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アニメ『映像研には手を出すな!』に至る時代背景や環境変化 スティーブ・ジョブズがFlashを禁じた影響

2020年03月27日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『映像研には手を出すな!』(C)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

 NHK総合で放送(フジテレビオンデマンドで配信)されたアニメ『映像研には手を出すな!』が、好評の中で終幕を迎えた。さらに4月からはTBS系列でドラマの放送、5月には実写映画の公開と、今後も話題が尽きない。


(参考:海外と日本でアニメの“制作方法”はどう違う? Netflixオリジナル作品『アニメ世界への扉』から分析


 『映像研』の主要キャラクターは“最強の世界”を創造したい監督の浅草みどり、読者モデルでありながらアニメーターを志す水崎ツバメ、そしてプロデューサー指向の金森さやか。そんな女子高生3人組がアニメーション制作で日々奮闘する物語だ。


 『映像研』では部活の創設からアニメーション制作と平行して、徐々に制作環境が整えられていく様子も描かれている。ここでは実際に『映像研』が制作されている現在までを、時代背景や環境変化と合わせて振り返ってみたい。


・閲覧環境のFlashは2020年末に終了 ジョブズが及ぼした影響
 現在に至るまでのアニメーションについて、時代背景や環境変化を探るには「Flash」が欠かせない。今年2020年末に終了する予定のFlashは、1996年に誕生してから、長きにわたり混乱を引き起こしていた。ザックリ言うと、閲覧環境と制作ソフトの名称が同じだったのが原因である。


 かといって別個で考えると状況を把握できない。先に閲覧環境のFlashから話をしておくと、コンテンツの閲覧にFlash Playerが必要な環境を指す。2006年から増加していったYouTubeやニコニコ動画のような動画配信サイトも、当時は閲覧にFlash Playerが必要だった。


 閲覧環境のFlashの終了は、2010年にアップルのスティーブ・ジョブズが発表した“Thoughts on Flash”に端を発する。この年はiPadが発売された年で、先に発売していたiPhoneを含め、iOSでFlashを非対応にしている理由を「閉鎖的な技術であるから」と説明したのだ。


 それに伴い、ジョブズはWebの標準規格「HTML5」への移行を促した。このHTML5はコンテンツの閲覧にFlash Playerなどを必要としない規格である。翌2011年にFlashの開発元であるアドビは、まずモバイル版Flash Playerの開発を終了した。


 Flash待受などの話も聞かなくなっていたなか、2017年に全面的な終了が発表された。特にFlashのままだったゲームの『艦隊これくしょん-艦これ-』と『刀剣乱舞-ONLINE-』の対応に注目が集まったが、『艦これ』は2018年、『とうらぶ』は昨年にHTML5へ移行した。


 一方で移行を断念したものもある。例えばWebサービス「アメーバピグ」のPC版は、昨年末に終了した(モバイル版はHTML5のため一部のサービスが継続されている)。また昨年末はグーグルがFlash形式のコンテンツを検索結果がら除外と、今年末終了の準備が進む。


 ゲームなどを含むWebサービスをHTML5へ移行する難しさは、それらを管理しているシステムまで考慮しなくてはならないところにある。アニメなどを含む動画コンテンツのように、別の動画形式に変換するといった対応だけでは終わらない。


 続いて制作ソフトのFlashの話をする。Flashはアニメ業界では「アニメーション制作ソフト」との説明で終わることが多かった。先に閲覧環境のFlashの話をしたので分かるかと思うが、それだけでは説明が不十分になってしまっていた。


 制作ソフトのFlashは、利用方法でも思わぬところで混乱が生じた。本格的に動画配信サイトが増加する前の2000年代前半は、ネットミーム的な作品が量産された「2ちゃんねる(現:5ちゃんねる)」を中心に“Flash黄金時代”とも呼ばれていた。


 その状況も手伝ってか、アニメ業界の人から「そういうものを作る人たちのせいで、Flashを作画で使っている人が迷惑している」、あるいは「Flashを作画で使ってもいいけど、使ったことは内緒にしてほしいと言われた」などの話を聞いたこともある。


 アニメ業界が作画のデジタル化に本腰を入れ始めた2010年ごろは、ちょうどスティーブ・ジョブズが例の“Thoughts on Flash”を発表した時期と重なった。また2011年、アドビはHTML5も想定した制作ソフト「Edge Animate」の開発を開始した(2015年末中止)。


 ところがその時期以降、クレジットに“フラッシュアニメーション”との記載も含む作品が散見されるようになった。これは実質的に「制作ソフトのFlashをデジタル作画で使用した」という意味になっていた(他の制作ソフトに関しては、基本的に記載はない)。


・制作ソフトは2016年からAnimateに 湯浅監督のスタジオ設立が早ければ……
 結果的にアニメ業界は、閲覧環境のFlashの周辺とは異なる対応を見せていた。そうしたなかでアドビは2015年末、制作ソフトのFlashを「Animate」に改称すると発表し、2016年に実行した(そして翌2017年は、閲覧環境のFlashを2020年末に終了すると発表した)。


 『映像研には手を出すな!』を制作する湯浅政明監督のスタジオ・サイエンスSARUは、制作ソフトにAnimateを導入していることでも知られている。サイエンスSARUの設立は2013年だが、もし10年ほど早かったら状況が異なっていた可能性がある。


 なお2013年の10年ほど前といえば、湯浅監督が映画『マインド・ゲーム』を制作していた時期だった。どのみちジョブズが望む未来が訪れるにしても、さすがに湯浅監督であれば「Flashはデジタル作画でも使える!」と、当時の混乱を収拾できたかもしれない。


 本件は、改めて業界を超えて足並みを揃えることの難しさを感じさせた。ただ制作ソフトのFlashはジョブズの“お気持ち表明”をキッカケにAnimateへと改称され、HTML5を含めて大幅に機能が強化されたため、むしろ良い状況になったと言えるだろう。


(真狩祐志)