2020年04月18日 09:31 弁護士ドットコム
キッズスペースで遊ばせていたら、息子の靴がなくなったーー。子どもの母親が、インターネットの掲示板にこのような投稿をしています。
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投稿者は商業施設にあるキッズスペースに行き、靴箱に子どもの靴を入れました。靴箱は大きなものが3つあり、いずれもほぼ満杯だったそうです。しかし、予定があるため帰ろうとしたところ、子どもの靴はなくなっていました。
子どもが泣きそうになっているのを見て、投稿者は急遽予定をキャンセル。約20キロの子どもを抱きかかえてその場を離れ、気分転換のためにアイスを食べに行きました。
10分後、再びキッズスペースに戻ってきたところ、子どもの靴が戻っていたようです。投稿者は、靴を履き間違えた子どもや親だけではなく、商業施設の店員にも怒りがおさまらない様子です。
商業施設側に責任を追及することはできるのでしょうか。大橋賢也弁護士に聞きました。
ーー最終的に靴は戻ってきたものの、相談者は予定をキャンセルしなければならなくなったこと、約20キロの子どもを抱き抱えてアイスを食べに行かなければならなくなったことに対し、やり場のない怒りを感じているようです。これらに対する「精神的損害」を商業施設側に請求することはできるのでしょうか。
「結論からいえば、上記のような精神的損害を商業施設側に請求することは難しいでしょう。これらの損害は『特別の事情によって生じた損害』(民法416条2項)といえるかもしれませんが、商業施設が『その事情を予見すべきであった』とは言いがたいと思われます」
ーーもし子どもの靴が戻ってこなかった場合、親は靴がなくなったことによる損害(つまり、靴の時価)を商業施設側に請求することができるのでしょうか。
「通常、商業施設と客との間には契約関係はないものと思われます。そのため、客が商業施設に損害賠償請求する場合には、不法行為責任を規定した民法709条の『過失』を立証しなければなりません。
一般的に『過失』は『損害の発生は予見可能であり、それを回避すべき義務があったにもかかわらず、それを怠った』場合に認められます」
ーー今回の場合、商業施設に「過失」があったといえるのでしょうか。
「商業施設も過去の報告等から、靴の履き間違いが発生していることを認識することは可能だったと思われます。
そのため、商業施設が靴の履き間違いを防ぐために『注意書きを記した紙を貼るなどの措置を講じる義務』を負っていたと考えるならば、義務違反があった場合には『過失』を認定でき、商業施設側に損害賠償請求することが可能になるでしょう。
しかし、私はここまでの義務を商業施設側に負わせるべきではないと考えます。自分や子どもの靴を間違えることは少ないのではないでしょうか。そのため、たとえ靴が戻ってこなかったとしても、商業施設側に損害賠償請求をすることはできないと考えます」
ーー商業施設に、靴を保管するうえで善管注意義務(その者が属する職業などにおいて一般的に要求されるだけの注意義務)があったとはいえないのでしょうか。
「靴箱に靴を入れることが『寄託』(ある物の保管を委託すること)といえれば、商人である商業施設は善管注意義務違反として損害賠償責任を負うことも考えられます。
商法595条は 『商人がその営業の範囲内において寄託を受けた場合には、報酬を受けないときであっても、善良な管理者の注意をもって、寄託物を保管しなければならない』と規定しています。
この点、民法657条は『寄託は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる』と規定しています。
一般的に、商業施設の利用者が靴箱に靴を入れる際、靴の保管を商業施設に委託し、商業施設がこれを承諾しているとは考えないのではないでしょうか。このような慣行からすると、今回のケースでは商法595条の適用はないものと考えます」
【取材協力弁護士】
大橋 賢也(おおはし・けんや)弁護士
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。
事務所名:川崎エスト法律事務所
事務所URL:http://kawasakiest.com/