2020年04月26日 09:51 弁護士ドットコム
京都大学の学生寮である「熊野寮」(京都市)。1965年に創設された学生による自治寮で、現在も400人以上の学生が生活しているが、その入寮パンフレットの内容が話題を呼んだ。
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注目を集めたのは、入寮パンフレットに掲載された「ハラスメント加害者にならないために」という7カ条だ。今年3月にツイッターで紹介されると、たちまち「いいね」の数は6万を超えた。
https://twitter.com/tai_kai_sha/status/1237009617319673858
この7カ条は何を伝えようとしたのか。新型コロナウイルスに起因する差別やハラスメントが横行する今こそ、読み解いてみたい。作成の中心となった元寮生に聞いてみた。
まず、7カ条はどのようなものなのだろうか。ネットで公開されているパンフレット( https://kumanoryo-pamphlet-2020.netlify.com/ )から転載してみよう。
・人の体にはさわらない。
「同性同士のボディタッチは友情の証」、「異性へのさりげないボディタッチはモテるコツ」とか思っていませんか? それ、ハラスメントです。やめましょう。
・公共スペースでは下ネタ・猥談はしない。
下ネタ・猥談は不快になる人がいます。またある種の「男性ノリ」をその場にいる全体に強要することになります。
・人の容姿、私生活を評価することを言わない。
ブスいじり、デブいじりなどなど、すべてやめましょう。人の体はその人のもの。他の人がとやかく言ったり評価したりすることではありません。
・「女性/男性はこうである」など性別によって人のあり方を決めつけない。
「女の子なのに化粧しないの? 」とか「男性が奢らなきゃ」とか思ったことありませんか? でも性別にかかわらず自分の生き方は自分で決めるもの。
・怒られない雰囲気に甘えない。
友だちとの会話の中で、ゲイいじり/デブいじり/不謹慎ネタ等で笑いが取れたとしても、絶対に調子に乗らないこと。周囲の人は嫌な思いをしているのに、その場に合わせてニコニコしているだけかもしれません。
・大学生には彼氏/彼女がいて当たり前と思わない。
「恋人欲しい! 」って思って気になる人にグイグイいくと、相手はけっこう怖いかも。特に熊野寮は生活の場です。出会いの場ではありません。
・もし「それ問題だよ」と指摘されたら
「意図」で反論しない。相手を傷つけてしまったり不快にさせてしまった場合、あなたがどのような意図でそれを行ったかは全く関係ありません。自分の行動の何を問題だと指摘されているのか、まずは丁寧に聞きましょう。
この7カ条に対して、ネット上で「職場に貼りたい」「最後の項目が特にすばらしい」といった賞賛の声が寄せられた。どういう経緯から7カ条が生まれてきたのだろうか。
「まず、熊野寮がどんなところかということを簡単に説明させてください」というのは、元寮生の井上彼方さん。同じく寮生だった小林将悟さんとともに、7カ条を中心となって作成した。
「熊野寮は、住んでいる学生たちが話し合いによって意思決定をして、大学とは独立して運営している『自治寮』です。当然、性別や国籍はじめ様々な属性の人がいますし、400人以上の人が共同生活を営んでいるので、いろんなトラブルや事件が起きることがあります。
しかも、自分たちで運営している場なので、寮の雰囲気を作ることに対して、寮生一人ひとりが責任を負っている場だとも言えます。その中で寮をよりよくしていくためにできる取り組みの1つとして『ハラスメント加害者にならないために』は書きました」
熊野寮で2015年、寮生によるハラスメント事件が発生したことへの反省も、7カ条の作成につながった。
「ハラスメント事件が発生した際、ハラスメントを擁護する声も寮内には存在し、ハラスメントについて寮内で扱うことの難しさを感じました。また、当たり前のことですが、取り返しのつかないことが起きてからでは、取り返しがつかないということを学びました。
