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フィンランドの義務教育がわずか二日で遠隔化できた理由は? 現地の小中学校教員に聞いた

2020年04月26日 15:41  リアルサウンド

リアルサウンド

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 桜も咲き日本では新学期が始まる頃合いだが、今も休校する学校が多いようだ。日本からは遠隔授業実施の難しさから義務教育が上手く行われていないというような報道も伝え聞くが、デジタル化の度合いがEU加盟国中1位であるフィンランドではどうだろうか?


 この記事では、コロナウイルスを受けて遠隔授業が始まった経緯から、遠隔授業への移行に関して、フィンランドの小学校教員と中学校教員へのインタビューを交えてお伝えしよう。


(参考:デジタル先進国・フィンランドの公務員は、どのようにしてテレワークを実現したのか?


・コロナウイルスで休校となったフィンランド
 フィンランドでコロナウイルス関連で最初に影響の出た学校は、首都ヘルシンキのヘルシンキ大学付属学校だろう。3月1日の発表では、生徒がコロナウイルス検査で陽性と判明し、接触の可能性のある同学校の生徒を含む130名が自宅隔離となった。この時点では14日間の自己隔離が予定されており、このような対処を行う学校はここのみだった。校長は学校が遠隔教育と自己学習で必要な教育を提供すると述べている。自宅隔離対象となった子の親はと言えば、仕事に行っても差し支えがないとされており、一部でこれを批判する声もあった。


 その後遠隔教育をする学校や大学が増え、西フィンランドのフイッテッイネン市では16日より同市の全ての学校を閉鎖し遠隔教育を始めた。同日3月16日には政府により非常事態宣言が発令されると共に、18日から国内の学校が閉鎖されることが宣言された。


 これを受けてフィンランドの全ての学校は閉鎖され、遠隔教育が行われだした。しかし生徒が自宅から授業を受けることができても、その親は仕事を休むことはできない。生徒の年齢が高ければ家の中で自立して学習・生活が可能だろうが、低学年の子供だけを家に残すのは心掛かりだ。


 政府は全国の学校閉鎖を発表した当初は、「社会機能に不可欠な分野」(※)の仕事を持つ人に限り、1年生から3年生に当たる児童を持つ場合は、その子供達向けに通常の対面式の授業を行うことが可能としていた。
(※)この「社会機能に不可欠な分野」のリストはフィンランド内閣ウェブサイトで英語でも読むことができる。


 ある意味恣意的にも思えるこの区分けは3月20日に撤回され、どのような仕事を持つ人の子であれ1年生から3年生の児童は対面式授業を受けることが可能となった。国家教育委員会によれば対面式の授業を受けることが可能なのはプリスクール児童、1年生から3年生、特別支援教育が必要な児童と、基礎教育の進学に必要な成績が足りず、付加基礎教育が必要な児童と、基礎教育の準備コースに入っている生徒(フィンランド語がまだできない移民の子ども)だ。


 ただし、それらの児童への対面式授業は親の都合が付かない場合に「可能」なのであって、基本的にはできる限り遠隔授業を受けさせることが推薦されている。


・現場の様子を小学校教員と中学校教員にインタビュー
 全校生徒53人のRödskog skolaで教えるロバート・ミエットゥネン(Robert Miettunen)氏と、全校生徒約800人のSaunalahden kouluで教えるアレクシ・ヘイコラ(Aleksi Heikola)氏にメールでインタビューを行った。どちらの学校も3月27日から閉鎖されているウーシマー県内のエスポー市にある。首都ヘルシンキに接しており、フィンランドではヘルシンキ市に次ぎ2番目に大きい市。オフィスビルなども多いが、ヘルシンキのベッドタウンとして機能している地域でもある。


 Rödskog skolaではスウェーデン語系フィンランド人達が(※)1年生から4年生までの授業を受ける(5年、6年生の教育は別の学校で受けることとなる)。便宜上本記事中ではRödskog skolaを「小学校」とさせて戴く。ミエットゥネン氏はここで代行教師として3年生を担当する。
※スウェーデン語を母語として登録するフィンランド人。全国民の5%程を占める。


