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fhána 佐藤純一が語る「時代に合わせた音作り」と“万策尽き”かけた新曲制作秘話

2020年04月19日 15:41  リアルサウンド

リアルサウンド

撮影=はぎひさこ

 音楽家の経歴やターニングポイントなどを使用機材や制作した楽曲とともに振り返る連載「音楽機材とテクノロジー」。第六回はfhánaの佐藤純一に登場してもらった。


 fhánaのリーダーとして、yuxuki wagaやkevin mitsunagaとともに多くの楽曲を手がける佐藤。最近ではストリングスやブラスアレンジのほか、マスタリングも自身で手がける彼に、曲作りの方法や自身の核となっている機材、それらを使うにあたって大事にしていることや、最新曲「星をあつめて」が生まれた背景などについて、じっくりと語ってもらった。なお、今回のインタビューは後日fhánaのオフィシャルYouTubeチャンネル内の企画「ふぁなばこ」にて、動画バージョンが公開される予定だ。(編集部)


(参考:KREVAはなぜ音楽機材について積極的に発信する? 「音楽ができた瞬間の喜びを分け与えたい」


・「スーパーローの使い方がアレンジ的にも重要になっている」


ーーまず、佐藤さんがstudio FLEETを作る上で重要視したポイントを教えてください。


佐藤:都内の自宅スタジオって、結構地下にあったり圧迫感のある建物が多いんですが、この部屋は開放感がすごくあって、陽の光を浴びながら曲を作れるのが良いなと思って選んだんです。


ーー見た感じ、一部は打ちっぱなしのコンクリート製ですが、音の特性的にマイナスにはならないですか?


佐藤:僕もそこは結構心配していたんですけど、意外と響かないうえに、変なフラッター(エコー)もなくて。モニタースピーカーの先はウッドデッキに向かってかなり広いスペースがあるので、音が壁で跳ね返ったりせず、抜けていくからなのかもしれません。一応、スピーカーの後ろの壁には吸音材が敷きつめてあるんですが、音響的に必要に駆られたわけではなく、前の部屋の余りを立てかけてるだけなので、どちらかといえば防寒に近い役割というか(笑)。


ーーそれでここまでの音環境が整えられているのはすごいです。陽の光を浴びて、生活サイクルを感じることができる部屋に移ったことで、日中に曲作りをすることも増えたり?


佐藤:自分が制作をするうえで、一番前に進むのは午前中なんですよ。夜中に判断が鈍っていたら、一回寝てパッと起きてすぐに進めたりもします。


ーー午前中って、判断が一番できる時間ですよね。


佐藤:そうなんです。1日を過ごしていると、判断する力ってどんどん減っていくから、頭を使う重要な仕事は午前中にした方が良いというのを、身をもって感じます。とはいえ、いきなり午前に進むわけではなく、その前段階に散々悩んで頭の中がとっ散らかってから寝て起きた午前中に、アイデアがまとまって前に進む感じですね。


ーーこのスタジオに移ってから作った曲たちを聴いていて思ったのですが、スタジオを変えたことで、曲も開放的になったような気がしています。同じストリングスを使っている曲でも、細かく刻むのではなくスケール感の大きいものが多くなったりとか。


佐藤:それはあるかもしれませんね。自然の中のスタジオで合宿したり、海外レコーディングをするのも、普段と環境を変えることによる効果もあると思います。


ーー機材の話も伺いたいのですが、佐藤さんの曲作りにおいて一番欠かせない機材は?


佐藤:長年使い続けている相棒は『Logic』と『XP-30』(Roland)。『XP-30』は90年代のシンセで、このスタジオにある機材のなかでかなり古めのものです。鍵盤のタッチや中に入っているシンセのパット音とかが気に入っていて、作曲のときやベースの打ち込みなどでも頻繁に使用しています。あと、作曲機材ではないんですけど、一番長く使っているのは、このスピーカー(『CDM1 SE(B&W)』)ですね。いわゆる一般向けの民生機と、プロ向けの業務用機は全然違うじゃないですか。


ーーですね。ー般向けは気持ち良く聴こえて、プロ向けはフラットに聴こえるという。


佐藤:そうです。それで言うと『CDM1』は、ドライでフラットで、結構業務用っぽいモニターライクな音なんです。B&Wの最近の製品は瑞々しく水のように広がるリッチな音がするんですけど、『CDM1』はすごくドライで、それが好きなんですよ。普段はこのスピーカーで映画を観たり、iPhoneからBluetoothで音を飛ばして聴いたりしていて、曲作りの最終段階のモニターに使うこともあります。


