2020年03月17日 13:21 弁護士ドットコム
香川県議会が日本初の施行を目指す「県ネット・ゲーム依存症対策条例」が波紋を広げている。
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この条例案は、ネットやゲーム依存の防止を目的に、家庭での子どものゲーム使用を平日は60分、休日は90分までに制限するよう保護者に求めている。しかし、条例の素案が非公開の検討委員会(委員長=大山一郎議長)で議論され、議事録も取られていない「密室」で決められたことに、批判の声が上がっている。
また、香川県は1月下旬から2週間、条例素案に対するパブリックコメントを県民から募集。県議会事務局によると、パブコメは2686件集まり、そのうち2269件が「賛成」だったというが、パブコメの内容は、一部のみ3月17日朝に香川県のホームページで公開されただけだった。この条例は3月18日には県議会で可決され、4月から施行される見通しで、十分に議論が広まる時間がないことも批判の対象となっている。
こうした動きに対し、「この条例はどのような立法事実(法律や条例の必要性を根拠づけるもの)があるのか不明瞭です。議論の過程もパブコメの結果も県民に対し、十分に公開されていない。本当に必要ならば、県民の前できちんと議論すべきです」と香川県在住の佐藤倫子弁護士は厳しく批判する。
それでもなお、香川県県議会はこの条例の施行を目指すのだろうか?(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
この条例素案は当初より異例づくめだった。
弁護士ドットコムニュースでも報じてきたように( https://www.bengo4.com/c_23/n_10738/ )、昨年9月に県議が検討委員会を立ち上げて議論してきたが、非公開で傍聴もできない状態が続いている上、議事録もないことが明らかとなっている。
佐藤弁護士はその手続きに問題があると指摘する。
「この条例にどのような立法事実があるのか、どのような目的なのか。その目的に対して本当に効果があるのか。議論が公開もされず、議事録もなければ、きちんと責任ある判断がされたのか検証することができません。
3月12日にも検討委員会は開かれましたが、条例案を県議会に提案する直前の議論にもかかわらず、資料すら県民には公開されていません。県民の前で正々堂々口にすることができないようなことは、そもそも口にすべきではないでしょう」
パブコメの実施も大きな批判を集めた。県が行うパブコメは原則1カ月以上にもかかわらず、この条例素案に限っては募集期間が半分の2週間と短かった。また、提出できるのは県民のみ(事業者は除く)という制約も疑問視された。
その結果は、県内の個人や団体から2615件が集まり、そのうち2269件が「賛成」だったと議会事務局は説明する。しかし、通常の県のパブコメは通常、数件しか集まらない。賛成反対を問わず、2600件を超える意見が寄せられること事態が異例だ。
議会事務局に取材したが、特別な広報は行っていないといい、「当方においても、多くのご意見をいただいた理由は分かりません」と話す。
一方で、この条例の成立を推進してきた県議と親しい香川県内の市議が、2月16日付けのブログでパブコメを書き込む用紙数十枚の写真を掲載。賛成意見を「身近な人の意見」として紹介していた。この市議に対して、ネットでは「パブコメに動員をかけたのでは」と批判を集めている。
パブコメの概要は3月12日の検討委員会で報告され、地元メディアにも公表されたが、議員にさえ全ての意見が開示されたわけではなかった。検討委員会の1人で、条例に反対の立場を表明している秋山時貞議員(日本共産党)は次のようにツイートしている。
「日本共産党県議団として、ネット・ゲーム依存症対策条例へのパブコメ全意見の開示を再三に渡り県議会に求めていますが、未だに開示されません。
これでは各委員が責任ある判断もできません。パブコメを公開し、県民の前でしっかりと議論すべきです」
全意見の早期公開を求め、日本共産党香川県議団と自民党議員会は3月16日、検討委員会に対し申し入れを行っている。
自身もパブコメを送ったという佐藤弁護士は疑問を投げかける。
「検討委員会で配られたパブコメの概要は80ページにおよんだそうです。そのうち、賛成意見は1ページだけだったのに対し、反対意見は70ページ以上とのことでした。
『賛成意見がほとんどで、反対意見はほとんどが誤解によるもの』という大山委員長のコメントが報じられていますが、そもそもどうやって賛否を判断しているのか。県民に全てが公開されなければ、それも検証できません。
検討委員会からパブコメまで、ブラックボックスで行われていることが問題です。1回も公の場で議論されないまま、可決されてしまいます」
