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三菱電機子会社の男性、逆転で労災認定 判断を分けた「うつ病寛解」の解釈

2020年04月16日 10:11  弁護士ドットコム

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三菱電機の子会社で働いていた40代男性がうつ病を発症したのは、長時間労働が原因だとして、国の労働保険審査会が労働基準監督署の判断を覆し、労災と認定した。決定は3月18日付。 


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判断の分かれ目は、男性が復職後から二度目の休職までの間、通常勤務が可能でうつ病の症状が安定した状態だったといえるか(寛解していたか)どうかだった。



労災保険では、完治しなくても、症状が安定して治療を続けても改善しない場合、「治癒(症状固定)」にあたると考えられ、労災保険が支払われない。「寛解」の診断は、労災の認定基準で「治癒」の状態にあると考えられている。



労基署は「うつ病は長時間労働によるもの」と認めながら、一度復職した男性について「寛解していた」と判断し労災と認めなかったが、国の審査会でひっくり返った。



代理人の笠置裕亮弁護士は「労基署は寛解の判断を安易におこない、労災保険金を支給しないという傾向にあった。精神疾患により長期で療養している人に、大きな影響のある裁決だ」と意義を語った。



●2006年にうつ病発症、14年から再び悪化

労働保険審査会の裁決書などによると、男性は1998年、三菱電機の子会社「三菱スペース・ソフトウエア」(東京都港区)にSEとして入社。入社後すぐに三菱電機と請負契約を結び、同社の鎌倉製作所で防衛関連機器システムの開発や設計などの業務をしていた。



2005年11月頃からは相模原市内の三菱重工の事業所に出張し、戦車の制御器開発を担当した。仕様変更の業務のほか、人員削減も重なり、業務量が増加。11月の残業時間は約152時間にのぼった。2006年6月にはうつ病の診断を受け、11月下旬まで欠勤した。



その後、2週間に一度通院しながら働いていたが、2014年7月から再び欠勤。休職したのち、2016年4月に退職した。



男性は治療費などが支給される療養補償と休業補償を求め、2016年4月と18年1月にそれぞれ労災申請をした。



しかし、2010年~11年の診療記録に「sleep good」、「仕事もOK」など書かれていたことなどから、「2010年夏ごろまでには寛解状態していた」、「時効により2016年1月16日以前は消滅している」と不支給とされ、その後審査請求も棄却された。



●「労災の認定基準の運用が大きく変わる」

裁決書では、現在の認定基準における「寛解」の要件について、「治療により安定した状態を示すという要件は、単に安定しているだけでなく、相当程度軽減している状態で安定していたことを要する」との解釈が示された。



2010年当時や今の主治医が、男性の症状に波があり寛解を否定しており、2010年夏ごろの症状について医学的所見の裏付けがあったとは認められないとして、労災認定した。



笠置弁護士は「男性は週5フルタイムで職場復帰しましたが、単純作業を担当していて、寛解と言える状態ではありませんでした。今後労基署は、相当程度軽減している状態で安定しているのか、しっかり調査をしないといけない。労災の認定基準の運用が大きく変わるきっかけとなる」と話す。



労災申請には、時間の問題もある。審査期間に少なくとも半年かかるため労災申請を諦めた人や、自宅療養中に2年の時効を迎えたという人がいるという。笠置弁護士は「残業代請求の時効は当面3年となったが、労災の時効についても再検討すべきだ」と指摘した。



三菱スペース・ソフトウエアは「事実が確認できておらず、コメントできない」。三菱電機は広報部が在宅勤務で回答が得られなかった。