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デジタル先進国・フィンランドは新型コロナにどう対応? 現地ライターが政府・企業・個人の動きをルポ

2020年04月16日 15:31  リアルサウンド

リアルサウンド

Pexelsより

 世界中で今も広がり続ける、新型コロナウイルスことCOVID-19。自らの身を守るため、そしてウイルスを広めないため、外出制限や自己隔離が多くの地域で実施されている。そうは言っても、職場に赴いて働かずに、どうやって生きていくことができるだろうか?


(参考:アメリカ、新型コロナ対策でAmazonら大手企業に課税検討か 低所得層の救済目的で


 この記事では筆者が住む北欧・フィンランドで、テレワークから非接触業務への切り替えまで、どのように企業が対応しているのかを記したい。


・フィンランドにやってきた新型コロナウイルス
 フィンランドでは2月末の冬休みが終わると共に、北イタリアから戻ってきた旅行者を起点にし、新型コロナウイルスが3月上旬から徐々に広がり始めた。感染の疑いのある人だけでなく、感染者も病院ではなく自宅で自己隔離を行うよう指示されていた(状態が悪化した場合は別だが)。


 フィンランド国立労働衛生局TTLは3月13日、労働環境での新型コロナウイルス感染を防ぐためのガイドラインを発表。ここでは可能な限りテレワークを行うことが推薦されていた。週明けの16日には非常事態宣言が発令され、18日から国内の学校が閉鎖されることが宣言された。国立健康福祉研究所THLは3月24日に外出自粛ガイドラインを発表。首都ヘルシンキでの感染者が多いことから、3月27日より首都圏を含むウーシマー県が閉鎖(とは言っても仕事での首都圏外~圏内移動や、「親の死に目に会いたい」などでの移動は可能だし、共有親権の場合、未成年の子供が親に会いに行く権利もある)、レストランやバーも閉鎖(後述するが完全に閉鎖というわけではない)。


・1990年代から徐々に浸透するテレワーク
 一度社内で感染者が出てしまえば、業務に支障が出る。他の社員に感染する可能性も高いし、これが接客業であれば客にも広めてしまう可能性があるだろう。これは社内の労働力が減少する状況のリスクであると共に、顧客と、社外への信頼を失うリスクでもある。そしてこれらのリスクは社の利益を危うくする。わざわざこのリスクを冒したいと思う会社はそうそうないだろう。


 そのような合理的な考えに国立労働衛生局からのガイドラインが拍車をかけたのか、早くも週末のガイドライン発表明けから、テレワークの徹底を図り始めた企業も少なくない。国営放送YLEによれば、現在までにフィンランド人口550万人のうち100万人ほどがテレワークをしているとされる。


 とは言え、急にテレワークを推薦されても、準備ができていないとそれは難しい。幸いなことにフィンランドでは、インターネットやデジタルデバイスが広まった1990年代以降、徐々にテレワークが増加。今回の事態にも対応しうる状況が作りあげられていた。


 YLEによれば、1990年には雇用主からの許可の元でITを活用して自宅から業務の一部を行うのはフィンランドの賃金労働者のうち、わずか2%だったが、2008年には10%に増加。現在では賃金労働者の3人に1人は部分的に何らかのテレワークをしており、上級管理職では約60%にのぼるという。


 テレワークの肝にあるのは“デジタル化”の進み具合だろう。業務内容の物理的な制約が少なければ少ないほどデジタル化がしやすく、業務を遠隔化できる割合も大きくなる。社風としても、物理性に固執しない場合はよりやりやすい。


 フィンランドの会社を一絡げにして語るのは難しいが、業務の面から言えば、書類作成やメール対応など、パソコンがあれば働く場所を問わない業種では、平常時でも週一日ほどテレワークを許可するところなども見られる。「電話をかける」といった行為も(それ自体が遠隔業務的だが)、オフィスに行かずウェブアプリを介することで会社のシステムから顧客に電話をかけることができる。契約書などの署名ならDocuSign(ドキュサイン)の電子署名で行うこともできるし、社内コミュニケーションにはSlackを、面接や社内外とのミーティングだって以前からGoogle ハングアウト/Google MeetやMicrosoft Teams、Zoom、(隣国エストニアで生まれた)Skypeなどを活用しているところもある。


・“テレワーク化しやすい前提条件”整っていたフィンランド
 業務内容のデジタル化はテレワークに不可欠だが、フィンランドでは顧客に提供される各種サービスも様々なものがデジタル化され、一般に周知活用されてきている。中には日本でもすでに広く活用されているものもあるかもしれないが、以下に例を挙げよう。


 フィンランドでは以前よりスマホやパソコンなどを利用して、銀行のネットサービスの個人認証を活用した、個人認証が必要な公的・民間のサービスへのログインが可能となっている。これにより税金申告はもちろんのこと、病院の予約確認やカルテの確認、担当医とのメッセージのやりとり、電気・携帯・保険の契約などができる。


