2020年03月20日 10:01 弁護士ドットコム
「社内の懇親会を欠席したいと上司に伝えたら、参加は強制だといわれました」。そう話すのは、東京都内のメディア関連企業に勤めるJ子さんだ。
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J子さんが以前、同業の別会社で働いていた時、上司に懇親会を欠席する旨、伝えたところ「理由を教えて。出席は社員の義務なんだけど」と言われたそうだ。
弁護士ドットコムにも、このような相談が複数、寄せられている。
ある相談者の会社では、懇親会が「参加強制」とされている。就業時間外におこなわれるのに、時間外手当は出ない。相談者は「違法またはパワハラなのでは」と疑問を感じている様子だ。
仕事をするうえでは「飲みニケーション」が必要と考える人もいる。一方で、家庭の事情があったり、飲みの席が苦手だったりするなどの理由で「飲みニケーション不要論」をとなえる人もいる。
そのため、懇親会や飲み会を「強制」することに抵抗を感じる人も少なくない。また、表立って「強制」と言わないものの、全員参加が不文律になっていたり、「なぜ出席しないのか」などと暗に参加を強制されたりするケースも多いはずだ。
そもそも、会社の懇親会は「労働時間」といえるのか。
裁判例では「当該懇親会等が、予め当該業務の遂行上必要不可欠なものと客観的に認められ、かつ、それへの出席・参加が事実上強制されているような場合」は、懇親会などの時間も「労働時間」にあたるとした裁判例がある(東京地判・平成23年11月10日)。
では具体的に「労働時間」として認めてもらうために、どうしたらいいのか。河村健夫弁護士に聞いた。
ーー労働時間として認められるなら、懇親会に行こうと考える人も多いようです。労働時間として認めてもらうためには、どんな条件が必要なのでしょうか
「まず大切なのは、業務遂行上必要不可欠であることが『客観的』に認められることです。
上司が『飲み会でのコミュニケーションこそ仕事の急所。今日の懇親会は業務上必要不可欠だから全員参加!』などと勝手に(=主観的に)宣言しても、客観的に見て『上司の自慢話に付き合うだけの飲み会』であれば、その懇親会は『業務上必要不可欠』とは言えません。
その場合には、労働時間としてもカウントされません」
ーー客観的に「業務上必要不可欠」な懇親会とは、どのようなものでしょうか
「具体的事情によるとしか言いようがありませんが、下記の双方の条件をクリアした個数が多いほど認められやすい傾向があります。
1つ目には『業務としての性質を含んでいるか』。2つ目には『参加が義務となっているか』です」
ーーそれぞれ詳しく教えてください
「まず1つ目のハードル『業務としての性質を含んでいるか』について。業務として認められる可能性のある5つの要素をもとに、より詳しく考えてみます。
1)懇親会の前に業務であることが明らかな行事が実施されており、懇親会は先行する行事と内容的連続性を持って実施されている(例:午前中に会社の組織体制変革についての発表と経営陣によるスピーチがあり、午後は各部門の新メンバーによる懇親会が実施されたような場合)
2)懇親会に先行する行事の案内などにおいて、自由参加の余地の少ない表現で懇親会への参加を要請している(例:社外のアナリストを招いた新製品発表会の案内状に「発表会に引き続き、ホテル●●宴会場にて開発チームが同席して新製品の具体的使い心地をご案内します」などと記載した場合の開発チーム員)
3)社内スケジュール管理表、日報、業務報告書などの社内の業務進捗管理ツールにおいて当該懇親会の予定が記載され、会社も異議なく承認している
4)懇親会の時間帯に該当する給与を会社が支払っている
5)懇親会の費用を会社が負担している
恐らくは、一般的に『これ、業務じゃない?』と疑問を持つ懇親会のほとんどは、第1のハードルを越えられずに『労働時間』と認定されない結果になると思います。」
ーー次に第2のハードル「参加が義務となっているか」について教えてください
「第2のハードルはたとえば、1)懇親会の幹事などを任され、出席しないと懇親会自体が成立しない、2)上司から出席を命令された、あるいは出席しない場合の不利益をちらつかされた、3)職場の同僚のほとんどが参加する懇親会である、4)2次会や3次会ではなく、1次会である。などでしょうか。
『強制参加』の懇親会は、第2のハードルはクリアするかもしれませんが、第1のハードルが超えられないか、単に上司が『主観的に』業務上必要不可欠と思っているだけで、労働時間とは評価できないことが多いと思います」
ーーもし仮に、業務上必要不可欠な懇親会に参加した場合には、会社に対して時間外手当や残業代を請求することはできますか。
「客観的に業務上必要不可欠な懇親会であれば労働時間にカウントされますから、当然に時間外手当等を請求できます。
しかし、客観的に業務上必要不可欠とは言えない懇親会の場合には、その参加時間は労働時間ではないとされますから、時間外手当等の請求はできません」
ーー上司が部下に参加を強制することは違法とは言えないのでしょうか
「懇親会が『客観的に業務上必要不可欠な懇親会』であれば、参加時間は労働時間であり、賃金の支払対象となります。代わりに、参加命令は業務命令ですから原則拒否はできません。『強制参加』そのものは、違法とは言えません。
ただ実際には、『客観的に業務上必要不可欠ではない懇親会』が多数でしょう。その場合には参加を強制することはできませんから、参加の勧誘の域を超えて参加の強制をすることは違法です。
また、上司が部下に『客観的に業務上必要不可欠ではない懇親会』を強制することは、その外形上だけではパワハラに該当しません。
しかし、不参加の理由を根掘り葉掘り聞いたり、不参加について人格を否定するような発言をしたり、参加しなかった場合に業務遂行上の不利益を与えるなどの行為を伴っている可能性があります。そのため、パワハラに該当するケースが実際には多くあるだろうと考えられます」
ーー欠席する理由を聞いたり、全員参加が不文律になっていたりする場合にも「強制」と言えるのでしょうか
「参加が『強制』という場合は、『必ず参加してください』といった命令による直接的な強制の他にも、形式的には自由参加の体裁をとっていても不参加の人を不利に扱うような間接的な形の『強制』もあります。
間接的な強制のケースと単なる『勧誘』の境界はわかりにくいのですが、不参加を表明することにより不利益を受けるのであれば、事実上の強制であると言えます。
欠席の理由を聞く場合も、単に次回以降の参加率を上げたいために任意で回答を求めるのであれば強制とは言えません。しかし『理由を必ず答えなさい』などと回答を義務付けたり、回答しなかった人をその後不利に扱ったりするのであれば、事実上の強制にあたります。
同様に、職場の全員参加が不文律になっている場合、その理由が『本当は休みたいけど、休むと周囲から変わったやつだと思われるし』という程度であれば事実上の強制とは言えないと評価されるでしょう。一方で『不参加だと人事上の不利益があるから休めない』ということであれば、事実上の強制にあたります。
なお、客観的に業務上必要不可欠な懇親会であれば『強制』されても違法ではないことは、すでに触れました(業務上必要な出張を命じられて拒否できないことと同様です)」
【取材協力弁護士】
河村 健夫(かわむら・たけお)弁護士
東京大学卒。弁護士経験17年。鉄建公団訴訟(JR採用差別事件)といった大型勝訴案件から個人の解雇案件まで労働事件を広く手がける。社会福祉士と共同で事務所を運営し「カウンセリングできる法律事務所」を目指す。大正大学講師(福祉法学)。
事務所名:むさん社会福祉法律事務所