2020年04月12日 09:41 弁護士ドットコム
客が従業員に対して暴言を吐いたり、理不尽な要求を求めたりする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が近年、クローズアップされている。カスハラの実態について、消費者心理に詳しい関西大学社会学部の池内裕美教授にインタビューした記事「『おもてなしの美徳』と『不寛容社会』が生み出した悪質クレーマー 池内裕美教授に聞く」の後編にあたるこの記事では、カスハラに対峙するうえでの心構えや、海外の動向について紹介したい。(ライター・南文枝)
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――企業や店舗などの従業員は、カスハラに対してどう向き合えばよいのでしょうか。
一概に「こうすべきだ」とは言えませんが、原則として「初動が大事」です。例えば、顧客から「商品を買ったんですけど」と電話がかかってきた場合、最初はクレームかどうか分かりません。まずは、商品を買ってくれたことに対して「ありがとうございます」とお礼を言います。そこで「はい」としか言わずに顧客を怒らせる人もいるんですよ。明瞭な声で安心感を与え、もし相手が不満を訴えてきたら、しっかりと耳を傾け、適度に相づちをうちながら聞くようにしましょう。
この時に大事なのが「共感的理解」を示すことです。相手は非常に感情的になっているので、対応する側は「これはあのパターンに当てはまるな」と思い当たることがあっても、理詰めで説明しようとせずに、とにかく溜まっている感情を吐き出させます。そうしているうちに相手も「カタルシス」(心の浄化)が得られ、徐々に冷静さを取り戻してきます。
謝ることも重要ですが、まだ事実確認を終えていない段階では、相手に不快な思いをさせたことや、手間を取らせたことに限定して謝る「限定的謝罪」にとどめます。そして相手が少しクールダウンしたところで、状況を確認していきます。それで何らかの提案をして、相手が納得したら無事に対応終了となります。様々な企業のお客様相談室の責任者に調査したところ、電話対応の場合は、だいたい1件10分以内に終わることを目安として挙げていました。
ここで気を付けなければならないのが、相手がまだ話している時にため息をつくなど、早く切りたそうなそぶりを見せることです。そうすると相手に伝わり、「なんだその態度は」というような感じで「2次的苦情」に発展します。商品やサービスに対するクレームが人物へのクレームにすり替わると、長引くんですね。その場合は、解決を急がず、長期戦覚悟で「人・場所・時間を変える」のが効果的です。対応を上司に代わる、(対面の場合は)複数人で応じるなど、組織での対応に切り替えます。
――あらかじめ、対応の方法を決めておくことが大事なのですね。
そうですね。組織の中で情報を共有し、ガイドライン(指針)や対応マニュアルを作成するなどして、対応者によってぶれないようにします。どんな小さなクレームでも共有して、リスクマネジメントを高めることが大切です。ただ、ガイドラインやマニュアルがないところも多いですし、あっても現場のパートやアルバイトまで行きわたっていないこともあります。
また、恐喝や脅迫など、明らかに法に抵触するような不当なクレームなら、警察に通報するべきでしょう。不当か正当かの判断が難しいが、かなり悪質性が高く、組織対応でも解決が難しいようなら弁護士に相談ですね。大企業なら顧問弁護士がいるでしょう。小さな商店でもクレームは起きるので、普段からある程度相談できる弁護士を探しておくことも重要です。クレームは時間との戦い。長引かせるほど悪い方向に進みますので、迅速な対応が功を奏するといえます。
――他には、どのような対策がありますか。
一つの企業だけでなく、業界でクレーム対応のルールを決めておくことも大切です。例えば、日本菓子BB協会では、異物混入においては、現物を確認してから対応しようという申し合わせができました。業界内のルールがあると、クレーム対応の知識がない、自社のガイドラインを作るのがマンパワー的に難しい企業や商店も参考にできます。
日本よりも先にカスハラが問題になった韓国のある石油会社は、オペレーターに繋がるまでの保留音に、従業員の家族の音声を起用しています。従業員の娘や父親など家族にアテレコをしてもらうんですね。電話して最初に「これから私の大好きなママがご案内させていただきます」「これから私の大切で、働き者の娘が対応させていただきます」と流すだけで、顧客が「対応する人にも生活があって、私と同じ人間なんだ」ということに気付き、従業員に優しく接する効果があるようです。
韓国は、日本以上に顧客第一主義の考えが浸透しており、有名な「ナッツリターン事件」に象徴されるように、時には度を超える暴言などにも耐えることが求められます。こうした高度な感情コントロールが求められる仕事は「感情労働」と呼ばれます。
主にサービス業、人相手の仕事に従事する職種が該当します。韓国で感情労働が社会問題化した背景には、韓国特有の儒教的家父長制の教えや、軍隊式上意下達の考え方などがあるといえます。これらの要因が、極端なタテ社会を生み出し、売り場での「お客様が上で店員は下」といった、絶対的な上下関係にもつながっているといえます。タテ社会に広がる格差に不満を抱いている人も多いです。
韓国では2018年、産業安全保健法が改正され、「感情労働者」の保護条項が定められました。事業主に対して、カスハラの予防措置をとることが義務付けられたのです。これは、2019年にILO(国際労働機関)の定時総会でカスハラも対象にした「ハラスメント禁止条約」が採択されるよりも早い動きでした。
また、個別にきちんと調査したわけではないのですが、欧米の人に話を聞くと、「店頭でサービスが悪いからといって、客が怒鳴り散らすのは考えられない」と言うんですね。そもそもスーパーの店員などに日本のような「おもてなし」の意識が薄いので、給料として支払われているサービス以上の対応を求めるのなら「チップを渡せ」という話になります。
そういう文化では、「笑顔が足りない」「商品の渡し方が不親切」などでクレームにならないですよね。万が一なったとしても、周囲の人々が「自分の重要な空間を侵された」という気持ちになって、(クレーマーに対して)「何を言っているんだ、お前こそ黙れ」と怒ってくれるでしょう。
――カスハラは今後も増えていくのでしょうか。
増えるでしょうね。世の中が今よりもっと便利(=過剰サービス)になると、消費者の期待水準はますます高まります。高齢者が元気になると、シニアクレーマーも増えるでしょう。 経済的、社会的、情報といったさまざまな格差が広がる限り、人々が不満を抱く要素もどんどん出てきますよね。SNSへの依存も、理不尽なクレームに拍車をかけるでしょう。
カスハラに歯止めをかけるためには、人々が自らの「寛容性」を高め、消費者側が「客なら何を言ってもやってもいい」という特権意識を捨てることが重要です。企業側も、顧客第一主義に縛られ過ぎず、時には理不尽なクレーマーを切り捨てる勇気を持つことが必要でしょう。社会においては、「従業員保護」の機運を高めることが求められます。そのための方法の一つとして、行き過ぎた「消費者保護」を見直し、カスハラの判断基準を明確にするような国内法の制定・見直しが挙げられます。