ーーそして、メインモニターは『C5-Reference Wood』(KSD)。たしか以前は『RL906』(musikelectronic geithain)を使っていましたよね。


佐藤:最近変えたんですよ。ムジークも好きだったんですけど、最近のポップスの世界的トレンドである“ローエンド”を意識した時に、ちょっと物足りないかなと思って。


ーーいわゆる”スーパーロー”と呼ばれる帯域も含めて。


佐藤:そうですね。ローエンドが大事であることは昔から変わらないですが、最近はそのスーパーローの使い方がアレンジ的にも重要になってきていますよね。それではじめはサブウーファーを買おうとしたんですけど、ふと『C5』が目に入って。信頼しているエンジニアであるビクタースタジオの高須(寛光)さんが、以前このスピーカーを絶賛していたことを思い出して試聴してみたら、すごく良くて。ムジークの『RL906』とほぼ同じサイズなんですけど、これだけで結構ドシッとしたスーパーローを感じることができるし、ローが出るだけじゃなくて全体的なバランスもすごく良くて、これに買い換えました。それに、見た目もウッディーでインテリア的に良いなと思って。あと、標準でフローティングスタンド付きな点も良いですよね。


ーーそしてサブモニターは『Wood Cone』(VICTOR)と『8010A』(GENELEC)。


佐藤:ビクターのウッドコーンはこれも定番製品なので、ラジカセチェック用として使っています。『8010A』は『Nord Stage』だけにしか繋がってないんですよ。ピアノを弾くときに前から音が出ていたほうが良いので。


ーー最近導入した機材とその使い方についても教えてください。


佐藤:お気に入りはRUPERT NEVEの『Portico II Master Buss Processor』です。いわゆるマスターコンプ・リミッターで、マスタリングやミックス時にソフトの中だけでやるのではなく、アナログを一回通して、角を取りたくて。コンプ・リミッターとしても優秀だし、シルキーな倍音を付加させたり、その倍音の種類やブレンド具合も調整できたり、歌や楽器の奥行きを調整したり、いわゆるM/S処理的なことをしたりといったことが一台で出来てしまうのは大きいです。もちろんプラグインでも出来るんですが、プラグインだけで作業するより、すごく音楽的になりますね。倍音の感じがすごく良いうえに、モダンでクリアなサウンドです。あと、導入してみて意外とよかったのが、マスターレコーダーの『DA-3000』(TASCAM)。今はDAW上でバウンスをして、最終2ミックスを作るのが普通ですけど、『DA-3000』でそのまま録音するのが良くて。マスタリング用途としても、ファイルをコンバートせずに、CD用だったら44.1kzでそのまま録音したり、一度DSDで録ってそれをマスターとしてそこから各種フォーマットに書き出したりと、音質的な変化が少ない状態で最終音源が作れる点が良いなと。


ーープラグインやラックの機材についてはどうでしょう。


佐藤:オーディオインターフェースの『LIO-8』(Metric Halo)はめちゃくちゃ音がいいですね。少し価格が上の『Prism Sound』とかが定番なんですけど、僕はこっちの方が好きで。重心が低くて、奥行きがあって、すごく音を正確に描写してくれます。けっこう昔からある機材なのでずっとFireWireでしか使えなかったんですけど、つい去年ぐらいにUSB-Cを使えるオプションカードが出たのが大きかったです。あと、マスタリングクオリティを上げようと思って導入したのはマスタークロックジェネレーターの『OCX-HD』(Antelope)。それぞれの機材の内蔵クロックで動作させるよりも、音が滑らかになって奥行きも出ますね。ヘッドフォンアンプは『DA11※註』(Lavry Engineering)をつい先日導入しました。ビクタースタジオでいつもヘッドホンはこれでチェックしていて、あまりの素晴らしさに自宅にも導入してしまいました。ちょっと趣味の世界も入ってますけど(笑)。もう一つ、大事なのがケーブル周りで、主にORBというメーカーの電源ケーブルやラインケーブルを使用しています。最近もD-SUBケーブルを何種類かカスタムで作ってもらったのですが、S/Nが良くて力強い音で好きですね。ちなみにfhánaのライブではステージ周りのケーブルもORBを沢山使用しています。


ーーモニターはヘッドフォンを使うことも多いですか?