 航空券、映画チケット、公共交通機関のチケットなども電子化されていれば、図書館でも電子書籍の貸し出しサービスがある。ストリーミングサービスもテレビ放送局各社が活用しているほか、音楽、オーディオブック、更にはカラオケまでストリーミングで提供されている。医療機関でも症例の深刻度が低ければ医師による電話での遠隔診療が一部自治体では行われている。首都圏のスーパーなどには無人レジも少なくない(客が困ったときに対応するため、最小限の店員は配置されている)。


 なお、フィンランドはEU加盟国デジタル化の度合いを示す2019年デジタル経済・社会インデックス(DESI、Digital Economy and Society Index)で1位になっていることも指摘しておくべきかもしれない(このインデックスの詳細に関しては富士通総研が詳しく日本語で記している)。


 このように業務のみならず、サービスも様々にデジタル化が進んでいる“テレワーク化しやすい前提条件”がフィンランドに存在するというのは、理解いただけただろうか。


・デジタル化が不可能な業界は感染に立ち向かえるか
 業務内容やサービス内容の物理的な制約が少なければ少ないほどデジタル化がしやすいーーそれは裏を返せば、業務内容やサービス内容にデジタル化できない物理性があればテレワークは難しくなるということであり、これは同時に、今回のようなパンデミックの状況下での業務の遂行は、感染症へのリスクを高くすることに繋がる。


 “物理性”は、いくらデジタル経済・社会インデックスで1位の国でも、避けることのできない制約だ。実店舗での販売、人や物の運輸、建設、飲食、医療機関など、物理性が高ければ高いほど今回のようなパンデミックが与える影響は大きくなる。物理的に治療に当たる医療スタッフがテレワークをすることは無理だし、生きるのに不可欠な食料品を扱うスーパーマーケットなどでも、店員達は働かざるを得ない。


 旅行業界は真っ先に影響を受けた業界だろう。各国政府による出入国規制実施より前から打撃を受けており、パンデミックが収まるまではどうすることもできなさそうだ。個人事業者による小規模ビジネスも大打撃を受けている。音楽、演劇などの文化芸術分野は人が集まることが禁止された影響で苦しんでいるのはもちろんだが、中でも公演毎に給料が払われるフリーランス労働者が業界に多く、彼らへのダメージは更に大きい。フィンランドの建設業界では、建設に必要な資材が海外から届かない可能性、海外から労働者を雇い入れるのが難しくなるといったことから、今後竣工予定が延期されることが予想されている。


 すでに経営が上手くいっていなかった大手デパート『Stockmann』などは、新型コロナウイルス状況下で実店舗を訪れる顧客が低下し、年に一度の特大セールをネットセールに限定せざるを得なくなった。しかしこれが上手くいかず、企業再編申請をするに至っている。


 今年1月から2月にかけて、フィンランドでの会社の倒産件数は前年に比べ20.8%増加しており、新型コロナウイルスの影響でこの数はより増える見通しだ。政府が5月末まで閉鎖を命じたレストランやカフェやバー業界では、現在の閉鎖予定が終了するまでに最大半数が返済不能に陥ると見られている。


 フィンランド政府もただこの状況を傍観しているわけではなく、総額150億ユーロの経済対策を打ち出している(これは記事執筆時4月10日レートで約17.8兆円にあたる)。これまで自営業者は会社を廃業しないと失業手当を貰えない状況であったが、国民年金保険局KELAは一時的にこれを変更し、新型コロナウイルスの影響で収入が1089.67ユーロ以下になった自営業者も、会社をたたむことなく失業手当が受給できるようにした。個人事業者は加えて、経費支払い用に地方自治体から支払われる2000ユーロの手当を申し込むことができる。5人以下を雇用する会社には経済開発交通環境センター『ELY-keskus』から、それ以上雇う企業には『Business Finland』からも支援がある。


・3月後半時点では、約10万人がレイオフ(一時解雇)
 デジタル化が困難な業界も、ただただ政府の助けを待つわけではなく、生き残りをかけこの状況に適応しようと努力している。


 営業時間の縮小、レイオフ(一時解雇)での人件費の削減、といったダウンサイジングを行うことで会社の延命を図ろうという企業も多く、3月後半時点でフィンランド全国で約10万人にレイオフが告げられた。日本でも人気のMarimekko(マリメッコ)やFiskars(フィスカルス)も、フィンランドの店舗を現在閉鎖している。スーパーマーケット、レストラン、ホテル、銀行まで展開するS-ryhmä(フィンランドの2大小売りチェーンの片割れ)は、ヘルシンキ市内のレストランを自ら閉鎖し、そこで働いていた人員を同チェーンのヘルシンキの食料品店での業務に就かせた。


 カフェや小規模小売店などの個人経営の小規模ビジネスにも大きな影響が出ているが、インターネット上では「#supportyourlocal」というハッシュタグと共に、地元の小規模事業への応援を求めるキャンペーンが行われたりしていた。また、美容院、マッサージ、レストランなどでは、パンデミック収束後に利用できるギフトカードの販売を通じて、経営が難しい現状を顧客に支援してもらおうとしている。


