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学校閉鎖から1ヶ月 フィンランド教員がオンライン教育に見いだした“利点と欠点”

2020年04月29日 16:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 遠隔授業を既に1ヶ月以上続けてきたフィンランドの小中学校教員達。彼らが遠隔教育に見いだした利点、欠点、気づきはどのようなものがあるだろう?


 前回の記事に引き続きインタビューに答えてくれたのは、Rödskog skolaで代行教師として3年生を担当するロバート・ミエットゥネン(Robert Miettunen)氏とSaunalahden kouluで日本で中学1~3年に当たる7年生から9年生を対象に国語を教えるアレクシ・ヘイコラ(Aleksi Heikola)氏だ。


(参考:フィンランドの義務教育がわずか二日で遠隔化できた理由は? 現地の小中学校教員に聞いた


・遠隔教育の利点:小学校の場合
 ミエットゥネン氏が利点として挙げたのは、「1.授業中に他の生徒により集中を阻害されにくくなったこと」「2.生徒達がより自立して学習できるようになったこと」「3.生徒の傾向がより把握できるようになったこと」だった。


 教師はビデオチャットを用いる授業ではモデレーターとして特定の生徒のマイクをオフにしたり、退出させたりすることもできる。「でも幸いなことにこのような機能は使わずに済んでいます」。やはり実際に周囲で同級生が学ぶ普段の環境とは異なるため、生徒が互いに集中を削ぐようなことも少ないのだろうか。結果として生徒達が他の生徒に邪魔されないので「授業に集中してくれ、それが授業内容の吸収がより効果的に」なったそうだ。これが生徒それぞれのより自立的な学習にも繋がっているだろう。


 そして教師としては、生徒それぞれの学習が見やすい環境にあることで、どの生徒が勉強の助けをより必要としているか判別しやすくなったとのこと。それぞれの生徒の傾向をより詳しく把握できるようになったため、それに対応したこれまでとは異なる方法で教えることもできたという。


・遠隔教育の利点:中学校の場合
 ヘイコラ氏は利点として、遠隔教育により新たなICTアプリケーションを採用する必要性が生まれたことで、「今まで以上にデジタル学習環境が提供する機会への関心が深まった」ことを挙げている。例えば遠隔教育のお陰で通常の授業では見られない生徒の側面に気付くこともできた。「普段教室ではあまり自分の意見を言わない生徒が遠隔授業では積極的に会話に参加することに気付いたことは嬉しいことでした」。


 そのほかの点としては、遠隔学習ではオンラインミーティングの持つ可能性にも気付いたという。「自分のチームとの会議は遠隔化されても心地いいものです。遠隔学習が終わってからも将来ももしかしたら会議は遠隔化したままでいいかもしれないと感じます」。そうなればわざわざ会議の際に授業がない教員が学校に来たりする必要もなくなる(フィンランドでは教員は授業時間外は自宅で採点その他の仕事をする事も出来るため、会議のためだけに学校まで行かないと行けない場合もあるようだ)。


・デジタルデバイドはやはり遠隔教育の欠点に
 ミエットゥネン氏が遠隔教育の欠点として挙げたのは「ネット接続が常に信頼できるとは限らない」ということ。教師は同じことを何度か繰り返したり、生徒の問題を解決するために時間を費やす必要があり、その間他の生徒が手持ち無沙汰で待たなくてはならないということがデメリットとのことだ。


 また、中学校教師ヘイコラ氏は遠隔教育は基礎教育の平等性にも影響があるとも話していた。「考え得る手段を全て使って、生徒全員が学習内容についていけるようにと学校は全力を尽くしています」。それでも個々の生徒には遠隔教育を受けるための状況もスキルもばらつきがある。例えばネット環境やデバイス性能の善し悪しや、それらを扱うことにどれだけ慣れているかなどだ。


 「このため遠隔教育は、基礎教育の平等性を減少させると思います」とヘイコラ氏は語ってくれた。


 欧州委員会によればEU加盟国の中でも有線・無線ブロードバンドのコネクティビティがTOP5に入り*、EU加盟28カ国と日韓米などの特定の非加盟国との比較では、フィンランドのブロードバンドにかかる費用は「比較的安価」であるとされる**。
*European Commission DESI 2019 (PDF)
**European Commission Study on Mobile broadband prices in Europe 2019 (PDF)


