2020年04月12日 09:31 弁護士ドットコム
「悪いことだと分かっていたのに、なぜ事件を起こすのですか」。
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検察官にこう聞かれた被告人は「薬の効果が弱かったからですかね…」とどこか他人事のように答えた。
4月はじめ、東京地裁で開かれた3回目の公判。傍聴席には、被告人の石橋さん(仮名・40代男性)を知る人が数人、座っていた。記者もその一人だ。逮捕直前の半年ほど前に取材をしている。
石橋さんはこれまで「強制わいせつ」や「迷惑防止条例違反」などの性犯罪を繰り返し、4回の服役経験がある。
2019年9月、石橋さんは記者に「もう、性犯罪から離れたいんです」と言った。しかしその数日後、石橋さんは再び「強制わいせつ」「迷惑防止条例違反」の疑いで逮捕、起訴されたのだ。それは、新たな被害者が生まれてしまったことを意味する。
公判で彼は何を語ったのか。(編集部・吉田緑)
石橋さんは「性犯罪を繰り返してしまう自分を変えたい。助けてください」という内容の手紙を受刑者や出所者の支援をおこなうNPO「マザーハウス」理事長の五十嵐弘志さんに送り、2019年7月に「マザーハウス」につながった。
その後、五十嵐さんに紹介された専門の医療機関を受診。「性嗜好障害(性依存症)」と診断された。
それからは毎週月曜日から土曜日の週5日、朝8時半から夜7時まで病院で過ごし、治療のためのプログラムを受け続けてきた。受診してから逮捕されるまでの約2カ月、「マザーハウス」のイベントがある日を除き、休まずに通ったという。
しかし、今回の事件は病院に通院している中で起きた。公判で明かされたのは、次のような事実だった。
石橋さんは8月下旬のある日、休憩時間に外出し、立て続けに2人の女性(Aさん・Bさん)の胸を触った。また、この事件の前日にも1人の女性(Cさん)の胸を触っている。このときは病院から帰宅中だったという。
そして9月下旬、石橋さんは「強制わいせつ」(2件)「迷惑防止条例違反」(1件)の疑いで逮捕、起訴された。
記者が石橋さんに取材をおこなった日は、事件が起きた後の9月中旬だ。彼はどのような思いで「もう、性犯罪から離れたいんです」と言ったのだろうか。
東京地方裁判所で4月上旬に開かれた公判では、受刑者や出所者の支援をおこなう五十嵐弘志さん、石橋さんが通院していた「榎本クリニック」で相談員(精神保健福祉士)を務める會田(あいだ)伸司さんが情状証人として証言台に立った。
新型コロナ対策で傍聴席は削減されていた。石橋さんもマスクをつけて法廷に現れた。
幼少期から母親と良好な関係が上手くいかず、「常に孤独だった」という石橋さん。家族である母親や兄とは、長いこと絶縁状態だ。結婚歴もなく、子どももいない。刑務所への出入りを繰り返していたため、社会で信頼できる仲間もいない。手を差し伸べてくれたのは、五十嵐さんが初めてだった。
五十嵐さんは、これからも石橋さんと向き合い、関わり続けると決めている。
「罰することは簡単です。重要なのは、どう回復させていくのかではないでしょうか。回復のためには治療が必要だと思います」
証言台に立った五十嵐さんはこのように語り、刑務所の中ではなく、社会の中で治療を継続しておこなう必要性を訴えた。
刑務所内でも「性犯罪再犯防止指導(R3プログラム)(再犯リスクなどから必要と判断された性犯罪受刑者が受講するプログラム。主にグループワーク形式でおこなう)」がおこなわれている。このことを検察官に指摘されると、五十嵐さんはつぎのように語った。
「刑務所は隔離、管理された中でプログラムをおこなっています。グループセッションの中で『性犯罪の手口を学んだ』という出所者の話も聞いています」。
石橋さんはこれまで刑務所に服役中にR3プログラムを3回受けたことがあるが、否定的だ。9月の取材時に、彼は「最後に服役したときは『自分はやっていない』と否認したり、やる気がなかったりする人がいて、プログラムを受ける意味を感じられませんでした」と話していた。
石橋さんは今回の逮捕前、週1回の診察に加え、認知行動療法(ものの捉え方を修正するためのプログラム)やグループミーティング、ストレス発散のためのボクシングプログラムなどをおこなってきた。また、薬物療法も受けていた。
今回の事件を起こした際も薬を飲んでいたという。
治療に効果はあったのか。検察官にこう尋ねられると、石橋さんは「期間が短かったので…でも多少は効果があったと思います。薬で女性を触りたいという欲求はおさまりました。(事件を起こしたときに)飲んでいた薬は効かなくなったのだと思います。その後、効果の強い薬に変えてからは欲求はおさまりました」。
會田さんは「石橋さんは病識が薄かった。治療期間も2カ月と短く、治療のうちには入らない」とした。そして、治療の効果については、つぎのように説明した。
「『石の上にも3年』といわれるように、一般的には最低でも3年の治療が必要だといわれています。もっといえば、治療は一生涯続けることが望ましいとされています。石橋さんも病気であると認識し、治療を継続していくことで回復できる可能性はあります」
事件当時、石橋さんはなにを考えていたのだろうか。
石橋さんは3人の女性に対して「まわりに人がいないことを確認して、後ろから追いつきざまに胸を触った。揉んだというよりもタッチした」と話した。同じ日にAさんだけではなく、Bさんの胸も触った理由は「もう1人また来たので、触ってみようと思った」。
被害者には抱きつかないようにしようと考えた。その理由は「強制わいせつにならないようにしました。条例違反になればと…抱きついたら刑が重くなるので」。
過去に女性に抱きついたときは「強制わいせつ」となり、抱きつかなかったときは「迷惑防止条例違反」になったことがあるのだという。
ただ、AさんとBさんの胸を触ったことは事実だが、「抱きついてはおらず、胸を揉んではいない」と主張。Aさん・Bさんの事件について「強制わいせつ」の罪で起訴されたことに納得していない様子だった。
ところが、女性2人の話と石橋さんの主張は食い違っているという。また、石橋さん自身も警察の取り調べで女性2人の胸を数回揉んだと話したとされる。
石橋さんは、被害者に対してどのように思っているのだろうか。
途中で弁護人に「被害者に謝罪できますか」と聞かれた石橋さんは裁判官の方を向き、「こわい思いをさせて申し訳ありません。本当に申し訳ありませんでした」と述べた。
裁判を終えた會田さんは「被害者はとてもこわかったと思います。クリニックに来る被害者は誰もが恐怖を訴えています」と語った。
石橋さんは被害者の恐怖を想像したことがあるのだろうか。五十嵐さんは「まだ彼は、自分のことしか考えていない。被害者のことはまったく考えていないと思います」。
これまでも性犯罪を繰り返してきた石橋さんは、再び刑務所に服役する可能性もある。しかし、彼はいつかはまた社会に戻ってくる。そのときに「新たな被害者を生まないため」に、五十嵐さんと會田さんは自分たちにできることを引き続きおこなっていくという。
<これまでの石橋さんの記事> 【逮捕編】「もう性犯罪から離れたいんです」4回服役した男性、本心打ち明けた後に再び逮捕(https://www.bengo4.com/c_23/n_10179/)
【面会編】性犯罪で4回服役、再び逮捕の男性「自分でもわからない」「もうやめたい」拘置所で明かした苦悩(https://www.bengo4.com/c_1009/n_10849/)