2020年04月18日 09:21 弁護士ドットコム
演説中の安倍晋三首相にヤジを飛ばしたら、警察に囲まれ、その場から排除されたーー。
【関連記事:お通し代「キャベツ1皿」3000円に驚き・・・お店に「説明義務」はないの?】
2019年7月の参院選期間中、札幌市で起きたできごとが、「言論封殺」などとして物議を醸している。事件は北海道警察を相手にした裁判にまで発展した。
この裁判の中で、道警は排除が適切であったことを示すため、ヤフーコメント(通称:ヤフコメ)を証拠として提出している。道警に好意的なコメントが多かったと言いたいようだ。
しかし、ヤフコメといえば、差別や誹謗中傷につながるコメントが多いことで知られている。ヤフーニュースも自覚しており、オウンドメディア「news HACK」で、不適切コメント対策を度々アピールしているくらいだ。
道警が提出したヤフコメの中には、「プロ市民か極左」と当事者を揶揄したものや、「(警察は)日本を韓国から守って」など、特定の国に敵意を抱いているようなものもある。
事件の全体像とあわせて、「北方ジャーナル」などで活躍するジャーナリスト・小笠原淳さんにレポートしてもらった。
札幌で進む裁判の報告集会が、乾いた笑いに包まれた。
「道警は、ヤフーコメントを証拠で出してきていまして…」
そう明かすのは、昨2019年12月に提起された国家賠償訴訟の原告代理人たち・通称「ヤジポイ弁護団」。
札幌市のNPO職員・大杉雅栄さん(32)が北海道警察に330万円の損害賠償を求めているその裁判には、今年の2月から同市の団体職員・絹田菜々さん(仮名・24)が原告に加わり、4月上旬までに2度の口頭弁論が設けられている。
弁護団が引いた「ヤフーコメント」は、被告の道警が3月下旬に札幌地方裁判所へ提出した書証に含まれていたものだ。
集会の日から、8カ月ほど遡る。
参院選期間中の昨年7月15日、与党系候補の応援演説で札幌を訪れていた安倍晋三総理大臣に複数の市民がヤジを放ち、あるいは否定的なプラカードを掲げ、演説の場から“排除”された。
道警の捜査員らに身体を拘束されるなどしたのは、先の大杉さんを含めて少なくとも9人。彼らの多くが現場の警察官に排除の理由や法的根拠を尋ねたが、明確に説明できた警察官は一人もいなかった。
JR札幌駅前で「安倍やめろ」とヤジを飛ばした大杉さんは、衣服や体を掴まれて10メートル以上も引きずられ、さらに別の場所で声を上げた際には首を絞められかけた。
「増税反対」と叫んだ絹田さんは両腕や腰を掴まれて演説から遠ざけられたのち、約1時間半にわたって2人の女性警察官につきまとわれた。
演説の現場では、多くの与党支持者が安倍首相に声援を送り、応援のプラカードも多数掲げられていた。道警がこれらを問題とせず、一方で年金問題に疑問を呈するプラカードや「やめろ」などのヤジを排除していたことから、ほどなく「表現の自由侵害」に抗議の声が上がり始める。
8月5日には北海道の鈴木直道知事が道警に早期の事実説明を要請したが、道警は「事実関係を確認中」などとして、以後およそ7カ月間にわたって説明を避け続けることになる。
この間、複数の政党や民間団体が道警に抗議を寄せ、また北海道弁護士会連合会と東京弁護士会がそれぞれ抗議声明と意見書を発表した。
昨年12月には大杉さんが道警を相手に国賠訴訟を起こし、併せて現場の警察官たちを特別公務員暴行陵虐などで刑事告訴するに到った。
一貫して「事実確認中」としていた道警が初めてその「事実」を説明したのは、国賠の弁論が続くさなかの今年2月26日だった。
問題発生以降4度目になる道議会答弁で、山岸直人本部長は「いずれも適法な職務執行だった」と報告、すべての排除行為について「法律に基づき必要と判断した措置を講じた」とし、表現の自由の侵害を否定した。
排除の根拠としては、警察官職務執行法を挙げている。ヤジをきっかけに「トラブル」や「小競り合い」が起こるおそれがあったため、警職法4条に基づいて大杉さんらを「避難」させ、同時に同5条に基づいて「制止」した、という理屈だ。
大杉さんの告訴を受理していた札幌地検はこの議会報告の前日、あたかも道警の答弁を補完するように「嫌疑なし」あるいは「罪とならず」との理由で警察官らの不起訴処分を決めている。
