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猫たちの柄の“塗り直し”で悩みを解決? 『猫塗り屋』が教えてくれる大切なこと

2020年04月20日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 その毛柄で生まれてきてくれて、ありがとう。『猫塗り屋』(KADOKAWA)を読んだ後、思わず愛猫にそんな言葉を贈りたくなった。


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 本作は『ブラック企業の社員が猫になって人生が変わった話 モフ田くんの場合』(KADOKAWA)の作者・清水めりぃの新作。猫の柄を塗りなおす「猫塗り屋」を舞台に、ユーモアと優しさが混ざり合ったストーリーが繰り広げられる。


■柄を塗り替え、猫の心を救う「猫塗り屋」


 「猫塗り屋」は悩みを抱え、新しい自分に生まれ変わりたいと願う猫たちの心を救う職業。日本一の猫塗り屋のもとで修業をし、独立した歌国白妙は短期間だけ被毛の色を変えられる「一日絵具」や「一カ月絵具」を使い、猫たちの毛柄を変えることで苦しみを解決する。


 白妙のもとに訪れる猫の苦悩は、様々だ。恋を叶えるためにペルシャになりたいと願う短毛猫や希少価値があるため人間から追いかけられ続けているオスの三毛猫など、十人十色な悩みは人間にも通ずるものがあり、心動かされる。


 中でも特に印象的だったのが、誰かに愛される柄に塗ってほしいと言う猫のエピソード。まるで般若のような顔と柄のせいで貰い手が見つからず捨てられたその猫は野良になってもいじめられ、怖がられる生活を送っていた。いっそのこと、消えてしまいたい。そう願い続けていると体が透明に。これで誰にもいじめられずにすむ。……でも、一度でいいから誰かに愛されたい。そんな思いから、猫塗り屋に足を運んだのだ。


「いつか死ぬ直前には『あのときだけは幸せだった』と そう思える一瞬がほしいのです…」


 心の叫びを聞いた白妙は色を塗った後、透明猫を顔なじみの「ほぐし屋」へ連れて行き、店主のおばあさんと会わせる。前々から猫を飼いたがっていたおばあさんは透明猫をかわいいと言い、「家族になってほしい」と頼む。生まれて初めてかけられた優しい言葉に透明猫は涙して喜ぶが、同時に葛藤する。かわいいと言って貰えた今の柄は、一時的なもの。本当の自分の顔は恐ろしく、愛してもらえるものじゃない。でも、偽って一緒に暮らすなんて失礼なことはできない。


 複雑な感情を透明猫は涙ながらに吐露。すると、おばあさんは温かい言葉で傷だらけの心を包み込んだ。


「あなたの般若顔 とても好きよ?個性的でかわいいもの」


 実は白妙は、あえて元の柄に近いであろう般若のような柄を描くことで透明猫を見えるようにし、愛してくれる“誰か”も見つけて願いを叶えようと考えていたのだ。


 このエピソードを読んだ時、筆者の頭には愛猫ジジの毛柄との出会いが浮かんだ。ジジはサビ猫であるがゆえにペットショップで売れ残っていた。サビ猫はひと昔前まで「雑巾猫」という不名誉な呼び名で呼ばれることもあり、今でも里親が決まりにくかったり売れ残りやすかったりすると聞く。ジジは他の毛柄の兄弟たちが次々と新しい家族のもとに行く中、ひとりだけケージの中から出られなかった。筆者が店に行った時は狭いショーケースの中で他の子猫と共に押し込まれ、たったひとつのフードボウルにありつけていなかった。


 その光景を見て可哀想に思ったのはもちろんだが、筆者はジジの被毛を見た瞬間、心動かされた。なんて美しくて、個性的な毛柄なんだろう。この子と一緒に暮らしたいと心の底から思ったのだ。もしかしたら、ジジの柄は多くの人の目には綺麗に映らないかもしれない。でも、筆者は同じ模様の子がひとりとしていないサビ猫の被毛を心底、美しいと思う。誰かが見過ごしてしまう存在は、他の誰かにとっては宝物のように愛おしく映ることもある。本作は、そのことを再確認させてくれた。


 また、作中で猫の毛柄を永久に変える「永久絵具」を白妙がタブー視している点も興味深い。白妙が短期的にしか色を変える効果がない絵の具を使用し続ける裏には、作者からの“ありのままの自分を愛せるように”というメッセージが込められているような気がする。本当の自分を探し求める猫たちの苦しみと、それを受け止める人間の姿が描かれている本作は、そのままの姿がいいんだよと私たちに優しく語りかけてくる。


 私は愛猫の色を大切にするように、自分の色も大切にできているだろうか。読後はオンリーワンの愛猫を撫でながら、人生を振り返りたくもなった。


(文=古川諭香)