佐藤:そうですね。最近は『NDH 20』(NEUMANN)と『MDR-Z1000』(SONY)を主に使っています。『NDH 20』はマイクで有名なノイマンが最近出したヘッドフォンで、ローエンドも確認できるし、メインのモニタースピーカーから聴いているのと近い印象です。これをメインで使ってます。『MDR-Z1000』は、カタマリ感のある音を聴けるので、ミックスのバランスが綺麗にとれていないと、ガチャガチャして聴こえるんです。ミックスの粗探しに向いているヘッドフォンですね。


・“ストリーミング向けのマスタリング”に向き合う、ということ


ーー最新作「星をあつめて」の制作において一番重要だった機材は?


佐藤:「星をあつめて」はほぼ生音なので、この部屋の機材の音はほぼ入っていないのですが、作曲時は『Nord Stage』を弾きながらひたすら悩んでいましたね(笑)。メロディとコードが出来たら、今度はLogicでアレンジをしました。そういえば、最近Studio Oneを導入したんです。Studio OneはPro Toolsと同じくらい、もしかしたらそれ以上に音が良いですし、マスタリング用途としてもDDPが書き出せるのも大きいですね。


ーー佐藤さんは最近、マスタリングの領域を自身で手がけようとしていますが、これはどういう理由で?


佐藤:昔はCD用の44.1kHz/16bitだけでOKだったんですけど、今はCDだけの時代ではなく、YouTubeもストリーミングもDL配信もハイレゾもあるうえに、それぞれの特性も違ったりするじゃないですか。さらに、YouTubeやApple Music、Spotifyでも規定のラウドネスレベルが違っているわけで。


ーー音圧を高めにしていると、勝手に音量を下げられてしまう。


佐藤:そうです。そういうのを自分で色々試したいと思ったのがきっかけです。スケジュールや予算をあまり気にせず、検証したいなと。それこそ音源を「非公開」でアップロードしてみて、音を聴いて、ちょっと直して、もう一回アップロードして聴いてみて、ということもどんどん出来るわけですしね。


ーーストリーミング向けにどうマスタリングしていくかというのは、世界中のエンジニアやアーティストが抱えている課題ですよね。


佐藤:今はiPhoneやスマホのスピーカー直での聴こえ方にも気を配る必要がありますしね。海外の大御所エンジニアなんかも、CD用と各ストリーミングサービス用だけじゃなく、Instagram用に低音を切ってマスタリングしているみたいですしね。ただ、そうやってフォーマットを増やすとその分予算もかかってしまうので、アーティスト自身はもちろんですが、これからはレーベル側も、その重要性を認識してどこまできちんと予算とリソースを割けるかが大事になってくると思っています。


ーーハイレゾはまた、全然ミックス・マスタリングのやり方が違いますよね。


佐藤:求められている音が全然違いますね。ハイレゾの方が音がいいと思っている方が多いんですけど、そういう話ではないんです。ハイレゾってただのフォーマットなので、それよりも音楽的なバランスの方が重要なわけなので。ハイレゾだと入れ物が大きいから、より情報量を多く入れられますよってことなので、そのメリットを活かせるようなバランスで仕上げる必要がありますね。


ーー上も下も出過ぎちゃう、みたいなこともあるわけですし。


佐藤:曲によっては44.1kHzや48kHzのほうがむしろ音楽的に合っている場合も多々あったり、解像度が高いことが、必ずしもプラスになるわけではないから難しいですよね。


ーーそうすることで、曲の良さがある意味、分解されてしまう可能性もあるという。


佐藤:そこも含めて、色々試してみたいですね。でも、今のレコーディングは24bit/48kHz、32bit/48kHzがスタンダードで。ハイレゾが流行り出したときに96kHzで録るブームが来たんですけど、しばらくして多くのエンジニアさんたちもスタジオも48kHzメインに戻りましたね。96kHzで作業するとマシンパワーも容量も食うので、作業がスムーズに進められないことが多いんですよ。そうやって高スペックなフォーマットに縛られて、クリエイティビティが阻害されてしまっては本末転倒ですから。それはあまり健全とは言えないじゃないですか。これからPCの性能がもっと飛躍的に上がれば、96kHzで録るハードルは下がるんでしょうけど。48kHzで作ってもハイレゾ用のマスタリングの段階で、アップコンバートして作業するだけでも、プラグインの解像度は上がるし、その状態で作業するというだけでも意味はあると思います。それにクロックが96kHzになるだけでも、その時点でやっぱり96の音の質感に変わりますからね。もちろん、CD用のマスターデータをただ単にアップコンバートしただけみたいなものは論外ですけど。


ーー2020年の今の視聴環境を考えた上で、音作りの段階から意識している部分はありますか?