 Saunalahden kouluはプレスクールから9年生までの一貫校である。インタビューしたヘイコラ氏は日本で中学1~3年に当たる7年生から9年生を対象に国語であるフィンランド語を教える。彼の教えるのが中学生に当たることから便宜上こちらは本記事では「中学校」とさせて戴く。


 どちらの学校でも16日政府の発表を受けて3月18日から遠隔教育を行い始めた。週末を挟んだ僅か2日で小中学校は上手く遠隔化に対応できたのだろうか?


・小学校の場合:準備はなくとも容易だった授業の遠隔化
 ミエットゥネン氏によれば、Rödskog skolaでは政府の学校閉鎖令に先んじて教員、学習補助員、保護者に遠隔授業が行われる可能性を伝えてはいたが、特段準備をしていた訳ではなかった。わざわざ準備をしていなかったのは、学校としても政府の迅速な意思決定の方向性が予測できなかったためである。


 政府の決断が出てからは、全ての学校がそれを「実現させる」義務を負うことになった。ミエットゥネン氏によると「テクノロジーが苦手な教員にとってはプレッシャーやストレスになったでしょうが」、多くの教師は既にオンラインプラットフォームを使用したことがあったため、ほとんどの教師にとって移行は問題ではなかったようだ。日常的にオンラインサービスやアプリケーションを活用していたので、これを副次的なものからメインのプラットフォームへと移し替えればよかったのだ。生徒達も国家学習指導要領に基づきウェブベースの教材とプラットフォームを使った授業を受けているので、生徒にとっても親しみのあるものだった。そのため遠隔教育への移行は「容易」であったという。


 「柔軟性があって、決断が素早く、必要あらばその場で計画を変えることに長けている、それが教員というものです」とミエットゥネン氏。加えて教員は行う授業を前もって計画していることもあり、急な遠隔授業への変更にも対応がスムーズだったと語ってくれた。移行に際して「普段と比べて」残業が増えるという訳でもなかったとしている。


・中学校の場合:職員と生徒のICTスキルで遠隔化がスムーズに
 ヘイコラ氏の学校の方も、政府発表の数日前から遠隔教育が行われるという憶測はなされており、発表を受けて驚きはしなかったという。こちらでも特に学校として遠隔教育への準備をしていたわけではないが、移行はスムーズだった。


 迅速な遠隔教育への移行できた理由としては、日頃から様々なアプリケーションやデジタル学習環境を使用しており、職員と生徒達は「平均的にかなり良いICT(情報通信技術)スキル」を持っていることが挙げられた。


 このほか、生徒達に「学校生活スキル」(Koululaisen taidot)を養うための活動も定期的に行っており、これが遠隔授業への対応の役に立ったとのことだった。この「学校生活スキル」は小中高生に期待される生徒としてのスキルであり、どれだけの量の課題をどれだけの時間でできるのかといった自分の勉強の企画やスケジュール管理、自分の強みを認識するなどが含まれている。


(なお今回インタビューした2教員の勤める学校はどちらもスムーズに移行ができたようだが、This Is Finlandの報道では「各生徒の計画、指導、評価に通常の授業よりも多くの時間が掛かった」ために通常よりも労働時間が増えた教員の話も出てくることも付け加えておこう)


・家にパソコンやタブレットがなかったら……?
 だが、学校側が遠隔授業に準備万端であっても、全ての生徒に遠隔授業を受けるための環境が存在するわけではない。親がテレワークに使用するため子供が使用するための余分がない家庭もあれば、家庭環境によってはパソコンを持っていなかったりもする。家庭の裕福度で教育に差が出てしまうのは義務教育には理想的でないが、このような場合どうなるのか?


