トップへ

連れ子に対する虐待はなぜ起こるのか? 母が「簡単にSOSが出せない」事情とは

2020年03月15日 09:11  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

大きな社会問題となっている子どもへの虐待。この数年、目立つのがパートナーの連れ子に対する虐待だ。


【関連記事:キラキラネームを同級生にバカにされ、泣き崩れた屈辱の過去…親を訴えることは可能?】



度重なる虐待を受けて女児(船戸結愛ちゃん、当時5歳)が亡くなった「目黒女児虐待事件」(2018年3月)。2019年9月には、さいたま市の教職員住宅で小学4年生の男児が、母の再婚相手に殺害される事件も発生した。



この他にも、母の交際相手や実の親ではない同居する男性に虐待を受けたり、殺害されたりする例は少なくない。なぜ連れ子に対する虐待はなくならないのか。子どもの虐待・ネグレクトの防止を目的とするNPO「チャイルドファーストジャパン」の理事長を務める山田不二子医師(内科医)に詳しい話を聞いた。(福田晃広)



●内縁の男性が同居するケースは虐待リスクが高い

山田医師は、2019年1月に起こった野田小4女児虐待事件で野田市児童虐待事件再発防止合同委員会のオブザーバーとして関係者へのヒアリングを行うなど、かねてより虐待防止のために活動してきた。



この数年で報じられた虐待事件では、加害者が「養父」「継父」「実母の交際相手(Mom’s Boyfriend)」となるケースが相次いだため、「血のつながらない男性による虐待は少なくない」と感じる人は多いようで、ネットには「また継父か」「また内縁の夫か」という声があがる。



そこで、山田医師に「養父や交際相手などによる虐待は多いのか?」と尋ねると、次のような説明があった。



平成30年の警察庁の統計によれば、検挙件数1380件のうち、虐待加害者は実父622件(43.8%)、実母352件(24.8%)、養父・継父266件(18.7%)、実母の内縁の男性127件(8.9%)、その他の男性33件(2.3%)、養母・継母9件(0.6%)、その他の女性6件(0.4%)となっており、男性加害者が全体の約3/4を、実親が7割弱を占める。



「目黒女児虐待事件」では両親が逮捕されたが、女児は前の夫との間に生まれた子で、逮捕された父親は養父だった。



検挙件数全体の中で見ると、養父や内縁の男性は加害者全体の約3割弱にすぎず、意外に少ないと思われるかもしれない。しかし、養父・継父や内縁の男性がいる家庭の数は、実父がいる家庭と比べれば圧倒的に少ない。それを踏まえ、山田医師は「確率としては、実の親以上にリスクが高い」と指摘する。



「日本は、母子家庭と比べて父子家庭が圧倒的に少ない。父の交際相手と母の交際相手の虐待リスクの差異について、単純な比較は難しい」(山田医師)と前置きした上で、以下のように語る。



「臨床経験からも、実母の連れ子に対して、継父など母のパートナーが虐待を行なうことは決して少なくありません。ステップ・ファミリー(子連れ再婚によって築かれる家庭)の場合、実親とは異なり、途中から親子関係を始めます。最初から親子として関係性を築いてきた実親子と比べて、子どもも継親になつきにくいですし、継親も子どもとコミュニケーションを取るのが困難であることが背景にあると考えています」



なかでも、シングルマザーと内縁の男性が同居するケースで、特に加害性が高くなりやすいという。



「継父や養父と違い、婚姻という法的根拠がないため、連れ子との生活への覚悟が足りないことがよくあります。たとえば、親としての役割を担おうという覚悟もなく、男女関係が優先して同居し始めたケースでは、実母は交際相手を失いたくないがために、実子が虐待されても守ることに抑制的になってしまい、虐待がエスカレートするリスクが高まります」



実母が「交際相手を繋ぎとめるために、我が子が虐待されていても、容認してしまう」とも指摘する。



さらに、交際相手からDVを受けている女性の場合、下手に歯向かえば、加害者の気分を害することになり、自分もターゲットにされる危険性が高まる。そのため、口出ししない方が子どもへの虐待と自分へのDVが悪化することを防げると考え、結果として虐待を受けている子どもを守れなくなるとも言う。



母親が夫やパートナーからDV(身体的、精神的)を受けているケースでは、子ども虐待はより深刻化しやすいと言う。



●子どもの虐待を防げない背景には母親へのDVも

ところが、実父や交際相手の男性が加害者となる悲惨な虐待事件が報道されるたび、子どもを守れなかった母親の責任を問い、バッシングが激化する傾向にある。



山田氏は、「虐待から子どもを守るためなら、『離婚すればいいのに』といった意見もよく聞かれますが、DVを受けている母親は、簡単にSOSが出せない場合が多々あります」と指摘する。



「配偶者やパートナーによるわが子への虐待は当然、母にとって苦しいものですが、『自分がDVを我慢すれば、夫の経済力で子どもたちはご飯が食べられて、不自由なく学校にも通える』とつい考えてしまうのです。『DVを甘んじて受け入れることこそがわが子のため』と思い詰め、必死に耐え忍んでいる母たちが世の中にはたくさんいるのです」



