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マツダの新ガソリンエンジン「SKYACTIV-X」の魅力と課題

2020年04月13日 11:32  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
クルマの内燃機関を進化させることにこだわり続けてきたマツダが、独自の燃焼方法を盛り込んで開発した新たなガソリンエンジン「SKYACTIV-X」。マツダのほかのエンジン車に比べ少し高くつく新型エンジンだが、その魅力と課題とは。「MAZDA3」(マツダ3)に乗って考えた。

○エンジンの可能性を追求するマツダらしい新エンジン

新エンジン「SKYACTIV-X」は、マツダが独自技術「SKYACTIVテクノロジー」で生み出したガソリンエンジン「SKYACTIV-G」とクリーンディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」に続く第3のエンジンとして誕生した。このエンジンもガソリンエンジンの1種だが、通常のガソリンエンジンとは燃焼方法が異なる。昨今、マツダはガソリンエンジンとディーゼルエンジンの両方に力を入れているが、その経験をいかし、双方の「いいとこ取り」を狙ったものなのだ。

そもそもガソリンとディーゼル(軽油)は、燃料の燃焼特性が異なるため、燃焼方法も異なる。エンジン内部で圧縮された混合気(燃料と空気を混ぜたもの)を引火しやすいガソリンは、スパークプラグによる引火で爆発させる。一方、引火はしにくいが発火しやすい軽油の場合は、混合気を圧縮することで、自己着火により爆発させる。

ディーゼルエンジンの燃焼方法だと、空気に対して燃料が少なくて済み、さらには圧縮された混合気が多数点で着火するので、得られるパワーも大きくなる。簡単にいえば、「SKYACTIV-X」は、このディーゼルエンジンのメリットをガソリンエンジンに取り入れることにより、少ない燃料で、より効率的な燃焼を行うことを可能にしたエンジンなのだ。

こうした手法は以前から考えられていたものだが、高度な燃焼制御が求められるため、実用化されたことがなかった。しかしながら、マツダは新技術「SPCCI」(火花点火制御圧縮着火)の開発に成功。つまり、エンジンの状態に合わせて、燃焼方法を変化させる制御を実現させたのだ。これを市販化したことは画期的な出来事だった。

○新エンジンが備える2つの武器

SKYACTIV-Xエンジンは2つの武器を備えている。マイルドハイブリッドシステム「M hybrid」(エム ハイブリッド)と過給機のスーパーチャージャーだ。

1つ目の武器である「M Hybrid」は、発電機とエンジンスターターを一体化させた「ISG」(ベルト式インテグレート・スターター・ジェネレーター)によるエネルギー回生とモーターアシストを行う。回生による発電で得られた電力は、小型のリチウムイオン電池に充電。それを車載の電装品に供給することで、エンジンによる発電を減らし、エネルギー効率を高めるのが狙いだ。

マイルドハイブリッドなのでモーター走行はできないが、ISGで駆動をアシストすることにより、エンジンの負荷を低減する。また、ISGによるアイドリングストップからのスムーズなエンジン始動は、快適性を高めることにも役立つ。

もう1つの武器であるスーパーチャージャーは、性能向上の役割を持つ。過給を行うことで、力強い加速や伸びやかなエンジン回転をもたらすものだが、単に性能を高めるだけでなく、エンジン効率を向上させる役割も担うようだ。

SKYACTIV-Xエンジン搭載車の燃料はハイオク指定となるが、もちろん、レギュラーも使用できる。もし誤ってレギュラーを給油し、ハイオクとレギュラーがタンク内で混ざってしまっても、しっかりとしたエンジン制御が入るので、問題が起こることはない。ただ、ユーザーメリットを考えるとハイオクを給油するのがおススメだ。もしレギュラー仕様で発売していたら、現在のエンジンスペックよりも性能は低くなっていたという。レギュラーが一般的な日本で、あえてハイオク指定としている理由はそこにある。
○乗れば分かる走りの良さ

新エンジンのSKYACTIV-X搭載車といっても、運転方法が異なるわけではない。まずは運転席に収まり、エンジンを始動させる。試乗車はMAZDA3のファストバックで、グレードは「X Lパッケージ」(6速AT・4WD)だ。

運転席周りの景色もほかのエンジンを積むMAZDA3と同様なのだが、エンジンを始動させると、SKYACTIV-Xの世界は広がっていく。まず体感できるのは、ISGによるスムーズなエンジン始動だ。アイドリング中のエンジン音も抑えられており、MAZDA3のガソリンエンジン車と比べても静か。エンジン圧縮比が高いため、通常ならエンジン音はより気になるはずだが、ここにも工夫があり、エンジンを包み込むようにカバーを設けることで、音の遮断を図っている。

まず、ゆっくりと街中を走り始める。信号停止の際はアイドリングストップが作動し、停車前にエンジンをストップ。発進時の再始動はISGがスムーズに行うため、アイドリングストップ機能もストレスフリーとなる。通常のエンジン車のスターターによるエンジン始動は、振動と音が大きく、街中での頻繁な再始動には意外とストレスを感じるものだが、SKYACTIV-Xには無縁の世界だ。ISGを備えたマイルドハイブリッドは近年、他社のモデルでも採用が増えている技術であり、そのメリットの大きさは折り紙つきといえる。