道警の「適法」主張は、当然ながら国賠訴訟でも同じように展開されることになった。そこで示されたのが、冒頭で触れた「ヤフーコメント」だ。
訴訟の第2回弁論を終えた4月3日夕、ヤジポイ弁護団の報告集会で、被告側準備書面の概要が明かされた。
道警は「警察官の行為に肯定的な意見が多数ある」ことを示すため、排除事件を報じる「ヤフーニュース」のコメントを証拠提出してきたという。
書証で示されたのは、2件のニュースに書き込まれた匿名投稿およそ80件。その羅列がなにゆえ「適法」の根拠となるのかはここでは問わず、道警に「肯定的な意見」と思われるいくつかを採録しておく。
法的な誤りは措くとして、以上のような「意見」は言論の自由の許容範囲内かもしれない。だが中には、原告個人への人格攻撃に近いコメントもある。繰り返すが、警察が提出した証拠の中に、だ。
さらには、およそヤジ排除問題とは無関係な書き込みも。
しつこいようだが、これらの匿名投稿が警察官の「適法な職務執行」の証拠として、裁判所に提出されているのだ。
道警はこれに加え、大杉さんのnoteも証拠提出、当事者の1人が《もし後ろから頭を横に殴られたら…》と排除当時の恐怖を証言した部分を引き、現場では危険が切迫し急を要する事態だったと主張している。これをもって警職法4条の「避難」が正当化できるというわけだ。
一方、同5条の「制止」を大杉さんらのみに適用し、周囲の聴衆には何の警察措置も講じなかったことについては「多数の聴衆を移動させることは困難」と説明している。
一読、合理的な判断と受け取れなくもないが、それは飽くまで「制止」が必要な場合に限った話。道警は原告の大杉さんが周囲の聴衆と「小競り合い」を起こすおそれがあったとするが、大杉さん自身は「声を上げた直後に(警察官に)引っ張られ、小競り合いが起こる余地などなかった」と主張しており、それを裏づける映像も複数残っている。
原告の大杉さんが報告集会で苦笑を漏らしたのは、先のヤフーコメントのみではない。とりわけ意表を突かれたのは「ウルトラマンの件」だ。
安倍首相の選挙カーに向かってヤジを飛ばす大杉さんに対し、現場の警察官は以下のような行為に及ぶおそれを抱いたのだという。
大杉さんはこれを「極めて高度なギャグセンス」と評価し、次のような感想を述べた。
「一番面白かったのが『光線を照射する』。光線って、ビームですよね。ウルトラマン的な。そういう荒唐無稽な説明を出してきて、ほんとに警察っていうのは人の税金を使って何やってるんだか」
この集会の3週間ほど前に招集された地元議会での道警本部長答弁によると、北海道で警職法4条が適用されたケースは、ヤジ排除を除くと過去2年間でわずか2件。いずれも「クマの駆除」に伴う猟銃の発砲許可で、ウルトラマンの光線への適用例は確認できていない。
2人目の原告に名乗りを上げた絹田さんは、こうした道警の「荒唐無稽な説明」に「失望した」と溜め息を漏らす。
「警察があきらかに嘘を、事実でないことを言ってるんですね。その不誠実な対応によって、誠実に対応しているほうがめちゃくちゃ遠回りさせられ、すごい苦労をさせられる。でもそれをしないと、不誠実なほうが勝ってしまう」
絹田さんはこの日、被害者の1人として現場の警察官を札幌地検に刑事告訴した。
2月末に不起訴処分が決まった告訴事件については、告訴人の大杉さんがこれを不服として札幌地裁に「付審判請求」の手続きを行い、併せて札幌検察審査会に審査を申し立てた。
道警によるヤジ排除問題は現在、国賠訴訟、刑事告訴、付審判請求、及び検審申立の4つの手段でその是非を問われていることになる。
ヤジポイ弁護団の団長を務める前札幌市長の上田文雄弁護士(札幌弁護士会)は、排除を「適法」とする具体的な根拠が現時点で何も示されていないことを指摘し、道警の姿勢を改めて批判している。
「道警の主張は『表現の自由』の問題を回避し、警職法4条・5条を適用したという“事実”のみを述べている。
いや、そうじゃないでしょうと。実力行使を認められている組織が国民の権利を侵害する可能性があるからこそ、警職法では厳格な要件を定めているんです。
それを拡張解釈し、あるいは類推解釈することで国民の権利、民主主義が揺らいではならない。ここを追及していかなければならないと思います」
国賠訴訟の次回弁論は6月15日午後、札幌地裁で開かれる。