2020年03月21日 10:11 弁護士ドットコム
日本将棋連盟がプロ棋戦の棋譜使用をほぼ認めていない現状を変えたいと将棋YouTuberのすぎうら氏が声をあげた。すぎうら氏は3月2日、代理人弁護士を通じて日本将棋連盟に質問状を送り、まったく回答がなければ提訴も辞さない構えだ。
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日本将棋連盟は2019年9月13日、ホームページ上で「棋譜利用に関するお願い」を公表し、私的利用の範囲を超えて棋譜を使用する場合は事前申請するよう求めている。
これに対し、すぎうら氏は、動画の中で棋譜の一部を使用しようと事前申請を繰り返しているが、ほとんどは回答なしか、一律拒否されているという。
日本将棋連盟は、弁護士ドットコムニュース編集部の取材に対し、「質問状は受領していますが、現時点ではご回答いたしかねます」とコメントした。
いったい何が起きているのか。すぎうら氏の代理人として質問状を送付した杉村達也弁護士に聞いた。
ーーすぎうら氏が2月27日に配信した動画には、杉村弁護士も出演していました。どのようないきさつで出演されたのでしょうか
「私はプライベートでコンピュータ将棋の開発をしており、大会などにも出場している縁で、以前からすぎうら氏とは知り合いでした。
すぎうら氏とは、『棋譜使用の申請をしているにもかかわらず、回答がまったくこない』など、普段から棋譜の使用について話をしていました。
すぎうら氏以外でも、SNS界隈では、『申請したがまったく回答がこない』、『不許可になった』といった話が散見されています。
そんな中、すぎうら氏が2020年2月、ある対局の『初手から最終手までの棋譜』と『特定の局面の棋譜』という2通りの使用を申請したところ、どちらも不許可という回答があったので、この状況について、どうにかならないのかという具体的な相談を受けました。
すぎうら氏は現状打破のための何らかのアクションを起こしたいということだったので、お手伝いさせてもらおうと思いました」
【2月27日にライブ配信した動画】
ーー杉村弁護士も以前から疑問に思っていたのですか
「私はコンピュータ将棋に関わっていますが、純粋に将棋ファンの一人でもありますので、棋譜が使用できない現状に疑問を感じていたところではあります。
かつて、プロ棋戦のライブ中継や過去の棋譜を閲覧できる日本将棋連盟公式アプリ『将棋連盟ライブ中継』では、ツイッターへ局面図や解説をアップロードする連携機能がありました。
アプリの規約で『観戦中の画像のツイートは1日3件程度を上限とします』と定め、局面図の利用を一部許容するという運用がされていたため、局面図などをスクリーンショットの形で投稿し、感想を言い合うことなどができました」
ーー少しであれば棋譜を使用してもらっても構わないというスタンスだったんですね
「日本将棋連盟は公益社団法人として、将棋の普及を目的とすると定款に定めています。その目的に沿って、棋譜全部の使用はスポンサーとの関係上無理であっても、一部であれば使用してよいという形で調整されていたのではないかと思っていました。
ところが、2019年6月、このツイート機能が突如削除されました。将棋ファンが訝しんでいたところ、同年9月に『棋譜利用に関するお願い』が出て、棋譜使用は申請して許可をもらう必要があるというルールになりました」
ーー連盟が認めない形で棋譜を使用した場合、どのような権利が問題となるのでしょうか
「以前、とある動画投稿サイトに昭和の頃の棋譜を将棋ソフトに自動的に指させるという動画があったのですが、それらの動画が将棋連盟所属棋士の棋譜に関する『著作権』を侵害しているとして削除請求され、一斉削除をされたことがあります」
ーー棋譜は「著作物」なのでしょうか
「棋譜が『著作物』であるかどうかについて裁判で争われたことが過去にないので一概には言えません。ただ、『棋譜は著作物には当たらない』という立場が通説的な見解だと考えられています。
過去に、『朝日杯将棋オープン戦』で、主催者が配信するライブ中継と同時に、一部のYouTuberが動画で棋譜解説を実況していたことに対し、主催の朝日新聞社からツイッター上で『権利の侵害に当たります。即時、中止してください』という連絡があったため、実況が中止されるということがありました。
朝日新聞社のいう『権利』が著作権なのかは必ずしも明らかではありませんが、主催者は、基本的にはお金を出すかわりに、プロ棋士による棋譜を独占的に掲載・配信できる権利を得ています。仮に棋譜が著作物でないとしても、スポンサーとしての一定の権利があることは認められると思います。
なお、チェスの棋譜は、パブリックドメイン(公共の財産)として、伝統的に誰でも自由に使用してよいとされているようです。スポンサーが賞金を出す大会であっても変わりません。文化や考え方に違いがあるとはいえ、チェスと比較すると、将棋の棋譜の扱われ方は少し特殊な感じもします」
ーー連盟の「お願い」では、「商業的目的に供する場合など、私的利用の範囲を超え」た棋譜使用は申請するよう求めています
「素直に読むと、『商業的目的に供する場合』は例示であり、それに類するような棋譜使用(たとえば有料の動画配信など)については申請が必要としているように読めます。
しかし、実際は、単にツイッターで局面図の解説をすることも不許可となっていますので、主催者側は、有償無償問わず、『私的利用の範囲』を狭く厳しく捉えているように思えます。
私見ではありますが、ここでの『私的利用の範囲』は、著作権法30条で認められている『私的使用のための複製』の要件である『個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内』と同じようなケースを想定しているのかもしれません」