全寮規模の予防的なアプローチの必要性を痛感しました。それはハラスメントを防ぐというそのままの目的のためでもあり、同時に、もしハラスメントが起きてしまった場合に、ハラスメントについての認識が寮内で共有されていれば、被害者や目撃者が声を上げやすくなるのではないかという意図もありました」
その後、有志による寮内の学習会でハラスメントを学ぶなど、少しずつ理解を深めていった。それは井上さんが退寮する2019年まで続けられ、寮全体へと広まった。
最初の7カ条は、2019年の入寮生に配布した冊子に掲載するために執筆され、あらためて今春、入寮パンフレットに転載したという。そして「少しでも多くの寮生の目に止まるように」と、今春のパンフレットに掲載するよう、後輩にアドバイスした。
実際に文章を執筆する際、心がけたことがあったという。
「一瞬であれ、読んでもらえる文章にするということと、『一瞬しか読まれないもの』にどれだけエッセンスを溶かし込むか、ということです。
具体的な禁止事項の羅列でいいのか、という懸念もありました。安易な禁止事項の羅列は、『これさえ守っておけばいいんでしょ』という思考停止や開き直りを生むのではないかという懸念です。でも、網羅しようとしすぎて抽象度をあげると、ふわっとした一般論になってしまって、意味をなさないのではないかという懸念もありました。
なので、具体的な案件を想定することによってイメージしやすく、伝わりやすくすることと、具体的なことから自分なりに考えを深めるきっかけにしてもらえるような広がりを持たせるということの両方のバランスを取るようにしました」
そして、被害者の目線も大事にした。
「被害にあった人が読んだときに勇気付けられる文章にする、ということも気をつけて書きました。というのは、被害にあったときに、『あれはハラスメントであり、やってきた相手に対して怒っていいのだ。自分を責めなくていいのだ』ということを言語化してくれる言葉が助けになることがあると思うからです。
悪意を持ってハラスメントをおこなう人は、この文章を読んでも行動を改めてくれないかもしれません。この文章はその意味では被害を減らす役に立たない場合もあると思います。でも、こういった文章があちこちの媒体に載ることで、被害者や心ある人が声をあげやすい雰囲気作りに寄与することができれば、巡り巡って社会全体のハラスメントを減らしていくことはできると思っています」
このパンフレットについて取材している間、私たちを取り巻く環境は大きく変わってしまった。新型コロナウイルスの感染拡大だ。コロナ禍は健康だけでなく、各地で感染者やその家族、あるいは医療従事者さえも嫌がらせを受け、差別されるなど、社会が内包していた問題を浮き彫りしている。
井上さんに今の状況をどうみるか、聞いてみた。
「『ハラスメント加害者にならないために』は、共同生活でついやってしまいがちなことについて書きました。『やってしまいがち』というのは、悪意がなくてもハラスメントをしてしまうということです。
それは、(私も含めて)多くの人が、世の中に溢れている差別や偏見を内面化してしまっているから起きることだと思います。そして、気がつかないうちに刷り込まれてしまっているからこそ、それらは意識して変えたりやめたりする必要があります。
世の中が不安定になったり余裕がなくなったりすればするほど、普段からあるそういった差別や偏見、社会的な抑圧が噴出するし、立場が弱い人にしわ寄せが行くのだと思っています。
新型コロナウィルスが蔓延している今だからこそ、日頃からある差別とか社会的な抑圧とか貧富の格差とかに自覚的である必要があるし、変えていく必要があると思います。
医療従事者や感染者やその家族に対する攻撃、安定した経済基盤がない人を切り捨てるような政策や風俗従事者への差別など目にするだけで胸が痛くなるようなニュースが続いています。感染者を責めるのではなく、コロナウィルスによる社会変動によって生活が困難になる人が少しでも減るような政策を行政に求めることが必要だと思います」
熊野寮の7カ条は、ツイッターで紹介されてから1カ月以上を経ても、いまだRTが続いている。7カ条をきっかけに、普段は意識していないものの、私たちの中に潜む「何か」と向き合う。そんな機会にしてみたい。