2019年1月に起こった野田小4女児虐待事件でも、傷害ほう助罪で有罪( 懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年)が確定している母親(32)は、自身の公判において、傷害致死罪などで起訴されている夫(42)に暴行を受けたと証言(※夫は実父だが、亡くなった栗原心愛(みあ)ちゃんが1歳のとき、別居。9歳のときに同居を開始)。



山田医師ら野田市児童虐待事件再発防止合同委員会のオブザーバーたちは、野田事件関係者へのヒアリング調査を行なった。裁判でも明らかになったように、夫への恐怖感のあまり、実母は夫が心愛ちゃんを虐待するのをやめさせることも、警察や児童相談所に助けを求めることもできなかった様子が浮き彫りになったという。



また目黒女児虐待事件でも、母親が事件前、女性警察官に「殴られたことはありますか?」と尋ねられたが、「殴られるとは、グーで叩かれることだと思っていて、パーで叩かれることは殴られるとは言わないと思っていた」という。



そのため、平手で叩かれていたのに「殴られたことはない」と答え、女性警察官に「ケガをしたことはありますか?」と聞かれても、「ケガをしたことはない」と答えていた。そのため、女性警察官は「この夫婦にDVはない」と判断してしまった。



山田氏は「暴力を受けていたにもかかわらず、本人にDVの認識がないケースは、決して珍しくない」と説明する。しかし、現状、DV被害者に対する行政の対応は遅い。



DVは、身体的以外に性的、経済的、心理的など多種多様であり、対策を講じるには、専門性が必要となる。しかも、子どもへの虐待が合併している家庭は非常に多いので、対応には迅速さと慎重さが求められる。



ところが、警察や児童相談所など、対応にあたる人たちが「DVや虐待について正しく理解できていないのも問題」だと山田医師は警鐘を鳴らす。



「子どもの泣き声を聞いた近所の人から警察に通報があり、警察官が駆けつけて、子どもの体を見ても、『あざがないから身体的虐待はない』と判断されてしまうことはよくあります。身体的虐待とは、『子どもの身体に外傷が生じ、または、生じるおそれのある暴行のこと』ですから、あざなどの外傷が生じない身体的虐待もあるのです。



また、あざがなかったとしても、親のDVを見聞きすれば面前DVに該当しますので、警察は児童相談所に『面前DVという心理的虐待の疑い』として本来通告してくれるはずなのです。しかし、残念ながら、心理的虐待単独とみなされることも多く、身体的虐待が合併しているリスクが見落とされます。



せっかく泣き声通報やDV通報があっても、いちばん最初に接触する警察官のDVや虐待に関する研修が不足しているのは問題です。DVを身体的DVのみに限定してしまったり、外傷が生じていない身体的虐待を見逃しているようでは、到底子どもの命を任せられません」



●DVや虐待も「離婚要件に入れるべき」

山田医師は、民法第770条1項の離婚要件についても疑問を呈する。



「離婚の正当な理由として、配偶者の不貞行為、3年以上の生死不明、強度の精神病などが定められていますが、DVや子どもへの虐待も離婚要件に入れるべきではないでしょうか。



『母親は耐えろ』といった論調は未だにありますが、それは間違いです。DVから逃げることは、正当な行為だという価値観を社会が持たなければ、当事者にも伝わりませんし、DVに合併しがちな虐待の問題も解決しないでしょう。そのためにも民法を改正する必要性を日々感じます」



ちなみに、離婚調停や裁判では暴力や虐待、性格の不一致などは「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法第770条1項5号)に該当すると判断される可能性がある。不貞行為などと並べてはっきりと禁止するべきというのが山田医師の考えだ。



●ステップ・ファミリーに対して、周囲の理解も大事

これまで、主に継父や養父、内縁の男性による連れ子への虐待リスクについて、述べてきた。実数としては、実親による虐待のほうが多く、大半のステップ・ファミリーがよい親子関係を構築しているのは言うまでもない。



最後に山田医師は、目黒女児虐待事件などを念頭にステップ・ファミリーに対して、社会がもっと寛容になるべきだと提言する。



「血のつながりのない子どもの親になることは、想像以上に難しいと周囲がわかってあげるのがいちばん大切です。『親としてこうあらねばならない』と頭の中ががんじがらめになって、いざ実践できないと、そのギャップに苦しみ、辛さを子どもにぶつけてしまうのが、ステップ・ファミリーにおける典型的な虐待の始まりです。



最初はうまくコミュニケーションが取れなくて当たり前だという認識を社会全体で共有できなければいけません」



血のつながりだけが家族の絆を強めるわけではない。ステップ・ファミリーには、ステップ・ファミリーなりの家族のあり方がある。実親家庭と同じ家族像を押し付けられることが虐待の引き金になりうるのだ。



【プロフィール】山田不二子(やまだ・ふじこ) 1960年、神奈川県生まれ。医療法人社団三彦会山田内科胃腸科クリニック副院長。認定特定非営利活動法人チャイルドファーストジャパン(CFJ)理事長のほか、多くの子ども虐待防止団体で中心メンバーを務める。