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デジタル先進国・フィンランドの公務員は、どのようにしてテレワークを実現したのか?

2020年04月20日 10:21  リアルサウンド

リアルサウンド

(c) Helsinki Marketing

 先の記事にも記したように、コロナウイルスの影響を受けて現在フィンランドでは100万人ほどがテレワークをしている。人口550万人のフィンランドでは、労働人口とされる15歳から64歳は2019年で約342万人、内就職人口は約259万人(Tieto&Trendit)であることを考えれば、実に全労働者の三人に一人以上がテレワークをしているということだ。


(参考:デジタル先進国・フィンランドは新型コロナにどう対応? 現地ライターが政府・企業・個人の動きをルポ


 現場の声を聞くべく、今回はヘルシンキ市都市環境課に務めるカタリーナ・ヒルヴォネン(Katariina Hirvonen)氏を取材することができた。インタビューは氏が「テレワーク会議でも1度使った」というZoomで最初は試みたが互いに音声が聞こえず(これもその会議の際に起きた問題だったそうだが解決方法は思い出せないとのことで)、最終的にGoogle Hangoutで行われた。


・スムーズだったテレワーク化
 彼女の部署は150人ほどが勤務している。政府がテレワークを推薦した3月13日からテレワークを積極的に行いだし、17日にはほぼ皆がテレワーク化に移行できた。


 だが政府がテレワークを推薦するよりも前から、この職場ではテレワークが可能な状態であり、週に1度自宅から仕事をする職員も以前より存在した。


 幸いなことに部署職員たちの業務のほとんどはテレワークで置き換えることのできるものだ。大半の仕事はパソコンを通じて行っていたので問題はない。これまで皆で集まっていたチームのミーティングはMicrosoft Teamsに置き換えられた。Teamsでのミーティングの際には時折通信が乱れて話が聞こえなくなるなどの障害こそあるが、仕事の効率性はさほど下がってはいないようだ(詳しくは後述)。


 唯一テレワーク化できていないのが物理的な手紙の送付業務であり、これは職員がオフィスに赴くほかない。ただフィンランドの郵便局Postiには「iPosti」というデジタルドキュメントを紙の郵便化して送るサービスが存在するため、今後可能であればそちらを利用しようという考えだ。


 一方、職員の中にはCAD(コンピュータを用いた設計)を業務とするため、職場には大きなセカンドスクリーンがあったが、自宅業務するには大きなスクリーンがないことからオフィスで作業するスタッフも居たようだ。


・デジタルデバイドと、試されるIT能力
 ほぼ全ての業務がテレワーク化できたとはいえ、その移行のスムーズさは職員のIT能力によるところが多い。前述したようなZoom会議での問題のような細々とした問題もあれば、業務ができない状態に至るものまで、各職員のIT能力やIT環境の差による影響、すなわちデジタル・デバイド(情報格差)の影響も露見したようだ。


 例えばヒルヴォネン氏と同じ職場の60歳代の職員は、自宅でのパソコンの設定やVPNの設定に苦労したそう。最終的には上司や他の職員の助けで、自宅からテレワークできる環境になり事なきを得たが、もしテレワーク環境を構築できなかったらどうなっていただろうか?


 私の知る他の会社でも、家のWi-Fiルーターが壊れたのでパソコンから仕事ができないし、買い換えようにも店は開いていないという例があったが、もう少しIT知識があればスマートフォンのテザリング機能を利用し、Wi-Fiの親機として使用することでパソコンでインターネットを使える状況を取り戻すことができたかもしれない。


 (先のCAD業務用のスクリーンの話に似るが)物理的なデジタル・デバイドの点では、職場では自分のパソコンの画面の他にセカンドスクリーンがあり皆がほぼ同じ環境で働けていたが、自宅で働く際に会社がスクリーンの貸し出しを許可しなかったという実例も聞く。この状況では自宅に外付けスクリーンを持っておらず、業務用パソコンについている画面のみで働く人と、自宅の外付けスクリーンで業務ができる人では、労働の効率性に差が出てしまう。


 特殊な状況での特殊な例であるのは事実だが、デジタル経済・社会インデックス1位のフィンランドといえども、このような急なテレワーク化は、個々のITに関する能力や環境の格差の存在を浮き彫りにする(更にデジタル・デバイドが浮き彫りになるのは遠隔教育の現場だが、それはまた別の機会にお伝えしよう)。


・テレワークの利点
 テレワークの利点は言わずもがな、通勤がないことにあり、ヒルヴォネン氏もプライベートな時間が増えたことを喜んでいる。他の会社で働く私の知り合いからも、「これで朝遅くまで眠れる(笑)」などと、テレワークにより「通勤時間」が無くなったことを喜ぶ声が聞こえた。人によっては通勤をしなくて済むということで、ストレスの軽減にも繋がることだろう。


 また、環境面への影響も忘れるべきではない。たとえば、通勤費を削減できるのも利点だ。交通機関の遅延も通勤中の事故もなく業務を始められるのは、働き手にも雇用主にとっても嬉しい点だ(「事故が最も起こりやすいところは自宅」ともされ、テレワーク中の事故は業務に直接関連したものでないと労災保険が下りないが……)。


