2020年03月31日 16:32 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの感染拡大により、多くの産業が大打撃を受けている。その最たる業界のひとつが飲食業だ。感染拡大を食い止めるべく、全国各地で外出自粛が要請されている。
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東京都の小池百合子都知事は3月25日の会見で、「夜間の外出」「飲食を伴う集まり」を控えるようコメント。また、避けるべき環境として「換気の悪い密閉空間」「多くの人の密集」「近距離での会話」を挙げた。30日の会見でも「4月12日までの間、3つの密を避けることをお願いするとともに、夜間の外出、週末の不要不急の外出を控えてほしい」と強調した。
筆者はジャーナリストのかたわら、新宿ゴールデン街という飲み屋街でバーを経営している。ゴールデン街には、6~7人も入ればいっぱいの店が、約280軒も立ち並んでいる。まさに、避けるべき環境に該当している。
新型コロナウイルスに関する報道や、政府の対応が本格化した2020年1月ころから、私の店や周囲の状況はどう変化しているか。またどのような葛藤を抱えているか。一飲食店のオーナーとしての目線からお伝えしたい。(ジャーナリスト・肥沼和之)
まずコロナ報道以降、新宿全体が大きく変化している。外国人観光客が激減しているのだ。もちろんゴールデン街も同様である。
2015年ころから、ゴールデン街は観光地として注目され、多くのインバウンド客が訪れるように。2019年のラグビーワールドカップの際は、街中が外国人であふれかえった。東京オリンピックを控えた2020年も、多くのインバウンド客が訪れ、賑わうものと思われていた。だが、2月ころから外国人の姿は目に見えて減っていった。
私の店は、外国人をターゲットにしていたわけではないが、2月から顕著に売り上げが落ち始めた。日本人の客も減り始めていたのだ。コロナの影響が出ていることは明らかだった。
危機感を感じた私は、「スタッフの手洗い、うがい」「お客様の手指のアルコール消毒」「店内の換気」など、基本的な感染対策をより徹底するようした。少しでもお客様に安心して来店いただきたかった。
しかし3月になると、売上はさらに30%近く落ち込んだ。家賃、人件費、仕入れ、光熱費など諸経費を引くと赤字である。
30%とは決して小さくない数字だが、まだマシな方だと気づかされる。新宿3丁目にある、週末には予約が必須の人気レストランバーは、3月になり売り上げが半分以下になったという。
「いつも3月は歓送迎会シーズンで忙しいはずだけど、予約のキャンセルが10組も相次いだ。いつもはバイトと二人で回しているが、最近は自分一人で十分。むしろ人件費削減のため、バイトのシフトを減らさざるを得ない。普段は24時まで営業しているが、先日もお客さんがいないから、バイトには23時であがってもらった」(オーナー)
また歌舞伎町の、カクテルやウイスキーの品ぞろえが評判のバーでは、「3月に入ってからお客さんは一日1~2人。ゼロの日もある。日本政策金融公庫から融資することも考えたが、返していける気がしない」とマスターが肩を落としていた。
私が辛いと感じているのは、お客様に来ていただきたいが、「来てください」と伝えられないこと。感染リスクを考えると、「無理せず、コロナが落ち着いたら来てください」としか言えないからだ。これは、話を聞いた飲食店の人々も同じ意見だった。
そして3月25日、小池都知事による外出自粛の要請があった。その週末(3月28日~3月29日)、私はお店を臨時休業にした。
当初は営業する気でいたが、「今日はお店に出ても楽しく接客できなさそう」「無理して来てくれるというお客さんがいるが、それはいいことではないと思う」というスタッフたちの意見を受け、思い直したのだ。
お店を閉めると売り上げがなくなる、だが開けると感染リスクがある。葛藤のなか、結局お店は閉めたのだが、何が正解でどちらを選択すべきか、考えるだけで疲弊した。
その2日間、新宿は変わり果てた光景だった。
21時から22時にかけて新宿ゴールデン街、新宿2丁目、新宿三丁目を歩いてみたのだが、出歩く人はほぼいなかった。平日の深夜3~4時のような静けさだった。開いている飲食店はいつもの半分くらいで、どこも客は1~2組かゼロ。たまに混んでいるお店があっても、6割程度しか埋まっていなかった。
歌舞伎町も同様だった。人通りがなくはないものの、普段と比べると圧倒的に少ない。
通行人より、キャッチや客引きの女の子の方が多いくらいだった。キャッチに話を聞くと、「人通りはいつもの5分の1くらいに減っている。そのなかでお客さんを捕まえないといけないから、僕らもしつこく客引きをせざるを得ない」と疲れた様子だった。
一方、自粛にもかかわらず、飲み歩いている人もいた。
ゴールデン街のとあるバーに訪れていた男性客(20代)は、「電車に乗ったり、コンビニに行ったりするだけでも感染リスクはある。だったらあまり自粛しても意味はない」と話し、「俺は(小池)百合子より〇〇を選ぶよ!」と女性店員の名前を叫び笑った。
ほかに飲みに来ていた客からは、以下のような声があった。
「勤務先から、社外の人と会わないよう通達が出ている。でも、取引先の人と、顔を合わせてしたい話もあるから、会社に内緒で一緒に飲みに来ている」(男性客・30代)
「感染リスクと言われてもあまり実感がない。自分は大丈夫、と思ってしまってるのかもしれない」(女性客・20代)
ではお店側はどうか。ゴールデン街も臨時休業が多いなか、通常通り営業しているお店に話を聞くと、切実な理由だった。
「お店を閉めたら、その補償はどうしてくれるの? せめて家賃分だけでも何とかしてくれないと、休もうにも休めない」(スナック・60代ママ)
「3月に入ってからお客さんが激減してる。スタッフの雇用を守らないといけないから、自粛だろうとお店を閉めるわけにいかない」(バー・40代マスター)
私が話を聞いたのは、新宿に数ある飲食店のごく一部だが、例外なくネガティブな状況に陥り、不安を口にしていた。
金銭面での補償がないなか、もちろん私も同じ思いである。追い打ちをかけるように3月30日、小池都知事は記者会見で、「バーやクラブに行くのを控えて」と発言した。我々のような小さな飲食店が、ますます窮地に追い込まれるのは明らかだ。
2016年4月、ゴールデン街は放火による火災に見舞われた。しかし、店舗関係者やお客さん、さらには地域の人々の支援により復興し、再び隆盛を取り戻した。そのときのように、新型コロナという未曽有の危機も、何とか街全体で乗り越えたいと思っている。だが今回ばかりは、個人や個人の集合体がいくら努力しても難しいだろう。国の迅速かつ適切な支援を、切に願っている。
最後に、多くの業界が苦境に立たされていることは重々承知しており、飲食業だけが辛い、救ってほしい、と訴えるつもりはまったくない。だが、私が最もリアルかつ切実にお伝えできる分野であるため、今回は飲食業にフォーカスさせていただいたことをご理解いただきたい。
【著者プロフィール】 肥沼和之。1980年東京都生まれ。ジャーナリスト、ライター。ビジネス系やルポルタージュを主に手掛ける。東京・新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」のマスターという顔ももつ。