2020年04月19日 08:01 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの影響で、在宅勤務が広がるなど、働く環境は激変を遂げようとしているが、4月からは、時間外労働の上限規制が中小企業にも適用され、「働き方改革」の影響がこれまで以上に強くなってきた。
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法規制によって社員の残業時間が減り、有給休暇も取りやすくなるのは歓迎すべきことだが、課長クラスの管理職に部下の残した仕事のしわ寄せが行く恐れもある。過重労働リスクにさらされかねない「課長さん」たちの身の処し方などについて、人事部での勤務経験もある神内伸浩弁護士に聞いた。(ライター・有馬知子)
ーー改正労働基準法が昨年4月の大企業に続いて今年4月、中小企業にも適用されることになりました。これによって時間外労働は、労使合意があったとしても原則として月45時間、年360時間に限られます。どのような影響が予想されますか。
「労使任せだった労働時間にようやく法規制が入ったことは、労働者の権利保護の点で一歩前進と言えます。
時間外労働は本来、一時しのぎの違法な残業であり、労使協定と割増賃金によって『特別な』場合にだけ許されています。しかし飲食・小売業などでは、最初から2時間の残業を前提に、10時間勤務のシフトを組む店も見られます。
残業が常態化するのは、人手不足のためです。規制をきっかけに、新規採用や組織の見直しなどに取り組む企業が増えると期待しています。しかし一方で、採用難などを言い訳にして、ずるずると残業させ続ける企業も出て来るでしょう」
ーー取り組む企業とそうでない企業を分けるのは何でしょうか。
「社長のキャラクターに依るところが大きいと思います。中小企業のトップは、社員の私語も許さないような締め付けの厳しい人から、快く有休を認める人までさまざまです。顧問弁護士を置かず、法改正などお構いなしという経営者や、平然と『うちの業界は(残業代を)払わないのが普通』と話す経営者もいます。
今回の法改正では、労働者に年5日の有給休暇を取らせることも、企業に義務付けられました。しかし、有休が労働者の権利という意識が薄く『休んでいるのに賃金だけ発生する』『有休を全て取られたら会社が回らない』と不満をもらす経営者も多いのです。
ーー残業代未払いなどの場合、労働者が訴え出れば企業は罰せられます。
「違法行為が明らかになれば、会社名が公表され、社長が罪に問われるケースもあります。しかし地方の中小企業では、経営者も従業員も地元に住んでいるため、労働者は地域で孤立するのを恐れて声を上げづらいという事情があります。残業代を支払ったら倒産しかねない企業も多く『失職するよりましだ』と泣き寝入りする労働者も多いようです」
ーー残業が抑制されて社員の業務量が減ると、管理職にしわ寄せが行くのではないでしょうか。
「そう思います。近年、男性社員の育休取得なども進みつつありますが、休んでいる社員の仕事をカバーしているのは多くの場合、上司や先輩です。顧問先企業に話を聞くと『自分でやる方が早くて確実』と、管理職自ら部下の代わりに現場に出てしまい、決裁など本来の仕事が滞ることもあるようです。
もし『管理監督者』扱いで、残業代が支給されない状況であれば、見返りも得られないまま、健康リスクだけが高まってしまう恐れがあります」
ーー「課長さん」に今、求められているのはどんな能力でしょうか。
「自分で仕事を抱え込むのではなく、部下の話を聴き、1人1人の事情を踏まえて仕事を割り振る力です。ただ多くの企業はこうした『ピープルマネジメント』の力を重視せず、社歴や年齢、成果に応じて昇進させているのが実態です。
ホームランバッターが名監督とは限らないのと同じで、トップセールスマンが必ずしも名経営者になる訳ではありません。技術者として非常に優秀でも、仕事を割り振るのが苦手で部下を育てられない人もいます。
こうした場合、トップセールスマンにピープルマネジメントの研修を受けさせる、コミュニケーション能力の高い社員と優秀な技術者を『2トップ』で配置するといった工夫が必要です」
ーー若手の中には、昇進を望まない人も増えているようです。
「若手社員の一部が『管理職は、給料に見合わない責任を負わされる』と考えるのも理解できます。彼らに『頑張れ』と発破を掛けても『ウザい上司』と思われ、会社を辞めてしまうだけでしょう。
昇進を望まない若者の生き方が許されるのは、ある意味で日本社会がセーフティネットを整備し、成熟してきた証とも言えます。企業では、昇進に対するモチベーションのある人だけが競えばいいのではないでしょうか」
ーー成長には、がむしゃらに仕事に打ち込む時期が必要だとの指摘もあります。
「確かに、給料分だけ仕事をして定時で帰る人に、成長はあまり期待できないかもしれません。今後、働き方改革によって仕事に割く時間が限られてくると、意欲の高さや理解の速さなどによる労働者間の能力格差も拡大するでしょう。
私自身、会社員時代はサービス残業や土日出勤が当たり前でした。がむしゃらに働いた経験は無駄ではありませんでしたが、今、顧問先の企業が同じことをしたら、弁護士として問題視せざるを得ません。
日本企業はこれまで、過重労働に目をつぶることで成長してきました。しかし電通の過労死事件のように、意欲の高い社員にも過労死は起こります。これ以上の犠牲を出さないために、長時間労働はいかなる場合でも許されるべきではないのです」
【取材協力弁護士】
神内 伸浩(かみうち・のぶひろ)弁護士
事業会社の人事部勤務を8年間弱経て、2007年弁護士登録。社会保険労務士の実績も併せ持つ。2014年7月神内法律事務所開設。第一東京弁護士会労働法制員会委員。著書として、『課長は労働法をこう使え!―――問題部下を管理し、理不尽な上司から身を守る 60の事例と対応法』(ダイヤモンド社)、『これ1冊でぜんぶわかる!労働時間制度と36協定』(労務行政)、『どうする?働き方改革法 労働時間・休日管理&同一労働同一賃金』(日本法令 共著)ほか多数。
事務所名:神内法律事務所
事務所URL:http://kamiuchi-law.com/