 通勤がないことは(モビリティーサービス提供者にとっては災難であろうが)働き手、雇用主、地球環境にとって多くの面でプラスとなるものだろう。


 もう一つヒルヴォネン氏から利点としてあげられたのが、「無駄に話しかけてくる人が居ないため、集中できる」という点だった(しかし後述するがこれはテレワークにおける欠点にも繋がる部分でもある)。誰とも物理的に会う必要が無くなることで、特にオフィスでの業務で一番の問題が職場上の人間関係だという人にとっては大いなる利点となるだろう。


・自宅からのテレワークの難しさ
 自分の家に仕事以外の誘惑がいっぱいあると感じる人もいれば、遠隔教育のため家に子どもが居る家庭では、なかなか集中することができないという人もいる。


 以前、BBCのインタビュー中に部屋に乱入してくる動画がネットで話題になったが、子どもが家にいる家庭では、オンラインミーティングの際に子どもがスクリーンに映るのも見られたし、映ってはいなくとも騒ぐ子どもの声が聞こえたりすることは希ではない。とはいえオンラインミーティングでは話者以外をミュートにできるので、このようなことは大きな問題にはならないし、参加者は誰も似たような環境にいるので(子どもがいなくとも犬やネコが騒ぐ場合もある)、微笑ましいという他は、特段ミーティングに悪影響はない。


 だが実際の業務をする際には「子どもたちが課題がわからないとかつまらないとか言って寄って来るので、仕事が捗らない」という悩みの声も、別の職場に務める知り合いから聞かれた。その人は、仕事がままならないので子供が寝ている早朝か深夜に業務時間を変えたいし、週1回くらいはフルに集中したいのでオフィスで働かせてくれと申し出た、とのことだった。


 複数のルームメイトがいるヒルヴォネン氏はどうかと言えば、仕事中は家のガレージに引きこもることで仕事中は邪魔が入らず、家から業務を行うことに集中する面では問題は感じないとのことだった。


 だが、氏が問題を感じるのは別の点にあった。ほぼ全ての業務をテレワーク化でき、仕事の効率性は「理論上は変わりないはず」だというが、「現実にはそうではない」というのだ。


 その効率性を下げる要因となっているのは、オフィスでは他の職員のブースにふらりと入っていって質問を気軽にすることができたのだが、それが現在には難しいという点だ。「オンラインメッセージで簡単に質問できるのに何が問題なのか」と思うだろうし、私もそう考えた。しかしよく聞くとこれは社交的なオフィスからモチベーションを奪うに至っていたのだ。


・テレワークでモチベーションを保つには
 「私の部署はとても社交的な環境にあるので、テレワークで同じように仕事ができるとは言え、このせいで仕事のモチベーションは低下しているんです」と語るヒルヴォネン氏。ただ、他の職員のブースを訪れ質問するという単純な行為が、問題の解決という実利面だけで無く、同じ目標に向かって働く仲間同士の労働のモチベーションを上げる助けになっていたのだ。


 いつもオフィスで和気あいあいと働く同じ仕事仲間と、オンラインで同じようにコミュニケーションを取ることができないのは辛いものだ。オンラインミーティングがある日はまだましで、仲間と会うことができて気分も高まるが、毎日あるわけではないので、ない日はただひとり黙々と業務をこなすしかなく、モチベーションはぐんと下がる。


 これをどうにかしようと、オンラインで皆でコーヒーブレイクをとったりもしてみたが、「チームには16人居るのですが、数人同時に喋ろうとしたりでもすれば何が話されているか全く判らなくなります」とのこと。そのため、職場のコミュニケーションの潤滑剤として機能する自然なコーヒーブレイクは、テレワークでは再現できないと言うのだ。


 確かにZoomやHangoutのようなサービスは複数人と同じ部屋に居る状況は再現できるし、一度にひとりしか話さない会議やプレゼンテーションであれば適切だろうが、「一つの部屋の中で同時に複数の会話が発生する状況」と言った複雑性は再現することはできないのだ。


 それでもチームのモチベーションを保とうという工夫は様々に見られる。休憩時間に皆を誘ってskribble(絵を描いて描かれた絵を当てるオンラインサービス)やälypää(90年代から存在するフィンランドのFlashゲームサイトのようなもの)でチャットしながらクイズゲームをやったり、皆でウェブカメラをオンにしてオフィスヨガを行ったり。普段は会社で皆で朝食を食べていたというところでは、オンラインで各社員が互いが朝食を食べるところを見ながら時折話をするということをしたり(前述のコーヒーブレイクと同様の問題があるが)などと各社様々に試しているようだ。


・テレワークのもう一つの問題……昼食
 もう一つ、テレワークの問題として挙げられていたのが「昼食」だった。


 普段は職員向けに安価に昼食を提供するレストランでお昼を食べるとのことだが、自宅から働かなくてはいけなくなってからは自分で昼食を作らなくてはいけなくなった。これには時間も手間も掛かり、一般的な30分のランチ時間では料理が完成しても食べる時間が残らない。


