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本の“装丁”にはどんな演出が施されている? 現役装丁デザイナーが著したお仕事小説『すべては装丁内』

2020年04月29日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 一冊の本が生まれる過程には色々な人が関わっている。著者はもちろん、イラストレーターや編集者、装丁担当、校正・校閲担当者や印刷所などなど。本は映画やTVドラマのような集団作業の創作物とは違って、個人の表現と見なされがちだが、それでも本は著者1人の力で作られているわけではない。


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メディアで語られる本の代弁者は著者ばかりである。本作りに関わる、著者以外の人々が本に対してどんな貢献を果たしているのかを知る術はほとんどない。


 木緒なちの小説『すべては装丁内』は、そんな本作りにおける知られざる人の仕事を描いた作品だ。本書が取り上げるのは装丁デザイナー。装丁という言葉は聞いたことがあっても、実際の仕事内容は曖昧なイメージしか持っていない人が多いだろう。本書はそんな人のために物語の形式で、装丁とは何かを丁寧に説明してくれる。


 本書の中の言葉を借りると、装丁とは「本の顔」だ。読者が最初に触れるのは、実は著者の書いた文章ではなく装丁なのである。普段はあまり意識されない、しかし読者に多大な影響を与えている装丁の世界を探検できる良書だ。


■装丁とは読者と向き合う仕事


 本作の主人公は、新人編集者の甲府可能子(こうふかのこ)。彼女は、SNSで話題となった女子高生詩人の書籍化に情熱を燃やしている。著者に熱意を伝え書籍化の承諾をもらい、指定の大御所イラストレーターに打診し承諾を得るも、表紙のイラストに文字を乗せないことを条件に出され、請け負ってくれる装丁デザイナーを探す。編集長に相談し、口は悪いが腕は一流の装丁デザイナー、烏口曲(からすぐちまがる)を紹介してもらう。装丁という、一般には内実があまり知られていない仕事を紹介するため、主人公を新人編集者に設定し、読者が主人公と一緒にゼロから装丁のなんたるかを学べるようになっている。


 可能子の装丁に対するイメージはこのようなものだ。


「たしかに、レイアウトを決めたり文字の配置をしたりするのにはセンスがいる。だけど、手の込んだ一部のものを除いては、そこまで時間や手間がかからないように見える(P32)」


 多くの人にとっても装丁とはこんなイメージではないだろうか。しかし、可能子は装丁の無理解を烏口に一喝され、プロの仕事人としての自覚のなさを恥じることになる。


烏口の印象的な台詞を抜粋してみよう。
「装丁ってのは本の顔を作る仕事だ。この本は誰に読んで欲しいのか。そしてどうやって手に取って欲しいのか、一番難しい、きっかけ作りをしていく仕事だ。(P63)」


「最大限の手段を持ってきっかけを作らなきゃいけないのに、最初から条件付けをしている時点で、もうこの本は読者から目をそらしているんだよ。(P64)」


 可能子は、実際に過去に烏口が手掛けた本を手に取り、その言葉に偽りがないことに気づく。どの本の装丁も本の内容を的確に汲み取り、誰に読んで欲しいのかを的確に伝えていることに気がつくのだ。


 外見は一番外側の内面という言い方があるが、それは本にとっても同じこと。外見に気を配らなければ、内面だって損なう。いくら素晴らしい内容であっても装丁をおざなりにしては良い本は出来ないのだ。


■装丁が本の中身も輝かせる


 装丁デザイナーがどんなことを考えてデザインを作っていくのかも本書はわかりやすく教えてくれる。


 「ただきれいに文字を置いているだけ」くらいの認識だった可能子は、烏口の取材に同行してその認識を改める。著者の地元を巡り、どんな場所で詩が生まれたのかの感覚を掴み、最適なキーカラーを探る。さらには大御所イラストレーターが仕上げたイラスト詩の共通点を見出し、両者の原風景と思われる風景写真を撮影し、本文の素材に生かしていく。


 SNSで発表された詩を書籍にまとめるからには、SNSで読んだ時とは異なる読書体験を与える必要がある。そこで烏口は、大胆に1つの詩だけで1ページを構成して余白を効果的に用いたり、連続したイメージを喚起させる詩を1ページにまとめたり、風景写真の上に詩を置くなど、様々な方法で本を「演出」してゆく。


 表紙のデザインも、「文字を乗せない」というイラストレーターの指定の裏にある意図と想いを汲み取り、逆にできることは何かを考え、作り上げていく。そして、しっくりくるデザインを作るだけでなく、あえて引っかかりを作り、店頭やウェブで並べられた時のインパクトも考慮する。


 「これは間違いなく―著者や装画と同じ、創作に枠に入るものだ(P120)」と可能子は感嘆する。著者やイラストレーターの創作物を生かすも殺すも装丁次第、本への深い理解と広い想像力が求められる仕事なのだ。


■著者は現役装丁デザイナー


 著者の木緒なちは、作家でありながらグラフィックデザイナーとしてブックデザインも手掛けている。本書の装丁にまつわるリアリティある言葉は、自身の体験や心の奥底で感じたことから出てきているのだろう。あとがきにも「烏口が語るブックデザイン、そして本への想いは、一切ウソは書いておりません(P250)」と力強く記している。もちろん、本書の装丁も自身で手掛けている。


 本書を読むと、本の楽しみ方が広がる。お気に入りの本の装丁をもう一度よく見て、デザイナーがどんな意図を込めたのかを想像してみてほしい。そうすることで、一度読んだ本の新たな魅力を発見できるだろう。そして、今よりももっと本を好きになれるはずだ。


(文=杉本穂高)