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『春は必ず来る』演出スタッフに聞く、FNS音楽特別番組までの10日間 テレビがいま、エンタメ業界にできること

2020年03月21日 10:11  リアルサウンド

リアルサウンド

フジテレビ番組演出・浜崎綾氏

 3月21日よる19時より『緊急生放送!! FNS音楽特別番組 春は必ず来る』(フジテレビ系)が放送される。新型コロナウイルス感染拡大防止のためコンサートや公演の中止・延期が相次ぐなど、エンターテインメント界が大きな打撃を受けるなか、フジテレビでは「少しでも音楽の力で元気を取り戻そう!」という趣旨のもと特別番組を企画。これに賛同したアーティストたちが26組集結し、「春は必ず来る」をテーマに、日本中を元気にする名曲の数々を3時間にわたりパフォーマンスする。


 リアルサウンドでは、2800回記念を迎えた『MUSIC FAIR』(同日18時より放送)や『堂本兄弟』『FNS歌謡祭』などの番組演出を務める浜崎綾氏に音楽番組に関する取材オファーを行っていた。そのやりとりの中で、急遽音楽特番の制作が決まったとの連絡を受け、鋭意制作中の同番組について話を聞くことができた。


 前後編でお送りする浜崎氏のインタビュー前編では、10日間で一つの音楽番組を作り上げた同氏の貴重な体験談とエンターテイメントに対する情熱、また56年間一貫したテーマで作り上げてきた『MUSIC FAIR』を受け継ぐ一人のテレビマンとしての信念を語ってもらった。(編集部)


(関連:『FNS音楽特別番組 春は必ず来る』出演者


■いま必要なのは自分たちへのエール


ーー突然舞い込んだという音楽特番のお話をまずはお聞かせください。


浜崎:今日は金曜日で(取材日は3月13日)、本当にやることが決まったのが水曜日の午前11時です。突然電話がかかってきて「大変だ! 来週の土曜日、3時間の音楽番組をゴールデンでやるぞ! よろしく!」と言われて。普通だったら無茶な話ですけど、その瞬間「やってやるぞ!」というアドレナリンが出ていた自分がいて、職業病だなと思いました(笑)。今回の特番は、新型コロナウイルスの感染拡大防止を受けてコンサートや舞台が中止・延期に追い込まれている中で、「音楽やエンターテインメント業界は負けません。また来ていただける時期が来たら楽しんでください」というメッセージを発したいというところからスタートしたものです。


ーー準備は具体的にどのように進んでいきましたか?


浜崎:私は最初の電話がかかってきたとき家にいましたが、本番まであと10日しかない。まずは美術のデザイナーさんに「今日すぐ会えますか?」と連絡をして、水曜日の16時にデザイナーさんと会いました。誰が出るか、どんな番組かもまだわからない中、とりあえずセットを作ろうということになり、16時から18時くらいまででいったんセットができました。スタッフもいない状態だったので、制作のスタッフと技術のスタッフに声をかけて、とりあえず人をおさえて。水曜、木曜、と、出演アーティストにも「この番組趣旨に賛同していただけるのであれば、急な話ですが出てください」とお願いをして……それで今日、出ますと言ってくれた方が8組くらいいます(最終的には26組の出演が決定)。すごいですよね。本当にありがたいし、ありがたいと同時にアーティストやレコード会社、事務所の方々もみなさん“なにくそ”という気持ちを持っているということが伝わりました。ご自身のライブが延期になったり、ツアーがキャンセルになっていて、番組を通してなにかしらの気持ちを表現したいと思っていただいているんだなと。いまの段階ではまだ全貌は見えていませんが、番組を見ていただいたら、「10日でなかなかやったな」と思っていただける内容にはなっていると思います。


――歌う曲もすでに8組の方とは打ち合わせ済み?