走行中のエンジン回転は軽やか。耳を澄ますと、エンジン音が通常のガソリンエンジンと少し異なる。これは圧縮比が高いSKYACTIV-Xの特徴だが、普通の人ならば、まず気になることはないだろう。そこはしっかりと対策済みだからだ。しかも、心地よいエンジン音に感じられるようチューニングが施されており、遮音性が高い車内には、スムーズな回転数の上昇を知らせる軽やかなエンジン音のみが響く。これも、ドライバーとクルマの一体感を高める演出だ。

SKYACTIV-Xの自慢である伸びやかな加速を体感すべく、高速道路にも乗ってみた。強めにアクセルを開けると、SKYACTIV-Xエンジンは高回転まで一気に吹け上がり、クルマがグングンと速度を上げていく。スムーズな加速からは、エンジン回転数3,000rpm以上で稼働するというスーパーチャージャーの働きを実感できる。ただ、過給機付きエンジンであるとはいえ、その加速は「強烈」というよりも、大排気量エンジンのような「穏やかさ」が感じられるものだった。この過給機は、あくまで伸びやかな加速を実現するための武器なのだ。

効率の高いSKYACTIV-Xだが、燃費については走りに左右される。軽快さや滑らかな加速を楽しむような走りをすれば当然、燃費は悪化する。ただ、劇的に悪化することもないように思われた。今後、長距離ドライブを含めて、じっくりと検証してみたい。

SKYACTIV-Xは全域で静粛性が高く、反応が良くて過度なところもないので、運転しやすいエンジンだといえる。乗り手を選ばないエンジン特性だなと感じた。例えば、「ゴルフ」や「Cクラス セダン」などの欧州車は、数字(スペック)よりも体感で得られる満足度が大きい。そのため、ベーシックグレードでも不足なく、走りも良いことが多い。その基本性能の高さがファンを惹きつける魅力の1つとなっている。SKYACTI-Xを積むマツダ車も、数字より体感で納得できるバランスの良さを重視した欧州車らしい味付けを目指しているのだろう。「その魅力を説明するのは難しいが、乗れば分かる」というスタンスは、技術にこだわるマツダらしい新エンジンだなと思う。

○最大の課題は価格!?

個人的には応援したいと思ったSKYACTIV-Xではあるのだが、その価格を見ると、全面的に支持するわけにもいかなくなる。困難な技術を具現化し、マイルドハイブリッドとスーパーチャージャーまで備えているこのエンジンが、SKYACTIVエンジン群の中でもとりわけ高コストになる事情はよく分かる。しかし、MAZDA3 ファストバックの標準車ともいえるグレード「プロアクティブ」同士で比較した場合、ガソリン車「20S」に対して約68万円の差となるのはいかがなものか。クリーンディーゼル「XD」と比べても約41万円高い。

マツダによれば、この価格差はコスト面に加え、同クラスの欧州車ユーザーを意識した結果であるという。あえて、高めの値付けとしているのだ。ただ私は、ほかのエンジンを積むMAZDA3に対し、価格に見合う視覚的な差別化がないことにも疑問を感じている。

価格の高い欧州車に勝負を挑むという志は評価できるし、応援したい。しかし、これほどの価格差を乗り越えて購入するユーザーとしては、SKYACTIV-Xに乗っているという優越感を得たいと考えるのが当然ではないだろうか。SKYACTIV-Xの走りの質感は確かに高いので、その点では買って後悔しないクルマだと思う。しかし、所有欲は十分に満たされるだろうか。ほかのMAZDA3と見た目はほとんど同じで、スペックもずば抜けて高性能というわけではない。もしSKYACTIV-Xの普及を目指すのなら価格差をもう少し抑えるべきだし、今の価格戦略で行くならば、SKYACTIV-Xのブランド化が必要となる。

初代「CX-5」から始まったマツダの新世代商品群は、デザインと質感を追求し、スタイルと技術の両面でユーザーの心をガッツリとつかんだ。その志は、MAZDA3から始まった今度の新世代商品群にも、しっかりと受け継がれているとは思う。しかし私は、マツダがユーザー心理をいまひとつ理解できていないように感じている。会社と雇用を守るため、価値あるものを高く売ることは大切なことだ。しかし、現状では、ユーザーの心を揺さぶる演出が物足りず、どっちつかずとなってしまっているのでもったいない。SKYACTIV-Xの良さは乗れば分かる。内外装の演出に特別感を出すか、普及グレードのみでも価格を抑えて普及を目指すなど、フレキシブルな対応を期待したい。

○著者情報:大音安弘(オオト・ヤスヒロ)
1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。主な活動媒体に『webCG』『ベストカーWEB』『オートカージャパン』『日経スタイル』『グーマガジン』『モーターファン.jp』など。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。(大音安弘)