2020年03月29日 09:11 弁護士ドットコム
「約款」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。普段あまり聞かないかもしれないが、日常生活のいたるところで活用されており、代表例として、鉄道やバスの運送約款、電気・ガスの供給約款などが挙げられる。
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約款には、数多くの取引を迅速に行うための定型的な取引内容等が記載されている。
本来、鉄道利用者ひとりひとりと契約書をかわすのが理想だが、それはあまりにも現実離れしている。そこで、鉄道事業者が約款を利用者に対してあらかじめ示すことで、利用者と契約するという部分を巧みにクリアしているわけだ。
鉄道の例でわかるように、約款は現代社会において欠かせないものだ。ところが、これまで約款に関して定めた法律がなかった。
そこで、2020年4月1日に施行される改正民法で、約款(定型約款)に関する規定を新たに設け、約款の法的な位置付けを明らかにすることとなった。
「約款」と書かれていれば、約款なのだろうか。「利用規約」と書かれていたら、約款ではないのだろうか。
「約款」という用語は、現在も企業の契約実務などで広く使用されているが、その意味するところは必ずしも明らかでなかった。
改正民法では、これまでの「約款」という用語の使われ方と切り離し、「定型約款」という名称を使用してルールを設定することとした。次の(1)~(3)すべてを満たすものが「定型約款」として扱われる(548条の2第1項柱書)。
(1)ある特定の者が不特定多数の者を相手方とする取引 (2)内容の全部又は一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的なもの (3)契約の内容とすることを目的として、その特定の者により準備された条項の総体
冒頭に挙げた、鉄道やバスの運送約款、電気・ガスの供給約款のほか、保険約款、インターネットサイトの利用規約なども基本的には「定型約款」に当たる。
一方、相手方の個性に着目して行われる場合(例:労働契約)や契約が当事者間の交渉で決まる場合(例:事業者間の取引)には、契約書のひな型を利用して締結するなどしても、基本的には(1)や(2)の要件を満たしていないため、「定型約款」に当たらないこととなる。
ネットサービスやアプリを初めて使う際、長々と書かれた利用規約が表示されたページをスクロールし、「同意する」をクリックしたという経験は、誰しもあるのではないだろうか。
だが、その利用規約が「定型約款」だとして、どれだけの人が個別の内容をしっかり確認してスクロールしてるだろうか。
民法の原則では、契約の当事者は契約の内容を認識しなければ契約に拘束されないとされてる。しかし、ネットサービスの利用規約のように、実際には、多くの人が定期約款に記載された個別の内容を認識していないのが実情だ。
もし、約款に不当な内容が含まれていたにもかかわらず、ほとんど読まずに「同意する」をクリックしてしまったら、その不当なものまで契約内容となるのかどうか、これまでは必ずしも明らかでなかった。
そこで、改正民法では、(a)定型約款を契約の内容とする旨の合意がある場合、(b)定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ相手方に表示している場合、いずれかに該当する場合は、定型約款の内容を相手方が認識していなくても同意したものとみなすこととし、定型約款が契約の内容となるための要件を整備した(548条の2第1項1号・2号)。
一方で、定型約款に不適当な内容が含まれている場合に備え、相手方の利益を一方的に害する契約条項であって信義誠実の原則(民法1条2項)に反する内容は合意しなかったものとみなし、契約の内容とならないことを明確にした(548条の2第2項)。
約款は数多くの取引を迅速に行うためものであり、通常、短期で頻繁に変更されることは多くないが、法令の変更や経済情勢などの変化に応じて、内容の変更が必要な場合もある。
民法の原則では、契約内容をあとから変更するには、相手方ひとりひとりの承諾が必要とされている。しかし、電気・ガスなど多くの利用者がいるような場合、個別に変更の承諾を得るのは困難だ。
これまでは、「この約款は当社の都合で変更することがあります」などの条項を約款に記載して対応するケースもあったが、このような条項が有効か否かは見解が分かれていた。
そこで、改正民法では、(A)変更が相手方の一般の利益に適合する場合、(B)変更が契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的である場合、いずれかに該当する場合は、定型約款を準備した者(主に事業者側)が一方的に変更できることを明確にした。
定型約款の変更により変わる契約内容は、既存の契約についても適用される。
約款に関する規定の新設は、約款実務を大きく変えようとするものではない。これまでの実務上の運用をベースに、法律という形で明確化し、取引の安定性を確保しようとするものだ。
定型約款を準備する事業者側にとっては、不当な内容を含めないことに今まで以上に注意する必要があるが、明確な定義が定められるとともに、要件を満たせば一方的に内容を変更できるようになったことから、定型約款を安定的に活用できるのではないだろうか。
また、利用者にとっては、定型約款の内容を把握していなくても、不当な内容は受け入れなくてよいことが明確となり、各種サービスが利用しやすくなることが期待される。