2020年04月12日 09:31 弁護士ドットコム
客が従業員に対して暴言を吐いたり、理不尽な要求を求めたりする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が近年、クローズアップされている。サービス業や流通業などの労働組合が加盟する「UAゼンセン」が、2017~18年に組合員約8万人を対象に行ったアンケート調査では、流通部門約5万人のうち7割強が「業務中に客からの迷惑行為に遭遇したことがある」と回答した。カスハラの実態などについて2020年3月、消費者心理に詳しい関西大学社会学部の池内裕美教授に聞いた。(ライター・南文枝)
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UAゼンセンの調査では、流通部門での迷惑行為の内容(複数回答)として最も多かったのが、「暴言」で65.5%。次いで「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」39.1%、そして「権威的(説教)態度」36.4%、「威嚇・脅迫」35.2%、「長時間拘束」26.6%などと続いた。
また、迷惑行為に遭遇した人の5割以上が「強いストレスを感じた」と回答し、「精神疾患になったことがある」と答えた人の割合は0.5%だった。消費者とのトラブルを抑えるためだけでなく、従業員保護の観点からも、企業にとって、カスハラ対策が急務となっている。
池内教授のインタビューでの主なやり取りは以下の通り。
――なぜいま、カスタマーハラスメントが注目されているのでしょうか。
様々な理由が挙げられると思うのですが、まず2013年に某衣料品チェーン店で、翌年に某コンビニエンスストアで、消費者が従業員に土下座をさせる、商品を脅し取るといった衝撃的な事件が立て続けに起こりました。これらはもはや犯罪ですが、事件の画像や動画がSNSに投稿されてものすごい勢いで拡散され、「現場ではこんなひどいことが起きているのか」と少しずつ世の中で認識されるようになりました。
その一方で、2014年に某食品製造販売会社で、翌年には某ファーストフード店で異物混入が相次いで報道されるなど、企業側への不信感が募る出来事も重なりました。消費者側の苦情への関心が高まる中、2017年、UAゼンセンが「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査」の結果を公表し、流通業界で働く人の7割以上が、(消費者から)暴言や長時間拘束といった何らかの迷惑行為を受けていることが明るみになりました。これが、カスハラが注目される大きなきっかけになったといえます。
――カスハラが目立つようになった背景として、どのようなことが考えられますか。
もともと日本は「おもてなし」が美徳とされ、「顧客第一主義」が根強いです。そこに1995年の製造物責任法(PL法)や2004年の消費者基本法の改正、2009年の消費者庁の設置などで消費者保護や自立のための環境が整備されていき、消費者の権利意識が強くなっていきました。加えて、先ほど挙げたような企業の不祥事が相次ぎ、ささいな問題に対しても消費者が過剰な不安を感じるようになりました。
SNSが普及し、インターネット上で消費者が簡単に商品などの苦情を投稿したり、他の消費者と共有したりする機会が増えたことも大きいです。メディアを通してクレームやカスハラに関する情報を見聞きすることも圧倒的に増え、クレームを言うことに対する抵抗感が薄れ、誰でも簡単に声を上げることができるようになりました。
また、格差がクローズアップされるようになって世の中がギスギスしたり、過重労働やSNS疲れなどによって不満がたまったりして、社会全体的に他者への寛容性がなくなってきています。いわゆる「不寛容社会」の到来です。こうした状況では人々に怒りをコントロールする余裕がなくなり、他者のちょっとしたミスも許せず、不満のはけ口として苦情を訴える人も出てきました。
――シニアクレーマーの増加も問題となっています。消費の現場では、どのようなカスハラが起きているのでしょうか。
2007年以降、「団塊の世代」が一斉に定年を迎えて退職されました。まだまだ社会のために何か貢献したいのに退職することになり、その中には、家に居場所がなく、地域にネットワークを持たない方もいます。そういった方が、自分の話をちゃんと聞いてくれる場所を求めて、企業のお客様相談室にクレームの電話をかけることがあります。
(クレーム先は)わりと以前自分が勤めていた会社の同業他社が多いですね。「自分は以前○○の開発をしていたけれど、お前のところの商品はなんだ」というような。「教えてあげよう」と部下、社員を育成しているような感覚で、「次までに○○について調べておきなさい」と課題を出すこともあります。正義感による世直し型のクレーマーを、その理屈っぽさから「筋論クレーマー」と呼ぶこともありますが、本人にはおそらくクレームといった意識はなく、あくまで善意による行動と思っているのでたちが悪いです。
普通の人が悪質化するケースもあります。初めはささいなことでクレームをしたのに、従業員とやり取りをするうちにヒートアップして、「手をついて謝れ」などと言ってしまう。これは、消費者側に「過剰な苦情は犯罪にあたる」という知識がないことにも因りますが、従業員側の対応の悪さや、両者のコミュニケーションのズレによって起こることもあり得ます
女性の多い職場だと、会計時に手を握られたり、卑猥なことを言われたりといった、セクシャルハラスメントにあたるようなケースもあります。カスハラとセクハラといった、二つのハラスメントが重なっていることから、私は「クロスハラスメント」「多重ハラスメント」と呼んでいます。また、従業員の丁寧で親切な応対を、客が勝手に“好意”と勘違いして何度も店や窓口に通うようになることもあります。これは「クレームストーカー」と言われるケースです。セクハラやストーカーに遭った従業員が「現場で何とかしよう」とがまんし続けると、次第に行為がエスカレートし、問題が表面化した時には、従業員が心を病んでおり、手遅れになっていることがあります。
――カスハラが起こるかどうかについて、地域による差はあるのですか?
よく聞かれますが、どこでも発生しています。ただ、結果的には地域差につながるかもしれないのですが、自分がどういう環境で育ったのか、どういう経験をしてきた世代なのか、ということが、カスハラ的な行為をするか否かと少なからず関係していると思います。
マーケティングの世界で古くから提唱されている「期待不一致モデル」(商品やサービスの購入前の期待が購入後の成果(結果)よりも大きいほど、消費者の不満も大きくなるという理論)で考えると、商品やサービスに対して期待を持ちやすい便利なエリアで長い間暮らしてきた人は、店員にやってもらって当たり前という感覚がありますよね。逆に不便なエリア、必要以上のサービスがないエリアで育ってきた人は、例えばコーヒーショップで出てきたコーヒーが少しぬるくても、怒ったりしないのではないでしょうか。
<インタビュー後編>
「お客様を愛する」韓国でもカスハラ横行、封じ込めにあの手この手