浜崎:はい。もう同時に話し合いながら。今回のコロナは震災のときとは違って、人を元気づけるというより必要なのは自分たちへのエールだと思っていて。エンターテインメントに関わる自分としての意思表明であり、同業者や関係者へのエール、そういった意味合いも含めて「この歌詞がいいと思うから、この曲はどうですか?」と交渉しています。


――では選曲や見せ方もフジテレビの看板音楽番組『FNS歌謡祭』や『MUSIC FAIR』などとはまた違ったものになりそうですね。


浜崎:そうですね。だから今回の放送でアーティスト同士のコラボレーションはあまりないかもしれません(放送前日、東京スカパラダイスオーケストラ×さかなクン×関ジャニ∞、ジェジュン×城田優のコラボが発表された)。あと現状、3月21日の段階でイベントの自粛ムードがどうなっているかはわからないので「ツアーが出来ても出来なくても、それをそのまま見せたらどうですか」「お客さんが誰もいないツアーをやるはずだったライブ会場、舞台の劇場を映したらどうですか」など、色々なアイデアをいただきながら、いままさに準備している最中です。


――番組は生放送ですか?


浜崎:3月21日、19時からの3時間生放送で、場合によっては事前収録の人たちもいるかもしれません。どうなるやら乞うご期待です(堂本光一演出・主演ミュージカル『Endless SHOCK』の特別パフォーマンスは事前収録となった)。


――非常にスリリングな制作ですね。


浜崎:スリリングではありますが、今までやってきたことを考えると、まぁできるだろうと思っているところもあるから自分が怖いです(笑)。でもこういうときにテレビが何かやらなくてどうするんだ、という気持ちはありますよね。レコード会社の方々もライブの映像を無料でYouTubeに開放したりしていますし。また、いま学生はみんな家から出られなくて退屈している。主婦の方々も普段より負担が増えて大変。だからこそ、数時間だけでもほっこりするというか、「あぁやっぱりエンターテインメントって楽しいよね」「こういうムードが終わったらライブ・劇場に行ってみようかな」と視聴者の方に思ってもらえると嬉しいです。


――本当にそうですね。エンターテインメントの楽しさが忘れられてしまうことだけは避けたいです。


浜崎:そうですよね。中止したり自粛したりするのが当たり前なムードになってしまっているところに若干中指を立てたい気持ちもありますし。そういった思いと自分たちへのエールを番組を通して届けていきたいです。


■『MUSIC FAIR』は愚直に突き詰めてきた番組


ーー緊急特番の前には、18時から『MUSIC FAIR』の放送が行われます。同番組は放送2800回を迎える長寿番組となりました。浜崎さんはこれまでフジテレビの数々の音楽番組に携わってきたとのことですが。


浜崎:そうですね。担当番組には『堂本兄弟』『FNS歌謡祭』『オダイバ!!超次元音楽祭』などがありますが、『MUSIC FAIR』は2012年からです。『MUSIC FAIR』のように56年続く番組はなかなかなく、レギュラー番組としては日本最長寿です。『MUSIC FAIR』は、昔の映像を見ても今の映像を見ても『MUSIC FAIR』だと感じることができるのがすごいところ。要は番組のカラーがブレていないんです。『MUSIC FAIR』については、私が『MUSIC FAIR』をしっかり受け継いでいくという意識で演出しています。そういった意味ではほかの番組に関わるときとはかなり意識が違いますね。


――『MUSIC FAIR』を受け継ぐ、とは具体的にはどういったことでしょうか?


浜崎:番組のスポンサーであるシオノギ製薬さんが、番組を作るときに「良質な音楽を良質な映像で届けてください」とおっしゃったそうです。悲しいかな、テレビ番組のスタッフは常に0.1%の数字の上下で一喜一憂しています。0.1%上がったコーナーを続けてみたり、下がったらそのコーナーをやめてみたり、日々試行錯誤、悪い言葉でいうと右往左往する。しかし、『MUSIC FAIR』に関しては、56年間右往左往したことは一度も無くて「良質な音楽を良質な映像で届けてください」をただただ遂行する、愚直に突き詰めてきた番組です。


 『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』のような音楽番組が視聴率をとっていた時代、『MUSIC FAIR』は影が薄かったかもしれません。変わらずに愚直にやっている感じが、時代が求めているものとやや乖離している時期ももちろんありました。でもその時でさえトークパートを増やそう、トークに笑いが必要だろうとは一切ならず、ずっと突き詰めてきた結果、時代がまた『MUSIC FAIR』のようなものを求め始めている。小手先のものは要らないと、いまテレビの音楽番組はなってきてると思うんです。だから『MUSIC FAIR』が合う時代がやってきたなという感覚があります。


――たしかに『MUSIC FAIR』では上質なパフォーマンスを見ることができるという視聴者からの期待も大きいと思います。シンガーの登場も多い番組ですが、歌を魅せる上での演出面でのこだわりはありますか?


