トップへ

マネジメントにノルマや罰金は必要ない? 異色のキャバクラ漫画『ヒマチの嬢王』に学ぶ、信頼関係の築き方

2020年04月17日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ヒマチの嬢王 1巻』 茅原クレセ 著

 キャバ嬢という言葉からイメージされるのは、どのようなものだろうか。これまでに漫画やドラマで描かれてきたキャバクラは、華やかな夜の世界で、ドロドロとした人間関係が渦巻く女の世界が描かれることが多かった。その中で漫画アプリ『マンガワン』で連載が始まるなり人気を獲得した『ヒマチの嬢王』は異彩を放っている。現在、5巻まで刊行されているこの作品はキャバクラが舞台ではあるが、マネジメントや効果的な指導方法のヒントもふんだんに盛り込まれている。主人公・一条アヤネと、アヤネの周囲の人物の成長を描いた物語なのだ。


関連:『ランウェイで笑って』長谷川心こそ“努力の人”だーーモデルからデザイナーへ、覚悟の転身に迫る


■都落ちした女性が再び輝くとき


 アヤネは、歌舞伎町で超人気キャバ嬢として働いていた過去がある。しかしアヤネは、故郷である鳥取県米子市に帰り、うだつが上がらない生活を送っていた。見かねた母親の経営するスナックを手伝い、なりゆきで学生時代の同級生・ジュンが経営するキャバクラの店長を務めることになる。キャバ嬢時代に磨いたスキルは健在だ。客の身なりやクセから、どれほど派手に遊べるのか、どのような女の子が好みかを即座に見抜く。相手が何を求めているかを悟り、応じ続けることで、クラブ・バードレディを鳥取県の夜の街・朝日町の中でも一番の人気店へと成長させた。


 アヤネのモットーは、「誠実」であることだ。語気が強く、一見、強い女という印象を与えるアヤネ。たった一日の営業で、常時のひと月分の売り上げを叩き出すほどの実力の持ち主だ。だが、ほかのキャバ嬢に無理を強いることはない。お客さんは楽しいと感じたらまた来店するという考え方を基本に、客を楽しませる側であるキャバ嬢にも最大限のやりがいを感じさせている。まずアヤネが取り組んだのは、ノルマや罰金の撤廃だ。


 多くのキャバクラでは、指名や同伴出勤の数がノルマに満たなかった場合や、当日欠勤をしたときに、ペナルティとして罰金を給料から天引きするという給料形態をとっている。ペナルティを恐れさせることで、営業成績をあげるよう努力させ、当日欠勤や遅刻をさせないようにするためのルールである。しかしアヤネは、頑張れば頑張っただけの成果を実感できる方式のほうが、従業員の意識を高められるのだと指摘。ペナルティを撤廃した上で、努力が目に見えたキャバ嬢を褒めて給料を増すことで、ますます彼女たちのやる気が高まる、という好循環を生みだした。肯定されればされるほど、人は大きく成長できる。他人に何かを指導する際に、心に留めてきたい学びである。


■疑似恋愛ではなく人間同士の関係の構築


 さらに、アヤネの誠実さは客に対しても遺憾なく発揮される。キャバクラで遊ぶ場合は、決して安くはない金を支払う必要がある。それでも、非日常の空間で、親しくなったキャバ嬢と一緒に飲むというエンターテインメントを求めて、客はキャバクラに通うのである。歌舞伎町のクラブに勤めていた時から、アヤネの姿勢は変わっていない。日常で溜まったストレスを晴らすために、いやがらせとも取れる態度を取っていた客にまっすぐに向き合い続けることで、自身のファンに変えたアヤネ。疑似的な恋愛関係を与えるのではなく、人間同士の誠実な関係を築いたために、他のキャバ嬢に追随を許さない伝説のキャバ嬢へと上り詰めたのだ。さらにはキャバクラを、風紀を乱す存在として営業をやめさせようとしていた市役所の役人にも、実際に接客を見せることで考えを改めさせた。どんな相手にも、正面から向き合えば誠意が返ってくるはずだということを、アヤネは教えてくれるのだ。


 特に部下を抱える立場の人間にとってアヤネの行動は、強固な信頼関係を築く参考になるはずだ。そして人生は、うまくいくことばかりではないのが常だ。そんな時には、アヤネならどう言うか、そしてどのように行動するのかと思い浮かべることで、自分にとって「誠実」な道を見出せるに違いない。


■誉田優
フリーライター・記者。ドラえもんと共に育った生粋の漫画好き。