 ブロードバンド接続カバー域が広く、安価に使えるといっても、基地局との位置関係や、建物との関係で繋がりが悪いこともある。それに加えてリモートワーク、遠隔教育、外出を控えた自己隔離などでネットを使う人が増加したため、ネット接続が遅くなっていることも現在のネット環境の不安定さには影響しているだろう。この状況を考慮して、動画配信サービスNetflixやYouTubeは3月末よりヨーロッパで配信画質を低下させて通信サービスへの負荷を下げる対策を講じている。


 ICTスキルの高さ、どれだけ慣れているか、デバイス性能、これらはなかなか難しい問題だ。どれだけ身近にパソコンやタブレットを使用しているのかも関係するだろう。子供の多い家庭では人数あたりのパソコンやタブレットが無い可能性は高いだろうし、金銭的余裕が少ない家庭ではなおさらそうだろう。加えてデバイスの新しさや性能でも生徒間に不平等性が出てしまう。


 フィンランドの貧困率は日本よりは低く、同時にOECD加盟国の中では地域格差が最も少ない国の一つではある*。それでも、生徒家庭の中には子供(全員)が授業に使うために使えるパソコン/タブレットがなかったり、学校側も必要のある生徒に対応できるだけデバイスがなかったりする学校区も先の記事で述べたように存在する。教員組合による調査では、高校、専門学校、大学では遠隔教育に必要なツールは足りているが、基礎教育と職業訓練校では不平等性が目立つとの結果も出ている。
*OECD (PDF)


 他国との比較では格差が少なくとも、格差がないわけではない。その格差の中で生まれたデジタル・デバイドが遠隔教育の不平等性を生んでいると言うのが両教師から遠隔教育の欠点として挙げられたわけだが、より大きな欠点は別にあった。


・最も大きな欠点は社会性の欠如
 「幼い子供達への教育は全てがオンラインでなされるべきではありません」とミエットゥネン氏は語る。「社会性や、共同で物事に取り組む、といったことも教育の重要な要素であり、国家学習指導要領の一部でもあります」


 「現在の状況はこの不可欠なスキルを学ぶことをほぼ不可能にしています」。今後人々が永遠に仕事も勉強も遊びも遠隔で過ごすならそれでも構わないかもしれないが、人間関係は画面の中の顔と話すだけのものではない。人々が触れあい互いとの関わり合いの中で生きていくのに重要な社会性はオンライン授業では身につかない。


 これは中学生を対象にした遠隔学習でも感じられたデメリットのようで「通常の対面学習で存在する、教育中の社交的な面を再現するのは難しい」とヘイコラ氏も語っている。「デジタルツールを通じて本当の団結力を作るのは難しいし、コミュニケーションと情操教育の訓練も難しい」


 家庭を離れてお互いと接する中での学び。多様性ある個性とのぶつかり合い。面と向かっての意思疎通の楽しさ、難しさ、繊細さ。これらの要素を欠いたままの学校教育は十分ではないと二人とも感じているようだ。


 家庭と離れた社会環境という面では、学校は家庭環境から離れた場所での教育という利点もあった。家から教育を受けなければならない現状は、問題を抱える家庭の子供達にとってより大きな問題となり得る。保護者協会理事のウッラ・シーメス(Ulla Siimes)は国営放送YLEに「現在の状況は既に『普通の家庭』にも重い負担となっているなかで、経済的不安定性、アルコールや薬物の乱用、精神問題などを抱える家庭の子供は極めて脆弱な立場にある」と語っている。


・遠隔教育がもたらした気づき
 遠隔教育には利点も欠点もある。そんな中で遠隔教育が気付かせてくれた事柄は何かあっただろうか?


