2020年04月29日 10:02 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの感染対策として、官民を問わず多くの施設が休業している。東京都の休業要請対象リストには「植物園」もあげられた。
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「東京都薬用植物園」(小平市)も感染拡大防止対策として、3月28日から5月6日まで休園中だ(4月13日から延長)。所持や使用が禁止されているケシや大麻など「規制植物」の栽培で有名な施設だ。
実は、毎年5月上旬はケシの花が「見頃」となる時期。しかし、今年はその美しさを拝めないかもしれない。ケシの旬にあわせて、園の研究員がケシの知識を教える「ケシのミニ講座」も中止になった。
なぜ、法律で規制されているケシを見せるのか。主任研究員を務める中村耕さんに話を聞いた。
「戦後間もない1946年、医薬品の原料確保を目的として開園されたのが東京都薬用植物園です」
設立以来、薬務行政のひとつとして、薬用植物を収集、栽培している。2003年4月、東京都の組織再編に伴い、それまで福祉保健局薬務課に属していたのが、東京都健康安全研究センター(新宿区)の所属となった。
余談だが、同センターには新型コロナウイルスの検体が持ち込まれ、PCR検査が日々実施されている。
さて、現在の薬用植物園は主に危険ドラッグや健康食品の指導・取締りに向けた植物鑑別等の試験検査、調査研究を行う施設として位置付けられている。
「対象となるのは、都内で流通している健康食品等ですね。医薬品でしか使えないような原材料が健康茶やダイエット茶などに混在していないか。顕微鏡を使って植物鑑別試験を行なっています。その際に標本として比較対象となる植物を、こちらで栽培しているわけです」
ここ数年は規制植物の検出がないそうだが、もしも検出された場合は、同センター等を通じて、都内のメーカーに指導、または都外メーカーであれば所管県庁に通報するという。
医薬品の原料となる薬用植物に限定すると753種も栽培している。「園の敷地は3万1398平米です。林に生えている植物も含めると、1600以上の植物が生えております」
その中でも特にユニークなのがケシの栽培だ。しかも一般公開されている。
同園は「国の許可を受けて、ケシや規制植物について、栽培できる施設」となる。「日本でケシが一般公開されている植物園ですと、ほかに『高知県立牧野植物園』があります」。(こちらも5月6日まで休園中)
法律で規制されているケシのうち、同園で栽培されているのは以下の3種。 ・ケシ(ソムニフェルム種) ・アツミゲシ(セティゲルム種) ・ハカマオニゲシ(ブラクテアツム種)
ケシとアツミゲシは麻薬である「あへん」と「モルヒネ」の成分を含有するため「あへん法」によって栽培や所持等が規制されており、ハカマオニゲシは麻薬「テバイン」を含有するため「麻薬及び向精神薬取締法」で規制される。
規制されているケシは外柵と内柵の二重柵で厳重に囲まれている。ケシには有用性もあることから、園では「規制植物」と呼ぶが、柵はあたかも「違法植物」だとばかりにものものしい雰囲気を醸し出す。
同園では、規制薬物を取り扱う職種や、それを志す学生に向けて研修を行なっている。
対象となるのは、保健所の薬事監視員、薬物の取り締まりをしている麻薬取締員や警察官、そして医学・薬学・看護学生だ。
内柵の中で実際にケシの花に囲まれながら研修を受け、ケシの特徴や見分け方を学ぶ。柵の外側で栽培される規制されていないケシと比較して、違いを知るのだ。
毎年5月の一部期間は「一般公開」がなされる。内柵の中に入って見るまでのダイナミックさはないが、外柵の扉が開かれ、内柵越しにケシを間近で見るまたとないチャンスだ。
中村さんへの電話取材の合間にも、開園状況を確認する電話がよく鳴った。「ファンのかたが多い」のだという。最近も、なんとか希少植物を撮影したいカメラマンが門前で職員にかけあっていたという。
専門職や学生にだけでなく、一般にも公開する理由は、「ケシの強い繁殖力」にある。
電話取材した4月21日時点ですでにアツミゲシは開花していた。
ケシは繁殖力が非常に強く、空き地だけでなく、都心のど真ん中でも自生する。「土の中に種子が混在していて、暖かくなるとぬくぬく生えてくるんですね。東京都でも年間5000株は発見されます」
一般人が自身の生活圏内で見つける確率は低くない。過去には人気アイドルグループのメンバーが知らずにケシの写真を撮影し、SNSで紹介したこともあった。
「そんなこともありましたよね。一般のかたに対しては、『もしもケシが生えていたら、抜くことなく、警察に連絡してください。抜いてしまえば、厳密にいえば所持になりますから違法です』と講座で伝えております」
知らずに摘んでしまえば、トラブルに巻き込まれるもと。だからこそ、いつ、どこで出合うかわからない「規制対象のケシ」の知識を啓発しているのだ。
規制されているアツミゲシを例にとって解説してもらった。ほかの規制対象のケシも同様の特徴がある。
「アツミゲシの葉や茎に毛はほとんどなく、葉の切れ込みが浅い。葉の付け根が茎を抱いているという特徴があります」
続いて、アツミゲシによく似ているが、規制されていないヒナゲシとモンツキヒナゲシの特徴は?
「葉や茎に粗い毛が生えています。葉の切れ込みは深い。葉の付け根が茎を抱いていません」
「薬物乱用防止の活動団体や、保護司のかた、更生支援団体が研修でお越しになります。ケシの成分からはモルヒネが作られます。微量の麻薬は、生きていく上で必要になる医薬品ですよね。適正に流通する分には有効に作用します。
しかし、ケシから不正に合成してつくられるヘロインなどの規制薬物は、依存性が強い。薬物に関する研修も私がさせていただいておりまして、団体からの要請で何度も開催しております。しかし、これらも今回の新型コロナの影響ですべてキャンセルになりました。」
年間で11万人が来園するという。いつもならいっぱいの駐車場も空だ。
「平時には、近くの保育園のお散歩コース、デイケア利用者さんも歩いてらっしゃいます。植物は四季折々の姿を見せますから、好きな人は毎週お越しになる。憩いの場なのですが、今年はどうなるんでしょうね」
「みなさんにまた植物をお見せしたい。一刻も早く事態が沈静化して収束するのが願いです。
今回の取材は弁護士ドットコムニュースさんですからね。刑事事件を扱う弁護士さんにも足を運んでいただきたい。規制薬物のほかに有毒植物も栽培しておりますので、知識を増やしてはいかがでしょうか。トリカブトもガラス越しで見られます」
ケシ、アツミゲシ、ハカマオニゲシと規制されていないケシの見分け方は、東京都薬用植物園の公式サイトでさらに確認できる。