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薬の治験「金が稼げる!」「本当に大丈夫?」 イメージ通りの実態なのか

2020年03月15日 09:21  弁護士ドットコム

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時々、話題にのぼることがある薬や医療機器の「治験」。薬を飲んで、ひたすら監視体制のもとで、寝ているだけの高額アルバイト、ナチスドイツの行っていたような非人道的な人体実験というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。その実態について、実際に業務に携わったことのあるライター・見習い師さんに解説していただきました。


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●人体実験であることは確かだが…

治験について、健康な人が参加する高額アルバイトというイメージがあるかもしれませんが、実際には、健康な人がアルバイトとして参加できる治験は限られています。ほとんどは患者さんが対象のものです。健康な人に薬を使用しても、患者さんの病気の状態が良くなるかどうかわからないからです。



治験が、人体実験であることは確かですが、ナチスドイツの非倫理的実験の反省から定められた、倫理的な配慮がいくつもあります。



ヒトを対象とした研究「臨床研究」のうち、製造販売承認を目指して実施する臨床試験のことを「治験」と言います。簡単に言うと、販売前の薬・医療機器のヒトでの試験を指すものが治験です。



●薬の発売までのプロセス、市販後の臨床研究も

薬の発売までには、
非臨床試験(動物や細胞)
第I相治験(主に健康人)
第II相治験(主に少数の患者)
第III相治験(より多数の患者)
にて効果、副作用、相互作用(他の薬との飲み合わせ)などを調べます。



第III相治験にて良い結果が出ると、厚生労働省の製造販売承認を得て、薬を発売することができます。そのため、治験の結果が発表されると、大きく株価が動きます。良い結果が出れば大きく株価が上がり、悪い結果となれば極端に下がることもあります。



バイオベンチャー「サンバイオ」の新薬候補が外傷性脳損傷の治験で良い結果を出した結果、2000円程度だった株価が最高11450円まで上がりました。その後、慢性期脳梗塞の治験で悪い結果となり、2000円程度まで急落したことがあります。



発売後にも、市販後臨床試験(第IV相試験)やそれ以外の臨床研究を行い、薬の効果、副作用をさらに調べます。市販後試験で良い結果が出れば、それを宣伝できるので、製薬メーカーは、積極的に市販後にも臨床研究を行います。



●薬を飲み、何度も採血、採尿されながら寝ているだけのバイト

健康人対象の高額アルバイトとして募集されているものは、第I相治験です。



1~2週間入院し、24時間監視体制の中、決まった時間に薬を飲み、何度も採血、採尿されながらベッドに寝ているだけのアルバイトです。報酬は、全体で、30万円~50万円程度です。大抵はスマホ持ち込み自由です。大量の漫画や小説のおいてある病室にて、一日中ベッドの上で過ごします。



一度治験に参加すると、一定期間(試験によって、数か月~1年くらい)は別の治験に参加することはできなくなりますが、一定期間経過すれば参加できますので、常連の治験ボランティアなんて人もいます。年数回の治験ボランティアをし、それ以外の期間で世界中を旅するバックパッカーもいるようです。



●事故が起きてしまうことも

それでも、まれに、実際に事故が起きてしまうことは事実です。



2006年イギリスの健康成人対象治験にて、実薬を投与された6名全員が多臓器不全、偽薬を投与された2名は無事との事故。



2016年フランスの健康成人対象治験にて、実薬を投与された1名が死亡、他の実薬投与5名も後遺障害が懸念される状態、偽薬2名は無事との事故。



2019年日本の健康成人男性対象治験にて、参加した118名の内、実薬投与された1人が、退院後飛び降り自殺との事故。



悲しい事故が発生してしまったことは確かですが、事故の頻度は決して高いものではありません。2019年の1年間だけでも、世界中で開始された第I相治験の数は約4000件もあります。事故の発生原因、対策も研究されています。



例えば、2006年イギリスの事故以降、初めてヒトに投与する際、ごく微量から開始する手法が検討されるようになりました。



●文書で説明し、事前同意を得た後でも、いつでも辞退が可能

上記のほかにも、事故がなるべく起きないよう、様々な倫理的配慮がなされています。



厚生労働省令「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(通称GCP省令)」により、実施しなければならない倫理的規定があります。GCP省令を順守して治験を実施しなければ、薬の製造販売承認を取得し、販売することはできません。GCP省令には、下記のような内容があります。



・全ての被験者さんに対し、治験の内容を文書で説明し、事前に参加同意を得ます。同意後も、いつでも参加辞退可能であることも説明します。
・GCP省令、治験実施計画書通りに治験を行っていても起きてしまった健康被害に対し、補償を行うため、保険会社と契約をしておきます。
・GCP省令違反、治験実施計画書逸脱などの問題によって健康被害が生じた場合は、補償とは別の手順で、損害賠償が行われます。
・治験の計画書、患者さんへ説明する文書、治験薬の情報が書いてある概要書、健康被害の補償に関する資料(保険会社との契約に関する資料)などを、各病院が設置する治験審査委員会に提出し、科学的、倫理的に妥当か審査します。



また、治験に限らず、臨床試験実施前に、試験計画を、臨床試験登録情報サイトに登録しなければなりません。悪い結果が出た時に公表しないことを防ぐためです。2004年、イギリスの製薬メーカー「グラクソスミスクライン」が、臨床試験の結果、抗うつ薬パキシルによって自殺が増えるとの結果を隠ぺいしようとした事件がありました。この事件の反省より、世界中で、事前登録制度が運用されるようになりました。



●開発中の実薬vs発売中の最新治療の治験が増えている

国内では、UMIN臨床試験登録システム、国際的には、WHOの国際臨床試験登録プラットフォームがあります。試験開始前に登録しておかなければ、学術雑誌に論文掲載できず、治験であれば、日本でも、アメリカ、EUでも製造販売承認を得られないといった不利益を生じます。



第II相治験や第III相治験は患者さん対象です。第I相治験でも、薬の特性によっては、患者さん対象の治験もあります。



十分な治療法のない疾患の患者さんにとっては、参加するメリットも大きいものです。 新しい、画期的な治療法を受けられる可能性があります。



最近は、実薬vs偽薬ではなく、開発中の実薬vs発売中の最新治療の治験が増えています。1回10万円以上する最新治療を、製薬メーカー負担で利用できることもあります。健康被害が生じれば、メーカー負担で治療を受けられることもあります。



それ以外にも、受診1回につき、1万円~5万円程度の謝礼金をもらえます。



治験や臨床研究は、医学の発展のため、必要なものです。医学が発展することで、多くの患者さんにとって、治療の選択肢が増えます。効果の良い治療法も開発されます。 機会があれば、治験への参加を検討してみてください。