浜崎:フジテレビの音楽番組に欠かせないコラボレーション企画は、『MUSIC FAIR』でも番組オリジナルで本当に昔からやっていたんですよ。70年代、80年代にも松任谷由実さんと沢田研二さん、美空ひばりさんと郷ひろみさんなどがコラボしてきました。なので、『MUSIC FAIR』はそういうものを作る番組だという意識がアーティストにもあって、「『MUSIC FAIR』に出るからには難しいこととかチャレンジングなこととか、やらないでどうする」とみなさん思ってくださってるんだと思うんですよね。「サラッと終わっちゃうなんて『MUSIC FAIR』じゃないでしょ。持ち歌1曲なんて、そんなの違いますよ」と、アーティストサイドも思ってくださっている。これは長くやっている番組ならではだと思いますね。


――確固たるブランディングが確立されているのですね。現在4週に渡り放送されている2800回記念コンサートでのエピソードについても聞かせてください。


浜崎: 印象深いのは、NEWSとももいろクローバーZのコラボ企画です。NEWSとはここ3年くらいコンスタントに番組をやらせていただいていますが、以前『一曲NEW魂!!!!』という特番で、山に登って山頂でNEWSが歌うという企画がありました。丸一日メンバーと一緒にいて、山を登って降りて、歩くのが辛い状況の中、増田貴久くんが色んな曲を口ずさみながら下山していて、そこでももクロの曲を歌っていたんです。「増田くん、ももクロ好きなの?」と聞いたら、「好きですよ! すごく元気になるし」と言っていて。で、今回のコンサートで歌う曲について考えていたとき、ふとその言葉を思い出して、これはいいタイミングではないかと企画しました。アイデアは、そういう日常のちょっとしたストックから生まれてくることが多いですね。


 あと、2800回のために作ったわけではないのですが、『MUSIC FAIR』のオリジナルというと、LA DIVA(森山良子、平原綾香、新妻聖子、サラ・オレイン)は単独コンサートも開催していて、これこそ”THE・MUSIC FAIR”というコラボレーションですよね。歌唱力の高い4人がそれぞれ別々のフレーズを歌ってハーモニーを作る……(音楽プロデューサーの)武部聡志さんも「えらいことやろうとしてるな」と言っていました(笑)。武部さんは年間何千曲とアレンジを手がけているので、多分普段ならパパっとできるんでしょうけど、その武部さんでも「うーん」と唸りながらアレンジをしたくらい、本当に難しいことをやっているんです。でも、こういうことを『MUSIC FAIR』ではやっていきたいと、改めてみんなLA DIVAを見て思ったんじゃないかなと思いますね。


――アーティスト自体もかなりハードルの高いことにチャレンジしていると。


浜崎:LA DIVAのコンサートでは20曲ほど披露したのですが、森山良子さんが膨大な量の譜面に紙がボロボロになるまで書き込んでいて……。あんなにすごいキャリアの方が、受験生のように必死になって取り組んでくださっているんです。森山さんのすごさを目の当たりにしましたよね。いくつになっても学ぶことをやめないアーティストのみなさんのすごさに、こちらもハッとさせられます。


――レジェンド級のアーティストも番組を通して新しいことに挑戦し、腕を磨いているのですね。『MUSIC FAIR』は今後も変わらず続いていくのでしょうか。


浜崎:なかなか変わらないって難しいですからね。でも『MUSIC FAIR』は、これからも良質な音楽を良質な映像で届けていくという思いを持って作り続けていきます。


(後編へ続く)