 独り身ならまだしも、学校の給食もあてにできない状況では、働きながらも家族全員分の食事を用意しなくてはならない。フィンランドでは主婦・主夫は珍しく、共働きの家庭が多いため、会社の仕事をしながら食事を用意しないといけない現状はテレワークの大きなネックとなっている。


 普段から弁当を用意して職場に向かう人にはこの限りではないかもしれない。それでも職場のカフェテリアや、福利厚生としてレストランなどで使えるランチ・バウチャー(Lounasseteli)*などを利用した方が、料理を作る手間も片づける手間も省けて、安価に食べる事ができるので、自ら弁当を作るより効率性は高いといえるだろう。


*ランチ・バウチャーは例えば、プリペイド・カードとなっており、一度に使える金額が10ユーロ程度、職場でこの金額掛けるひと月の労働日の金額までチャージできる。福利厚生としてこの金額の75%までを会社が負担し次の月の給料でチャージ金額の75%が戻ってくる、といったもの。


 ランチ・バウチャー提供企業により差はあれど、多くのカフェやレストランがランチ・バウチャーに対応している。しかし使用できるのは店舗での使用か持ち帰りのみであり、現在レストラン内で飲食できないために結局持ち帰りのみでしか使用できない。気軽に持ち帰りできる位置にレストランがある人は良いが、宅配にはバウチャーを使用することができないため、これも辺鄙な場所からテレワークする人には使い勝手が悪かったりする。


 それと同時に、前回の記事でも登場したフィンランドのレストラン料理配達スタートアップWoltなどは利用者が増えているようだ。従来のランチ・バウチャーは利用できないので、そのような宅配サービスから自腹で頼むとなると、料理を作る手間は減れども財布も寒くなる。


 今後どれだけコロナウイルスによる影響が長引くかは判らないが、テレワークする者皆に関わる「昼食」部分に関して今後どのような対策が考えられるか興味深い。職場付近のレストランなどでの使用を前提に存在するランチ・バウチャーがこれに合わせて進化していくことも考えられるだろうが、ヒルヴォネン氏の職場などこれをそもそも使用しない職場はどのように対応するだろうか? 現在存続の危機にあるレストラン業界から何らかの新しいアイデアが登場するだろうか?


(職場の高級コーヒーメーカーで飲む美味しいコーヒーが自宅では楽しめないという声もあったこともついでにここに記しておこう)


・非可逆的な働き方の変化
 今回の新型コロナウイルスにまつわる状況は、フィンランドでさらにテレワークを推し進める原動力となったことは間違いないだろう。前回の記事でも説明したように、テレワークをこれまで行っていなかった会社はテレワーク化へと背を押されているし、主な業務をテレワーク化できない会社も、できる部分は可能な限りデジタル化や遠隔化して対応しようとしている。


 ヒルヴォネン氏の職場のように、これまで十分にテレワーク化できていた会社はそれが最大限に活用されている状況を目の当たりにし、そこに利点と欠点を見いだしたはずだ。


 テレワーク化に大きく動いたフィンランドの仕事の在り方は、新型コロナウイルスのパンデミックが去った後も完全に元に戻ることはないだろう。フィンランド国営放送YLEのアンケート調査では、現在リモートワークをするに至った人の半数が「新型コロナウイルスによる現状が終った後もリモートワークを行いたい」と答えている。一方で32%は「リモートワークは好きではない」と回答しているのも忘れるべきではないだろう。


 フィンランドから少し話をずらし、ビル・ゲイツ氏(米マイクロソフト創業者でビル&メリンダ・ゲイツ財団創設者)の最近の発言の話にも言及させてもらおう。先日LinkedInでライブQ&Aセッションを行ったゲイツ氏もまた、新型コロナウイルスにより起きたテレワークなどの仕事の変化は「今後、元に戻ることはないだろう」と考えている。ゲイツ氏は、「出張などは無くなりはしなくとも減るだろう」としているほか、「ソフトウェア面での革新により、従来のやり方よりも効率的で優れたバーチャルサービスの登場が容易になるだろう」ともしており、株主総会のバーチャル化など、従来対面式だった多くの物事をデジタル化する「許可」(permission)を皆が手に入れた状況だと形容している。


 ある意味、新型コロナウイルスは、形式にこだわった古い社風の企業にも、業務のデジタル化、テレワーク化が許容される環境をもたらしたとの見方だ。


 日本にはそのような社風の企業が多い、というイメージはフィンランドでも持たれている。それと同時に、1980~1990年代に造り上げられた「技術先進国・日本」という日本のイメージもまたフィンランドに浸透しており、日本の企業の80%はテレワークができないというYLEの報道*に対して「そんな進んだ国であるはずの日本でなぜ……」と不思議に思う人も見受けられた。


*日本の総務省は2019年情報通信白書で企業のテレワーク導入率を19.1%としている。


 フィンランドから日本の報道を読む限りでも、徐々に日本でも新型コロナウイルスの危機感が高まっているように思えるが、読者の皆様の職場環境はテレワーク化に向けて変化があっただろうか?


(Yu Ando)