 内閣ウェブサイトはこのような場合、学校側が生徒達に遠隔授業を受けることができるように準備しなければならないとしている。


 なお、現在の状況で(ホームスクーリングをしている場合は別として)、「(遠隔)教育を受けさせない」という選択肢は義務教育には存在しない。なぜならそれは文字通り「義務教育」であり、これを受けさせないことは違法だからだ。遠隔教育に子供を参加させるのは保護者の責任である。


 つまり義務教育への参加に必要な環境は学校が整える義務があり、義務教育を子供に受けさせるという部分は親にその義務があるというわけだ。Rödskog skolaでもSaunalahden kouluでもパソコンかタブレットが必要な全生徒に学校が貸し出している。


 しかし、フィンランド全国の全学校がこの不測の事態に対応する準備ができていたわけではなかったようだ。南フィンランドのピュフター学校区ではパソコンが使える状況にない生徒が多く、なおかつ生徒に貸し出すためのパソコンが学校に足りなかった。この地域では、地元の企業家が有志から寄付を募り45台のラップトップを学校に寄付して事なきを得た。


・小学校の場合:遠隔教育に使用するのはシンプルなサービス
 では、全生徒に遠隔授業を受けるデバイスが揃っているとして、一体どのようなアプリケーションやサービスを用いて授業が行われるのだろうか?


 小学校の遠隔授業では、なるべく「ユーザーフレンドリーで『シンプルな』」サービスを使う傾向があるとミエットゥネン氏は語る。Rödskog skolaで実際に使用されているのは主にGoogleのサービスのようだ。


 Google Classroomを「掲示板」として用い、授業内容と生徒達の毎日の予定などを記している。Google Meet(旧称はGoogle Hangouts Meet)では生徒達の顔と声を見ながら話ができる。「少なくとも毎日の最初と最後にはこれで生徒達と会うようにとの指示ですが、ほぼ全ての先生は学校にいるべき時間帯ずっと生徒達と話せるように付けっぱなしにしています」。生徒は出された課題を各々がこなし、集中して行いたい子はその間Meetから退出。しかし中にはよく質問をする生徒もおり、付けっぱなしにすることでいつでも生徒の質問に対応することができる状況を作るのだ。


 YouTubeなどにある教材も活用されている。例えばこちらの動画は3年生の音楽の授業で使われた。3色の卵の上を「ニワトリ探偵」が歩いて行くが、家の中にある3つの別々のものにこの三色を割り当て、ニワトリ探偵が歩くのと同じタイミングで叩いて音を出すというリズムの勉強だ。


 このほかにもGoogle Docs、Google Formsなどを用いて授業内容を発信しているという。「例えば私が受け持つ3年生の生徒達はGoogle Formsで算数のテストを行いました。彼らにとっても使うのも簡単でしたし、教師としても直接生徒の回答が受け取れるので楽でした」。


 だが、「遠隔授業」と言っても全てがデジタル化されているわけではない。生徒達は自宅に全ての教科書や練習帳などを持ち帰っている。デジタル一辺倒の学習ではなく、オンラインの教材と手元の教科書など、複数の媒体を合わせたマルチモーダルな学習にも慣れてくることができたことも良い点だと彼は語っていた。


 ものづくりの授業(Käsityö)などはその良い例だろう。この授業では、ものを作るのみならず日常生活に必要な技術を教えるよう国家カリキュラムで定められている。遠隔授業では、教員からネットで指示を受けた生徒達が自宅で課題をこなすのだが、家の中にある工具の名前を調べる、火災報知器など火災安全の準備ができているか確認する、と言った単純なものだけではない。例えば家の水道の配水管トラップ(シンクの下のU字状の部分)を外して掃除したり、自転車のチェーンにオイルをつけるなどして先生に報告するといったことまで行っているそうだ。


 遠隔授業といっても、デジタルサービスを使用する「ただの画面を見ながらの学習」以上に生徒の周りの環境を活用した実践的な教育が行われているのだ。


・中学校の場合:使い慣れたツールで遠隔授業
 ヘイコラ氏によれば、遠隔授業で用いられているのは、生徒が慣れている以前より使用されてきたツールだ。この学校でも主に使われるのはGoogleの提供する環境が主となっているようだ。


