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『イエスタデイをうたって』における日常描写の魅力 テレビ朝日「NUMAnimation」の方向性は?

2020年04月25日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『イエスタデイをうたって』(c)冬目景/集英社・イエスタデイをうたって製作委員会

 恋とはどんなものかしら……なんて言葉を聞くだけで、ムズムズするものがある。だが、古今東西多くの人々の話題の中心であり、多くの偉人が考えても答えが出ず、いまでも物語で最も語られ続けている悩みの1つであるのは間違いない。そんな青臭いような、それでも切実な思いに真剣に向き合った作品が、現在放送中のTVアニメ『イエスタデイをうたって』(テレビ朝日)だ。今回は切実な恋の物語を支える、本作の日常描写の魅力について迫っていく。


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 近年はフジテレビのノイタミナ、MBS/TBSのアニメイズムなど、各局が深夜アニメを放送する枠を持つことでブランド化し、作品のみらず放送枠そのものの価値を挙げていこうという試みが見受けられる。そんな中、2020年4月からテレビ朝日では、熱中することを表すネット用語の“沼”とアニメーションを掛け合わせた、NUMAnimationという放送枠を新設しており、『イエスタデイをうたって』は記念すべき第1作目として放送されている。また、ネット配信サービスのABEMAにて、配信限定のオリジナル短編エピソードを公開するなどの試みもあり、ネットとテレビが連動して作品を展開するという点でも注目が集まっている。


 『イエスタデイをうたって』は原作者の冬目景の手により、18年におよぶ連載期間を経て、2015年に完結した作品だ。通常、TVアニメの原作となる漫画は連載中の作品が多い中で、本作を1作目に起用したことは、NUMAnimationの方向性を探る上で重要になるのではないだろうか。本作は1990年代後半から2000年代前半を舞台としており、少しノスタルジックな雰囲気を漂わせる。また、内容も大学卒業後に自らの進路を決めきれない魚住陸生、高校を中退し陸生に恋をする野中晴、教師の道を選びながらも人生に疑問を抱いている森ノ目品子、高校生である自分が大人の女性である品子に何ができるのか迷う早川浪の4人の恋愛関係と共に、その年頃ならではの悩みを描く。中高生を主人公とした作品が多いアニメの中で、少しだけ大人の登場人物たちの日常と悩みを描くことで、若い社会人をターゲットとし、共感してほしいという狙いがあるではないだろうか。


 今作のアニメ制作を請け負うスタジオは動画工房だ。近年『月刊少女野崎くん』や『NEW GAME!』『ダンベル何キロ持てる?』などの人気作を手掛けてきたが、丁寧な作画でキャラクターを描き、コミカルな作風のギャグアニメを得意とするスタジオという印象だった。今作ではシリアスな恋愛ドラマが中心となるが、その中にも晴の言動を中心にコミカルな一面が描かれており、重くなりすぎず、絶妙なバランスで制作されていると感じられた。


 絶妙なバランス感はストーリーの展開も同様だ。原作と比較した場合、TVアニメ3話の時点で2巻の中盤まで物語を進めるなど、非常にテンポが早いのだ。長期間連載されていた漫画のテンポとTVアニメのテンポは異なる上に、会話劇も多いため、原作を何1つ変えることなく制作すると間延びしてしまう可能性があるほか、1クールでは収まらなくなってしまうだろう。そんな中で、ストーリーの大胆なアレンジを行っている一方で、肝となる要素はきちんと捉えている。モノローグでの心情表現などの説明セリフもありながらも、最も重要な鍵となるのが、キャラクターの思惑が伝わるように配慮された演出だ。


 その例として、第1話の後半の陸生と晴が、日中の公園のベンチで座りながら語るシーンを挙げたい。ここでは陸生が自己変革を試みた話をしているが、晴の顔のアップの後に、陸生がタバコを持つ手元が丁寧に作画される。ここでは“晴がタバコと陸生の手元を見ている”ということが強調されており、陸生を通してタバコ=大人に対する憧れを抱いていると解釈することができる。第3話では晴の家庭環境が明かされており、年上の男性である陸生に対して好意を抱いている理由が、断片的に推測することができる。原作では10代の晴がタバコを吸うシーンもあるのだが、連載当時の描写とはいえ、現代のTVアニメではコンプライアンス上難しい表現だ。しかし、演出を工夫することによって、キャラクターたちの心情を強調しているほか、2人が同じベンチに座ることで、似たような思いを抱える似たもの同士であることを補強している。


 ケレン味のある派手な戦闘シーンや、漫画的に個性を強調されたキャラクターが出てこない、本作のような日常的な物語やキャラクターが魅力の作品で視聴者を引き込むのは簡単なことではない。そのためには説明セリフや会話のみに頼るのではなく、視聴者に感情移入させるように細かい演出や日常的な動きを丁寧に描くこと、そして声優にナチュラルな演技の方向性を提示するなどの高度なバランス感覚が求められる。その難しい注文にしっかりと答えながらも、原作と違う新たなる『イエスタデイをうたって』の魅力を提示している。


 「49%うしろ向き、51%前向き」というキャッチコピーが、本作を的確に表しており、似たような思いは、年代を問わず多くの視聴者も抱いているのではないだろうか。少しほろ苦いような、青臭いような、むず痒くなるような思いもあるけれど、見終わった後に前向きに明日を迎えることができる気がする。そんな視聴者の日常と悩みに寄り添って歩いていける作品だ。


※森ノ目品子の「品」は木へんに品が正式表記


■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。