という問いに対するひとつの答えになっているようにも思える。


 その意味でコミュケーションツールとしても作用している『フォートナイト』をプラットフォームにした意味は大きく、様々な分断が起こる現在の状況下においては、連帯の精神を無くさないためにもエンタメが体験とともにコミュケーションを生み出すことは重要な意味を持つはずだ。


(Jun Fukunaga)