ーープロ棋士が自分の指した棋譜をネットで公開して解説していることがありますが、これは大丈夫なのでしょうか
「どうやらプロ棋士についても一定の制限があり、たとえ自分の指した棋譜であっても、使用するのは難しいようです。
10年以上前になりますが、渡辺明三冠のブログ(2009年11月21日付)には、『日本将棋連盟では「棋士がブログ等で図面掲載する場合は、1局1図程度にする」ということになったので、今回よりそのようになります』と記載されています」
【編注】日本将棋連盟に確認したところ、現在、プロ棋士がブログなどでの解説や、将棋教室で教えるために棋譜を使用する場合でも、一般の人と同じように使用申請が必要になるという。
ーー質問状について、到達後50日以内の回答を求めています
「弁護士が送る通知書では2週間以内、早ければ7日以内という期限を設定することが多いですが、今回は、難しい案件であることに加え、新型コロナウイルスの影響があること、連盟の決算期が3月末であることなどを踏まえ、50日という期限を設定しました」
ーー質問状では質問事項が3つ挙げられています
「1つ目は、連盟と主催者が、主催棋戦の棋譜にかんして持つとされる『共通の財産』とはどのような法的権利に基づくものなのか、という内容です。『共通の財産』という表現は『棋譜利用に関するお願い』に書かれているものです。
著作権に基づくものなのか、主催者の独占的掲載権(配信権)に基づくものなのか、不正競争防止法上の『限定提供データ』として保護されているものなのか(該当するものに限る)、現時点では不明ですが、何らかの権利に基づいて棋譜使用の申請を要求するのであれば、いかなる権利なのかを明らかにしてもらいたいと考えています。
2つ目は、棋譜使用に関するガイドライン等を作成し、一定の条件を満たせば一律に棋譜の使用を許可するという運用を行う意向はあるのか、という内容です。
申請してもほとんど回答のない現状や、一局面の棋譜使用ごとに申請して許可を得るなどの手続き的な煩雑さを改善するためには、明確な基準として機能するガイドライン等の作成がよいのではないかと考えています。
ガイドライン等の作成を50日以内にしてほしいということではありません。あくまで意向の確認です。ガイドライン等の作成期限は別に設けていただく形で構いません。
3つ目は、仮にガイドライン等を作成する意向がない場合、棋譜使用に関して、今後どのように運用していくのか、という内容です。
『棋譜利用に関するお願い』には、『今後も当連盟と各棋戦主催社では、棋譜の使用に関して引き続き協議して参ります』とありますので、何らかのビジョンを示してもらいたいと考えています」
ーー質問状では法的措置についても触れています
「すぎうら氏の意向を確認する必要はありますが、今回の件に関して、日本将棋連盟が将棋の普及・発展に資するような形を具体的に検討しているということがわかれば、基本的には法的措置をとらないということになるのではないかと思います。
もし、まったく回答がないよう場合は、現状からの進展が望めないということで、裁判などの法的措置もやむを得ないと考えています」
ーー仮に法的措置をとるとして、どのような方法を考えていますか
「すぎうら氏が2020年2月にした棋譜使用の申請に対して棋戦の主催者から直接不許可とされたことが、『差し止め』に当たると考えていますので、差し止める権利はないというための差止請求権不存在確認訴訟を検討しています。
また、今回の不許可によって、すぎうら氏が不許可となった棋譜を使用した場合に損害賠償を請求される危険性が具体化されたといえます。すなわち、損害賠償請求を受けるべき地位に立たされたと考えていますので、債務不存在確認訴訟も併せて検討しています。
もっとも、裁判での解決は最終的な手段です。裁判となれば、今後の将棋界はどうなってしまうのかという懸念もあります。
日本将棋連盟も、『棋譜利用に関するお願い』で『棋譜の使用に関して引き続き協議』すると示していますので、このまま何もしないつもりはないのではないかと思います。質問状に回答していただいて、任意に解決できるのが望ましいと考えています」
ーー杉村弁護士自身は、今後棋譜の使用に関して、どのような形になればよいと思いますか
「日本将棋連盟や主催者には、棋譜に関する何らかの権利はあると考えていますので、棋譜の全部をライブ中継するとか、棋譜配信後に全てを公開することが許容されるとは思っていませんし、それを求めているわけでもありません。
『棋譜は著作物なのか』という問題もありますが、仮に著作物であったとしても、例えば引用(著作権法32条)のように、一定の範囲での使用は法的に認められています。その趣旨に鑑みれば、主催者に著作権以外の何らかの権利が認められるとしても、その権利は棋譜の使用方法を問わずに全てを不許可・禁止できるような強い権利ではないのではないかと思います。
いろいろな意見や考え方はあるでしょうが、個人的には、ツイッターへ局面図や解説を1日3件程度アップロードすることが許容されていた当時のような形でガイドライン等を整備してもらえればと考えています。
一部の棋譜でも公開することが認められれば、それを見たことがきっかけで将棋ファンが増えるということもありうるでしょうし、ファンが増えれば、スポンサーにとっての利益も損なわれないのではないでしょうか」
【取材協力弁護士】
杉村 達也(すぎむら・たつや)弁護士
千葉県弁護士会所属。一般民事事件、労働事件、家事事件等について、専門性を保ちつつ手広く業務を行う。趣味は将棋で、2019年5月に行われた世界コンピュータ将棋選手権の決勝リーグに進出した(最終7位)将棋プログラム「水匠」の開発者。
事務所名:本八幡朝陽法律事務所
事務所URL:https://www.myasahi-law.com/