トップへ

『映像研には手を出すな!』金森の存在から考える、自主制作アニメーションの現在

2020年03月21日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『映像研には手を出すな!』(c)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

 NHK総合にて放送中のアニメ『映像研には手を出すな!』が、好評の中で終盤を迎えている。さらに4月からはMBS・TBSでドラマの放送、5月には実写映画の公開も控えている。このアニメーション制作を志す3人の女子高校生の青春冒険譚が描かれる本作は、自主制作アニメーションという点でも注目できる。


参考:伊藤沙莉の浅草氏は最高だ! 『映像研には手を出すな!』没入に誘うハスキーボイス


 自主制作アニメーションは、大学生・専門学校生が在学中(課題や卒業制作も含む)に個人・グループで制作したり、監督が実費で制作したりする作品を指す。映画祭やコンテストではインディーズ、ゲームではインディー、同人誌即売会では同人といったり呼称も様々だ。近年では動画配信サイトの発展により、自主制作アニメーションも権利者がアップしていれば、誰でも観られる環境にもなった。ところで、それらを制作する環境はどのように整えられていくのだろうか。ここでは自主制作アニメーションにおけるプロデューサーの立ち位置や、商業へ移行していく過程について考えてみたい。


 『映像研』の特徴としては、やはりプロデューサー的な役割の金森さやかの存在が挙げられる。金森は、監督の浅草みどりやアニメーターの水崎ツバメをバランスよくサポート、コントロールする頼もしい存在で、臆することなく正論をズバズバ言うところに人気がある。海外でも人気が高いのは、顔のパーツがアニメというよりアニメーションに近いのもありそうだ(この場合のアニメとアニメーションの意味はリミテッドやフルといった作画枚数の多寡ではなく、作風や絵柄としての解釈になる)。


 金森のような役割の人物は、実際の自主制作アニメーション界隈ではレアな存在である。制作を主体としたサークルや部活では、浅草や水崎はともかく、制作せずに注文をつけるだけの人の居心地が良いとは言い難い。映像研は、あらかじめ金森と関係が築けていて、すでにある団体に入るのではなく、新たに立ち上げた部活動だから成立していると言える。


 実際の自主制作アニメーションの現場では、外部から仕事が舞い込んできたとしても、その多くは監督自身でギャラやスケジュールなどを管理することになる。特にMVのような単発の作品の場合、そこまで作業量を必要としないのであれば、自身で完成させることが想定されている場合も多い。仮にギャラに色がついていたとしても優先されるのはキャラクターや背景の作画や彩色ができる人になる。案件を抱え込み、制作ラインの維持が厳しくなった時に初めて、プロデューサーの存在が必要になるのだ。


 映像研においては、浅草が制作してみたい“最強の世界”の妄想を水崎とともに繰り広げて止まらないところから、金森が可能な範囲で折り合いをつける役割も果たしている。もともと浅草が引っ込み思案で交渉事が苦手なこともあるが、結果的に金森の存在が、学生の間から社会人として自立するためのスキルを磨く役割をも兼ねている。


 そのため、金森が浅草の代わりに高校の内外で交渉してまわる様子は会社のようでもある。つまり映像研の活動は、自主制作というよりもさながらオリジナル企画や新規IPの立ち上げに近いかもしれない。その奮闘ぶりは、社内ベンチャーのようでもある。そのように考えると、自主制作では所在なさげな金森の立ち位置がしっくりくるのだ。


 自主制作アニメーションで話題になった監督は、そのまま監督としてキャリアを積むことも期待されやすい。同時に、その機会を与える会社にも期待が託されてきた。例えば『君の名は。』や『天気の子』などで有名なコミックス・ウェーブ・フィルム(CWF)は、新海誠監督の他にも様々な監督をプロデュースしてきた。なかには、CWFでの『カクレンボ』(2004年)の制作を機に神風動画から独立したYAMATOWORKSの森田修平監督もいる(森田監督は、現在サンライズと『ORBITAL ERA』を制作している)。


 記憶に新しいのは、『けものフレンズ』で関心を集めたヤオヨロズだろう。『けものフレンズ』で商業監督デビューを飾り、一躍ファンを獲得したたつき監督は、それ以降、自主制作アニメーションの『ケムリクサ』や『へんたつ』などが、立て続けにTVシリーズ化されている。


 こういった監督が原作も兼ねている場合は、本来自主制作から商業へ移行していく過程が傍目には分かりにくい。たつき監督の場合は自主制作と商業制作の境目がなくなっている例とも言える。現在放送中の『へんたつ』に関しては、たつき監督が自身の自主制作団体・irodoriを中心に、少人数のままで制作しているのもあるが、『ケムリクサ』では自主制作版をパイロット版として本編が制作されたのに対し、『へんたつ』では自主制作版で一旦完成させていたものを基本としている。総尺の差はあるものの、その垣根は徐々に低くなってきている。


 また『映像研』の制作陣にも自主制作アニメーションに関わりが深い人は少なからず存在している。サイエンスSARUの所属では、オープニングや作画監督、絵コンテなどでクレジットされている木下絵李が、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻の出身だ。同専攻の作品は、国内外の映画祭やコンテストで存在感を示している。


 外部から参加では、学生時代に自主制作アニメーションの『K×Drop!!』などを監督した水谷汐里がいる。水谷が所属するスタジオコロリドは、『ペンギン・ハイウェイ』などの監督・石田祐康が所属していることで知られる(石田もまた、学生時代から自主制作アニメーションの『フミコの告白』などで有名だった)。


 エンディングには、原作者の大童澄瞳が制作に参加している。その大童は自主制作アニメーション『クラユカバ』のプロジェクトにも参加している。『クラユカバ』は自主制作アニメーションの『ウシガエル』などで知られる塚原重義が監督。クラウドファンディングで700万円弱が集まり、そろそろパイロット版が完成する。長編化を目指しており、こちらの完成も楽しみに待ちたい。


 プロデューサーの役割を金森のように内に求めるか、それとも外に求めるかでも異なるにしても、自主制作アニメーションの経験者が商業でも引き続き監督を務められる環境は望ましい。日の目を浴びる機会が少なくとも、映像研のように熱量を持って取り組んでいる人がいて、さらにそこから商業デビューする人もいる。『映像研』とともにチェックしてみるのもいいだろう。 


■真狩祐志
東京国際アニメフェア2010シンポジウム「個人発アニメーションの15年史/相互越境による新たな視点」(企画)、「平成30年史 激変!アニメーション環境」(著述)など。