トップへ

柔道部の「巨漢先輩」から壮絶いじめ…母が奮闘し、弁護士立てない「本人訴訟」で勝訴

2020年03月20日 09:31  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

学校いじめの被害者側が、弁護士を立てずに、加害者を訴えて勝訴するという裁判がこのほどあった。かれこれ20年以上、いじめの取材をつづけているが、こうした「本人訴訟」はめずらしい。被害にあった男性は、いまだに精神的なダメージを引きずっているため、裁判で奮闘した母親が取材に応じた(ライター・渋井哲也)。


【関連記事:会社の食堂で「ノンアルコールビール」 昼休みに飲んだだけでクビになる?】



●きっかけは、スマホが壊れたことだった

原告は、関東地方の高校に通っていたシンジくん(仮名)。被告は、同じ高校の柔道部の1学年先輩、トウジ(仮名)だ。つまり、部活内のいじめだった。



前提として、シンジくんとトウジは、かなりの体格差があった。トウジは、シンジくんよりも、身長が10センチ以上高く、体重は60キロも重かった。



シンジくんは2016年の高校入学後、柔道部に入った。当初から、いじめというほどではないが、トウジにからかわれることがあった。



「シンジの柔道着は、親戚のおさがりで、ジャストサイズ(ピチピチ)でした。そのため、からかわれていたようです。カモという意味で"カモちゃん"とも呼ばれていました。ただ、当初は和やかな雰囲気だったので、心配していませんでした」(シンジくんの母親)



しかし、その後、あることがきっかけでいじめがはじまる。



判決などによると、シンジくんは2016年6月ごろ、トウジから「お前のせいでスマホが壊れた。ゲームのデータが消えてしまった。(課金していたのだから)弁償しろよ」と、現金を要求されたという。



「部活の練習中に、トウジのスマホの画面が壊れることがありました。それがきっかけでした。なぜ、柔道場にスマホを置いていたのかわかりませんが、うちの息子はトバッチリを食らっていたのです」(シンジくんの母親)



●同学年の部員もいじめの対象に

さらにトウジは、仲間と遊ぶためのお金を捻出するために、シンジくんをカツアゲしはじめる。



トウジがいじめの対象にしていたのは、シンジくんだけでない。シンジくんと同学年のケンスケくん(仮名)もいじめられた。



「うちの息子は"スマホの修理代"を払えるほどのお金を持っていなかったのですが、ケンスケくんは、どう工面したのかわかりませんが、暴行を受けたくないという思いから、支払ったようです」(シンジくんの母親)



いじめの現場は柔道部の部室だった。ほかの体育系の部室は1つの棟に入っているが、柔道場の中にあり、外から気づかれなかった。



しかも、1、2年生あわせて4人という少人数の部活で、もう1人の2年生(トウジの同学年)はあまり部活に参加していなかった。



つまり、3人のときだけ、いじめがおこなわれていた。いわば、トウジからの暴力的な支配関係ができていたのだ。シンジくんは、トウジの最寄り駅まで、強制的に見送りを求められることもあった。



●ゴキブリの死骸がバックの中に

シンジくんは2016年6月以降、トウジからみぞおちにパンチを受けるようになった。柔道の試合で肋骨を痛めていたときにもみぞおちに裏拳をされた。その後、パンチは空手の突きに変わった。



いじめについて、シンジくんは兄に打ち明けていた。しかし、「親には内緒」と言われていたために、兄は、暗にいじめがあることを匂わせるようなことは言ったものの、母親に伝えていなかった。



ただ、母親のほうも、その前からなんとなく、シンジくんの態度がおかしいと感じていた。部活動のスポーツバックの中にゴキブリの死骸が入っていたからだ。



「ゴキブリの死骸が入ったのは、部室ではないかもしれません。部室で入ったとしても、誰かが故意に入れたとは限りません。しかし、おかしいなと思いはじめたきっかけでした」(シンジくんの母親)



母親は当初、部活ではなく、クラスのいじめを疑った。担任に「クラスの中で浮いている印象がある。大丈夫でしょうか?」とカマをかけるなどした。



「いじめがあるとしたら、クラスだと思ったんです。授業参観の日に聞きました。"浮いている"というのは口実でした。まさか、部活の先輩とは思っていませんでした」(シンジくんの母親)



●カツアゲがひどくなる

シンジくんは当初、お金を渡すことはほとんどなかったが、毎日暴行されていれば、恐喝に負けてしまう。お金を出せば、暴行されずに済むからだ。毎日、シンジくんは家族から昼食代として1000円を渡されていたが、それもカツアゲされていた。



シンジくんが夕食のときに何度もおかわりする様子を家族が見ている。



「2016年6月ごろから毎日のように恐喝されていました。家族も『金遣いが荒い』と心配していました。シンジは、親戚を回って、お小遣いをもらうこともありました。最終的には、トウジがとったと認めた以上の金額をとられていると思います」(シンジくんの母親)



母親は部活顧問に話して、部室を見にいったり、練習を見学させてもらったりした。不審がったトウジは、シンジくんへのいじめもエスカレートすることがあったという。



「『柔道が好きだから』という理由で、同年7月ごろから見学に行きました。シンジは無口で、無表情で、目が死んでいました。いじめられているか、聞いたんですが、答えないで、その場からいなくなりました。



何も言いませんでした。親の顔も見ません。ただ。シンジは兄に『7月が一番、ひどく叩きのめされていたので、死のうと思っていた』と話していたようです」(シンジくんの母親)