 ミエットゥネン氏は、遠隔教育は外出自粛状況での教育という問題に対する素晴らしいアンサーであると感じたと共に、適切に教育が機能するためには通常の学校も必要だということに気付かされたという。「大半の教育資源は学校にありますし、ルーティン/日課や他の不可欠なスキルも学校で学びます。学校とはコミュニティーであり、人と人との繋がりがあってこそ上手く機能するものです」。


 ヘイコラ氏は、遠隔学習が目を開かせてくれたのは、学び自体は時間と場所を問わないということだと述べた。「ほとんどの生徒は家でも学校にいるときと同じように学習目標を達成する」ということに気付いたそうだ。しかし「その一方では私はこの仕事の社交的な部分が恋しくなるし、一日のリズムも恋しくなります。こういうところはやはり遠隔授業では成り立つのが難しいですね」とも語った。


 授業についていくのが難しい生徒の補助などを行う学習補助員も今の状況で大きな役割を果たしている。通常は教室の中で活躍する学習補助員だが、遠隔授業の現在では例えば支援が必要な子供たちに電話をかけて彼らの課題を手伝ったり、その時間割をきちんと守ることを手伝ったりしている。「学習補助員達はこの学校でとても価値のある仕事をしています」とヘイコラ氏は語った。


・遠隔教育でも変わらぬ教員への尊敬
 自宅から遠隔教育を受ける子供を持つ他国の生活者からは、これまで子供達が家で勉強する必要に迫られたことでようやく「学校の先生の偉大さがわかった」という様な声も時折聞かれる。この点についてフィンランドではどうだろうか。ヘイコラ氏に尋ねてみた。


 「保護者達はコロナウイルス以前より私の仕事を評価してくれていて、同時に信頼してくれていると感じており、今回の状況を受けてそれが大きく変わったとは思いません」


 フィンランドでは教職は子供がなりたい職業トップにも挙げられ、人々から尊敬される仕事だというのはよく聞くが、このコメントからは教師側も保護者達から信頼されていると感じていることが伝わってくる。教員への尊敬も遠隔教育成功の一因なのかもしれない。


 「逆に私の方こそ、遠隔教育中の保護者達と彼らの協力と応援に大変感謝しています」ともヘイコラ氏は加えた。


・教員間の協力
 今回のインタビューで印象的だったのは、どちらの先生も教員間での協力について語っていたことだった。


 小学校で教えるミエットゥネン氏は「皆にとって可能な限りやりやすい環境を作るため同僚達と情報やアイデアを互いにシェアすることができて本当に感謝しています」と語る。教師達はアイデアをシェアして互いを助け合っており、現状を共有するために教師同士で定期的にオンラインミーティングを開いているとのことだ。


 中学校のヘイコラ氏は、教師の視点から遠隔学習になって以前より強く思うこととして、「教育関連の仕事はチームワークであるということ」と語った。「同僚たちからはパワーもアイデアもやる気ももらえました」。


・終わりに
 記事執筆時点でフィンランドではコロナ感染のピークは過ぎたと国立健康福祉研究所THLの研究員がYLEに語っており、もしかしたら今後学校に関しては当初の予定通り5月13日に解除される可能性もある。6月に入ったらどうせ8月半ばまでの夏休みが始まるので、数週間延長されるのもあり得ることだ。


 生徒達も久々にクラスメイトや先生に会うのが待ちきれないことだろう。夏休みが終わって生徒達が学校に戻る頃には、これまで通り友達と共に遊び学べる環境が戻ることを願いたい。


 それでも、コロナウイルスが人々の生活、教育環境、労働環境に強いた変化の中には恒久的なものや、更なる変化のきっかけとなったものもあるはずだ。フィンランドはスムーズに遠隔教育化ができたように見えるが、インタビューした2教員が述べたように問題点も見えてきた。


 今後は遠隔授業の欠点である「社会性」を伸ばすための工夫を施した遠隔サービスや、別記事で言及した「一つの部屋の中で同時に複数の会話が発生する状況」をデジタルで可能にするアプリケーションなども生まれてくるのではないだろうかと筆者は考える。また本記事では深入りしなかったものの、家庭環境の違いから来る問題や教育の不平等性といった以前から存在した問題も、遠隔教育によりより浮き彫りになった部分である。このような受けてフィンランドの教育が今後どう変化していくのか見守っていきたい。


 日本とフィンランドでは歴史、文化、教育システムなど様々な違いがあるが、フィンランドの教師が語る遠隔教育の利点・欠点から何らかの発見や気づきが日本の読者の皆様にあれば筆者としては嬉しい。


(Yu Ando)