 なお、パンデミックを受けてオンラインでの小売業などは賑わっているようでもある(そのため宅配業者はいつになく忙しい。以前より行われていた食料品のネット注文配達サービスは新型コロナウイルスの影響を受けて2,3倍に膨れ上がった。私の家族も時折利用しており、新型コロナウイルス以前は数日で届いたのだが、しばらく前までは配達まで2週間掛かる状況であった)。


 そんなこともあり、これまでオフラインでのみサービスを提供していた企業は、オンラインでもサービスを提供できるようにしたいと考えているようで、オンラインへの移行する手助けをするサービスYourDigiGuideなどには多くの自営業者から連絡が来ているという。


 観客ありきで成り立つ分野も、指をくわえて見ているだけではない。3月12日に政府が500人以上の集まりを禁じて以降スポーツイベントやコンサート、パフォーマンスのキャンセルは相次いだが、中にはチケットの売り上げは諦めたものの、放送権の利益だけでも得るためか、無観客で興行を行うスポーツイベントもあった。


 ラハティ交響楽団は、62名の楽団メンバー各自が自宅から楽器を演奏し、シベリウスの『フィンランディア』を演奏する様子をYouTubeにアップしたり、国立オペラ・バレエ劇場はオンラインで演目が視聴できるようにしている。なお、オペラ・バレエ・演劇に関しては、フィンランドでは以前から映画館にて生配信が行われているという点も伝えておくべきだろうが、ラハティ交響楽団と国立オペラ・バレエ劇場の例は、本来ならば生で観客の前で演じていたべきものが、その代わりにデジタル化され配信されるので、厳密には純粋なテレワークではなく、提供されるサービスがその形を(変な言い方であることを承知で言えば「生きたパフォーマンス」から「死んだパフォーマンス」へと)形態変化させた状態であるとも考えることができるだろう。


・業務の非接触化という「テレ・ワーク」
 物理性が不可欠な業界にも、テレワークとまではいかないまでも、業務上で人が接触する機会を減らすことで部分的に「テレ・ワーク」対応できる部分もある。「テレワーク/Telework」の「Tele-」は距離をもってなにかがなされるときに使われる接頭辞(例:Telephone、Television、Teleport)なので、以下の例は一般的にテレワークと行ったときと比べて距離が近くはあるが、物理的な距離を置くことで非接触化されたこれらをテレ・ワークと呼んでもあながち間違った用法ではないはずだ。


 例えば、宅配業者の中には受け取り署名を省略し、普段より遠い位置から手を伸ばして客に荷物を手渡すなどの工夫も見られたし、郵便局でも署名は省略し郵便局員が代理署名を行うようになり、身分証の掲示の際に手渡しをしない(以前は職員に身分証を手渡していた)ようになった。花屋でも、欲しい花をドアの外から選んでもらうようにしているところもある。スーパーでも店員との接触がより少ない自動レジが活用されているのはもちろんだが、通常のレジではアクリル板をレジの前に備え付け、顧客との間で飛沫が直接かからないような工夫が見られる。


 ヘルシンキ地域交通局HSLは、人の濃厚接触を避けるため、バス運転手からの乗車券の販売を中止した。このため乗車券はHSLのスマホアプリもしくはキオスクから購入しなくてはならなくなったが、いきなり車内販売が中止されたのでチケットを購入できない人も居たし、運転手の中にはチケットが車内購入できず困る人を支払い無しで乗車させる者もいた。対応を急ぐため、業務の変化が急すぎ上手く対応しきれていなかったとも言えるだろう。


 レストラン業は国に閉鎖を命じられているが、これは人の集団濃厚接触が起こりやすい店舗内での飲食部分の話であり、持ち帰りや宅配は今も続けられている。そして、これまで持ち帰り・宅配サービスをしてこなかったレストランが、それらを始めたのは面白い点だ。


 フィンランドのレストラン料理宅配サービスアプリWoltも「非接触宅配」を始めた。アプリ内で料理の注文から支払いまでが行われ、通常は配達員が注文者に料理を手渡すのだが、新型コロナウイルスが流行しだしてから注文の際に「非接触宅配」(non-contact-deliveries)オプションが選択できるようになった。これをオンにすると、配達員は玄関の前に料理を置いてくれる(配達完了通知はアプリで来る)ので、誰とも接触せずに料理が注文できるのだ。


 これらは、従来業務のデジタル化ではなく、「物理的な接触をいかに避けるか」、という点を通じてウイルス感染のリスクを軽減し、また顧客にも安心感を持ってサービスを利用してもらうための工夫だろう。


・実際にテレワークをする人の声
 現在のフィンランドでは、様々な業種の企業が新型コロナウイルスに立ち向かおうとしている。今回の記事を通して、その姿がおぼろげにでも見えてきたのであれば幸いだ。


 次回記事では、テレワークに関してヘルシンキ市で都市環境課に務めるスタッフがインタビューに答えてくれたので、実際のテレワーク活用現場の声を聞いてみよう。


(Yu Ando)