佐藤:マスタリング的なこともですが、ライブのことも考えて、音数は少ない方が絶対いいだろうなとだんだん思うようになりました。音数が少ない方が一音一音を大きく出来るし、どんな環境でもわかりやすく音が聴こえるますよね。それにライブで大きい会場になると細かい音って結局よくわからなくなっちゃうじゃないですか。そんなふうにワールドツアーをやるような海外アーティストが志向しているような音を意識しつつも……、でもそれはそれとして、作曲編曲の段階では自分が気持ちいいと思うように曲作りをしていますね。マスタリングや音質の話を沢山しましたけど、大事なのは音質よりも音楽ですから。


ーー視聴環境といえば、今回の「星をあつめて」は『劇場版 SHIROBAKO』の主題歌なわけですが、劇場で鳴る音とテレビ主題歌として作る音も、作り方が全然違いますよね。


佐藤:劇場映えする曲にしたくて、ストリングスとブラスがたっぷり入ったリッチな感じは意識しました。とはいえ、音数は多すぎないようにして、それぞれの楽器のアンサンブルやフレーズでどんどん展開していくことを考えて作りました。


ーーそれぞれが効果的に鳴っている感じはしました。個人的に一番好きなのはイントロとサビの2段目のフレーズで。ストリングスの駆け上がりがtowanaさんのハイトーンなボーカルと絡み合っていくところが素晴らしいですね。


佐藤:ありがとうございます。「星をあつめて」のストリングスはだいぶ攻めていて。好きだと言ってもらったトップの音がかなり高いんですけど、真部裕さんのストリングスチームが、彼らじゃなきゃ出せないような気持ち良さで弾いてくれました。


ーー気持ちよく上に連れて行ってくれるストリングスだなと思いました。そしてビートルズ感のあるイントロからマーチングっぽく始まって、どんどんシャッフルになっていく展開も面白くて。


佐藤:最初に水島努監督と打ち合わせをした時は、「劇場版『SHIROBAKO』は結構シリアスな展開だけど、いろいろあって、最後に流れてほっとするようなゆっくりした曲がいい」と言っていて。ただ、かといってバラードじゃないよなと思って、僕らの「いつかの、いくつかのきみとのせかい」という曲をその場で聴いてもらったら「ああ、これぐらいでもいいですね」というふうになって。そこである程度のBPMやリズムが決まっていきました。でも「星をあつめて」みたいなシャッフルのリズムの歌ものポップスって意外と少なくて、シャッフル曲だとだいたい『ラ・ラ・ランド』みたいな感じ(Another Day of Sun)の方向になっちゃうので、編曲するときに参考に出来る曲が全然なくて苦労しました。


・佐藤が“万策尽き”かけた「星をあつめて」制作秘話


ーー今回はアニメの制作現場を舞台にした『SHIROBAKO』の曲ということで、一番ギリギリだった瞬間はどこでしたか?


佐藤:この曲は全てが大変でした(笑)。2月公開なのに、オファーが来たのは11月ですからね。しかも公開に間に合わせればいいわけではなく、エンディングの絵コンテ制作や予告編に間に合わせることを考えると、実質1ヶ月ぐらいしか制作期間がなくて、作曲の段階から“万策尽きて”ました。


ーー頭の中の本田さんが(笑)。


佐藤:曲によって最初からアレンジの完成系が見えているものと、見えてなくて手探りで見つけていくパターンがあって、今回は完全に後者でした。あと、ストリングスアレンジとブラスアレンジは本当にギリギリだったんです。昨年のツアー中にオファーをいただいたんですが、ツアーに加えて他の制作案件も重なっていて。弦菅のアレンジ作業ができたのが、レコーディング前の2日間だけだったんですよ。でも、2日目の夜中の段階でようやくストリングスアレンジが終わって。翌朝までにブラスアレンジを仕上げなければならなくて……。


ーーこの時点で「詰んだ」と思ってしまいました。


佐藤:ですよね。でも、レーベルのディレクターにLINEしたら「今、音楽作家事務所の人と飲んでて、やってくれそうな人がいるかもしれない」という話になり。ストリングスの譜面起こしをしながらブラスアレンジのやりとりをして、しかもその日は色々と重なってしまっていて、合間でDIALOGUE+さんに提供した「好きだよ、好き。」のライブ用譜面を作ったり、マジカル・パンチラインさんに提供した「マジカル・スーパーマーケット」のTDチェックをして……と全部同時並行で進めていました。そうやって譜面もギリギリに書き終えて、レコーディング30分前に譜面のデータをメールで送って、タクシーに乗り込んで、スタジオに着いた瞬間から録り始める、というなかなかスリリングな体験ができました(笑)。


(中村拓海)