 Google Classroomでは、「通常の対面学習と同じようにテキスト、画像、動画、グループプレゼンなどを提出することが可能」な他、課題の配布から提出、評価もこれで行われる。ヘイコラ氏が「遠隔授業を行う中で私自身は、Meet/Hangoutsの使い方を学びました」と語ることからすれば、このアプリは彼にとって新しい経験だったようだ。Google Meetでは所謂「ライブ授業」を行っている。


 このほかにも教材となる動画をYouTubeにアップロードしたりもしていると語ってくれた。より幅広く生徒の生活で使われるサービスも授業に用いられているのは面白い。


 また、中学校での学習でも生徒達が使い慣れた教科書とノートという物理的な学習手段も遠隔授業と共に使われている。


 このほか、日常的に小中高で用いられている、生徒の家庭に対して生徒の学習を連絡する手段としてWilmaというフィンランドのサービスも存在する。これは生徒の出欠席、忘れ物、日常の中の生徒の達成したことや評価などを教師と家庭との間でやりとりするものである。遠隔授業となってからも以前と同じくこれが保護者と教員との「デジタル通信簿」として日々用いられている。


・万全のコロナ対策……という訳ではない
 インタビューした両教員の勤める学校ではスムーズに遠隔化が行えたようだが、別記事で「テレワーク化しやすい前提条件」がフィンランドに存在したと述べたように、ここでもやはりすでに遠隔教育のための基盤ができていたことこそが、政府の決定に素早く対応することのできた理由の最たるものだろう。


 無論フィンランドのICT教育はコロナウイルスのようなパンデミック下で遠隔教育をするための準備として存在したものではないが、結果としてこれが役に立った訳だ。


 それでも労働時間が増えたという教員の話や、生徒に貸し出すデバイスが十分無かった学校の例のように、フィンランドもまた全ての学校が上手く授業の遠隔化に対応できたわけではないということもまた、フィンランドのコロナウイルスを受けた遠隔教育にまつわる事実であるということは頭に留めておくべきだ。特に日本のメディアではフィンランドの教育や福祉を神格化して伝える風潮があるが、日本より優れた点にばかり注目すべきではない。フィンランドもまた他の国と同じくこの未曾有の出来事に善処しようと務め、苦戦している一国に過ぎないことはよくよくご理解戴きたい。


 別の例として、ミエットゥネン氏は「私の学校では保護者が希望する場合は給食も用意しています。給食を希望する場合は学校に給食を取りに来てもらい、家で食べるという持ち帰りスタイルになります」とも語っていたことも挙げよう。親の忙しさ、子供がまだ料理が作れない、家庭で料理を提供する金銭的余裕がない、理由は何であれ、必要あらば学校給食も提供されるのは心強い。


 現代のフィンランドでは全国の小中高で給食は無料だ。実はフィンランドは世界で初めて1943年より法律で無料の学校給食を制定した国だ。90年代にはこの「無償の給食」がフィンランドの教育に関して世界的に注目を集める点であった。しかしコロナウイルス状況を受けた現状ではこの平等性が崩れてしまっている。


 いま、フィンランド全国で給食を提供している自治体は約半数しかなく、後の半数は給食を提供していないか社会的観点(すなわち保護者の収入)を元に提供するのみだ。これに対し教育大臣のリー・アンデルソン(Li Andersson)は、感染拡大を防ぐ以外の理由で給食提供が制限されるべきではない、どのような若者もエピデミックのせいでお腹を減らすべきではなく、保護者に収入を尋ねるのも適切でない上、法律に則っていない、と国営放送YLEに語っている。


 なんだか変に暗い感じで締めくくってしまったが、次回記事では今回と同じ2教員に訊いた遠隔教育のメリット・デメリットなどをご紹介していこう。


(Yu Ando)