その後、香川県は3月17日、検討委員会で提出されたパブコメの概要と同様と思われるものを公表。やはり賛成意見は1ページにまとめられ、反対意見について70ページ以上が割かれていた。反対意見について、県議会事務局側が条文ごとに集約。そのすべてに「ご意見等に対する考え方」として、条例への疑問に回答している。
たとえば、前文には「本県の子どもたちをはじめ、県民をネット・ゲーム依存症から守るための対策を総合的に推進するため、この条例を制定する」とその目的が書かれているが、次のような疑問が寄せられている。
「香川県内で実生活に支障が出るほどのゲーム依存を患っている子どもの具体的な数は把握しているのか。また、依存症とされる人たちの生活実態等についてはどの程度調査されて いるのか」
「具体的に国内や香川県内で『ゲーム障害』に相当する人がどのくらいいるのか明示されて おらず、規制の根拠にはならない」
これに対し、「ご意見等に対する考え方」では、「香川県教育委員会が平成29年に実施した『スマートフォン等の利用に関する調査』において、『ネットに夢中になっていると感じる』『ネットの利用を制限しようとしたがやめられなかった』『使い始めに思ったよりも利用時間が長い』といった項目に多く該当し『ネット依存の傾向にある』と考えられる生徒の割合は、中学生では3.4%、高校生では2.9%となっているという調査結果が出ています」と回答する。
しかし、引用されている調査はスマホの利用であり、ゲームの利用でない上、ゲーム障害と診断された生徒の割合ではなく、「ネット依存の傾向があると考えられる生徒」と、大きく異なっている。
この条例の目的はどこにあるのか。佐藤弁護士は、当初の条例素案から現在の条例素案までの変節に注目する。
「当初の案では、ネットもゲームも区別されず、ネット・ゲーム依存症につながるような『スマートフォン等の使用』に平日1時間の制限を基準として設けていました。しかし、批判を受けたり、検討委員会の中での調整があり、制限がゲームに限定されました。
さらに、報道によると3月12日の検討委員会ではパブコメの影響か、条例案が『基準』から『目安』と後退しているそうです。強制するものではなく、ただご家庭で話し合ってもらうための目安にすぎませんと。ここまで『骨抜き』してまで施行する意味はあるのでしょうか?」
佐藤弁護士はその本当の目的について、「素案の条文からは、ゲームやネット依存症対策に隠れて、家庭教育支援法の様相が透けて見えます」と指摘する。
家庭教育支援法とは、自民党が成立を目指す法案で家庭教育について、保護者の第一義的責任を強化するもの。封建的な家父長制を否定した日本国憲法に反するという批判もある。
「香川県の条例素案の前文には、『子どものネット・ゲーム依存症対策においては、親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要』とあります。
6条2項でも『保護者は、乳幼児期から、子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない』とか書かれています。
これには、親の愛情が足りないから依存症や精神疾患になるのだと言って、あるべき家庭像を設定し、家庭に介入する思想がベースにあります。事実上の家庭教育支援条例と言っても過言ではありません」
この条例は突然、ふってわいたものではないと佐藤弁護士は指摘する。香川県の子どもや保護者は、これまでもネットゲームへの依存症に対する「啓蒙」を受けてきているという。
県下普及率の6割という圧倒的なシェアを誇る四国新聞は2019年、「ゲーム依存症対策」という特集を大々的に組み、新聞協会賞を受賞している。
「その四国新聞が作成したネットゲーム依存症対策のDVDを、教育委員会は県内の幼稚園や小中高等学校に配っています。そうした普及啓発活動を行ってきました。県内の公立校では、『ノーメディアデー』を設定して、子どもたちのインターネットやゲームの利用時間を記録させたりしていました。
政治とメディアが一体となった県民運動です。『ゲーム依存は脳に悪影響があり、成績が落ちる』という記事が四国新聞には毎日のように記事が載るし、学校でもDVDを見せられる。私も、小学校の保護者会でDVDを見せられ、保護者同士で話し会いをさせられたりしました。そうした流れの中で、あの条例の素地が醸成されてきたのです」
確かにゲーム依存症について、世界保健機構(WHO)は昨年5月、ゲームのやり過ぎで日常生活が困難となる「ゲーム障害」を正式な疾患として認定した。ただし、その研究や治療は2022年からの発効とされている。
「ようやく国も議論を始めたところです。香川県も国の議論を見て、エビデンスをしっかり集めて、議論をオープンにして取り組めばよいと思います」と佐藤弁護士は話している。