●平手打ちで「鼓膜」が損傷した

2016年7月からは、それまでの暴行に加えて、柔道の帯やハンガーを用いた暴行がはじまった。同年8月になってようやく、兄が「やられているよ」と母親に話した。



「7月に家族旅行をしたんです。そのときに、シンジは『部活があるから行かない』『僕は、柔道があるから行っちゃいけない』と言ったんです。実は、父親は柔道経験者です。シンジのケガを見て、柔道によるものではないと思っていたんです。きっと知られたくなかったんでしょう」



シンジくんは同年11月、トウジから平手打ちされて、聴覚に異常を感じるようになった。耳鼻科で検査をすると、左鼓膜に損傷があった。



トウジは同年12月、部室にあったハンガーを分解して、金属の棒の部分を取り出し、自転車のゴム製チューブとつないで、ストーブの中に入れて、赤く焼けた金属棒を取り出した。そして、その部分でシンジくんを殴打した。



●学校によるアンケート結果は廃棄されていた

実は、学校はいじめの調査をおこなっていたが、そのことについて母親はいっさい知らされていなかった。



「調査のことは、なにも知らなかったので、情報開示請求をしました。開示決定がされたのですが、アンケート調査をしていることがわかりました。しかし、そのアンケート調査の内容も請求したのですが、『すでに捨ててしまった』というのです」(シンジくんの母親)



文部科学省が作成した「いじめの重大事態に関するガイドライン」(2017年3月)では、「個別の重大事態の調査に係る記録については、指導要録の保存期間に合わせて、少なくとも5年間保存することが望ましい」とされているが、アンケートの原本は破棄されたというのか。



2017年3月、ようやく交渉のテーブルが用意された。ただ、当事者が直接会うことは避けて、保護者同士が学校の会議室で会うことになった。この問題を受けて、トウジはこのあと退学になった。



その場で、シンジくんの母親は、部活の顧問から「詫びを入れるので、(トウジの罪を)軽くしてあげてくれ」と言われたことを覚えている。そのためもあり、結局、警察に被害届を出したが、恐喝罪だけにした。



「親としての判断ミスでした。1カ月後、シンジから聞いた話は、その時点で知っていた内容よりもヘビーでした。その罪を軽くしてしまったんです。警察に『余罪は?』と聞かれて、『いいです』と言ってしまったんです。シンジには本当に申しわけないと思っています」(シンジくんの母親)



トウジはその後、恐喝事件により保護観察処分を受けた。



●図書館で本を借りて本人訴訟でたたかうことに

2017年11月、示談交渉になった。トウジの親族が「もう1年も前のことなのに!」と怒鳴った。話し合いは不成立となった。シンジくんの母親は調停をしようとしたが、最終的に2019年3月、提訴を決断する。弁護士に依頼するとしても、費用がかかるため「本人訴訟」を選択した。



「図書館で本を借りて、法律関係の勉強をしました。慰謝料の算定や不法行為、本人訴訟の文献は買った文献もあります。訴状を書き上げるのはなかなかしんどかったです」(シンジくんの母親)



最初、簡易裁判所に訴状を提出したが、被告(トウジ)側の要望で某地方裁判所になった。



2019年5月、第1回口頭弁論が開かれた。そのあと、保護観察所での「心情等聴取書」と「心情等伝達通知書」が開示された。トウジが一定の事実を認めた内容だ。



●裁判所は「不法行為」を認めた

そして裁判所はことし3月、シンジくんに対する傷害や恐喝は「犯罪行為」とした。



そのうえで、それ以外の暴行についても、「必ずしも強度なものでなかったとはいえ、原告と被告との力関係等を背景として長期にわたり執拗に繰り返されていたものであるから、その悪質さを否定することはできない」として、不法行為を認定した。



「やるだけのことはやりました。専業主婦で時間があったので、人に頼むなら自分でやってしまえ、と思いました。書類の形式がわかれば、やれると思ったんです。 もし、この内容で勝てない、つまり、お金が取れない場合、弁護士を費用としては大赤字になります。筋が通っていればなんとかなるだろうと思ったんです」(シンジくんの母親)



今回は、いじめの中の犯罪行為として証拠が残っているケースを中心に、裁判所は加害者の不法行為を認めて、トウジ側に対して約37万円の支払いを命じた。



●勝因は、学校を訴えていないこと?

しかし、シンジくん側は、行政(学校)を訴えていない。行政の責任を問う場合は、不法行為と認めさせるためには、予見可能性や結果回避義務という壁がある。弁護士でもなかなか突破できない場合も多い。



「行政を被告にするのは難しいとは思いました。だから、外したんです。どうせ、行政も、"知らぬ・存ぜぬ"というでしょうし。書類を見せてほしい、というだけでも、拒否的だったですし」(シンジくんの母親)



今回の勝訴は、加害者だけに絞ったことが1つの要因だったのだろう。このほかに勝訴になった要因について、母親はこう話していた。



「もう1人の原告(ケンスケくん)は降りてしまいましたが、途中まで、2人でたたかったのは大きかったと思います。もし1人だった場合は、(証言も1人になるなど)難しいと思います。また。個人情報開示請求が役に立ちました。保護観察所でのやりとりの書類があったことも大きかったです。(開示請求や情報公開、いじめ裁判に関する)先人たちがいたからこそ、できたと思います」(シンジくんの母親)