トップへ

話題の『名探偵コナン』オープニングはどのように作られた? トムスが取り組む3DCGとToon Boom Harmonyの事例

2020年03月14日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 愛内里菜の楽曲「恋はスリル、ショック、サスペンス」に乗せた“パラパラ”から20年。2020年1月より、テレビシリーズ『名探偵コナン』のオープニングで、久々に江戸川コナンがダンスに挑んだことが話題を呼んでいる。


(参考:『名探偵コナンランナー 真実への先導者[コンダクター]』配信開始 描き下ろしイラストなども続々収録!


 WANDSの第5期として始動した楽曲「真っ赤なLip」も印象的なオープニングは、一体どのように制作されたのだろうか。


 そのメイキングが、2月9日に練馬区立石神井公園区民交流センターにて開催された『アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム(ACTF)2020』内のセッション「名探偵コナン新OPの制作でTMSが経験した、CGとToon Boomのフルデジタルアニメ制作」にて語られた。


 同セッションの登壇者は、Toon Boomマーケティングマネージャーの遠山怜欧、CG造形監督の片塰満則、映画監督の瀬下寛之、トムス・エンタテインメント(TMS)プロデューサーの安榮卓也。遠山が各氏に問いかける形式で進行した。


 本オープニングの企画は2019年の6月末からスタートし、12月中旬に完成したという。本格的な制作は楽曲の決定後に振り付けが届いてからで、10月半ば以降に素材のやり取りが頻繁になり、正味の期間は2ヶ月半くらいとのことだった。


・コナンは3DCGに向いていた 服の造形の解釈を3DCGのモデリングに応用
 ダンスを披露しているコナンは、3DCGソフト・Autodesk Mayaで制作されている。さらに2Dソフト・Toon Boom Harmonyの導入によって、作画による加筆もフルデジタル制作を目指した(Harmonyがどのようなソフトなのかは、実際に試してみてほしい。日本のみ体験版をフル機能で提供中。しかも無期限)。


 瀬下はオファーを受けた時の印象を「実はコナンのようなカリカチュア色(マンガ的な絵柄)の強いものは3DCGに向いてないのではと3、4年くらい断り続けていた。昨年PPI(ポリゴン・ピクチュアズ)を辞めた際に声をかけられて、本腰入れてやってみたらできるかなと思った」と述懐した(註:テレビシリーズ監督は山本泰一郎)。


 実際にやってみると「コナンは驚くほど3DCGに向いていた。33年も3DCGをやっているが、先入観だったというのを勉強させられた。ここに恐らく3DCGや、それだけではできない2Dのソリューションを導入した時の本質的な展望とか、メソッドの核みたいなものが潜んでいる」との発見があったという。


 ここで瀬下がいう先入観とは、“解剖学的に正しいものが3DCGに向いている”というものだった。「簡単に言うと、フィギュアにしても成立するキャラクターだったということ。つまり三次元にしても向いている」(瀬下)。


 メイキングは「僕も3DCGを30年以上やっている」という片塰が解説(片塰も瀬下と同じく昨年までポリゴン・ピクチュアズに所属していた)。まず「楽曲が決まった時点で演出振付家のゲッツさんにお願いした。石山(桂一)チーフプロデューサーからの『ダンスをやるならパラパラを復活させよう』という提案を受け、20年前のパラパラを意識、というかリスペクトして、同じ印象の動きやポーズを取り入れた振付にしてもらった」と経緯を明かした。


 今回は3DCGベースのコナンをHarmonyによる作画で補完し、その素材をAdobe After Effects で加工する、という作り方を試してみたという。3DCGのコナンが踊るアニメーションとして使用する振り付けの撮影は、全身の各部に白いマーカーがついたモーションキャプチャー用の黒いアクタースーツで行っている。


 片塰は「実写を元に作画していくロトスコープでも、単なるトレースではなくメリハリの出る動きになるように工夫していたと思うが、同様にモーションキャプチャーを使う場合も、なにか工夫しない限り、簡単にメリハリを出せるとは思っていなかった。基本的には秒間12コマだが、指を弾くなどの素早い動きやカメラの回り込みは秒間24コマ」と、制作手法が異なっても修正が必要になる点に触れた。


 振り付けの収録と同時にコナンのモデリングも進められた。「制作しながら表情も変化しているのでキャラ表を参考にするが、その際に非常に役に立ったのが歴代の作画監督による作監修正集。修正集は、線に勢いがあるので、3DCGのルックデブ(見た目の開発)の工程で、線の勢いや太さの抑揚を設定する際の、参考資料として大変有用だ」(片塰)


 質感の例として示されたメガネでは、輪郭線を途切れさせることでレンズの透明感やクリアパーツであることを表現している。これはキャラクターデザインを担当している、須藤昌朋 総作画監督からの提案だったという。また片塰は「毛先の細さはキャラ表では確認できない。口角の丸み具合や、眉毛の端の処理、袖口のシワの寄り方といった細かい部分の描き方こそが、キャラクターの造形上、重要な一部であることが、修正集から分かる」と補足した。


 片塰は続けて参考にしたコナンのフィギュアを見ながら、造形監督の役割について「フィギュアは、材料や製造工程の制約によって造形が決められている場合もあるので、立体物をそのままCGの造形に活かすことができません。でも、原作のデザインをどのように解釈してフィギュア化したのかは、3DCGのモデリングにも応用できる。それはまるで、デザイン画を基に生地を選んで型紙を起こすパタンナーのような、デザインを解釈、翻訳して製造工程に伝える役割」と、説明した。アニメーションの場合は線画で描かれている設定画を、どう立体として解釈するかの話だ。


 そのようにして完成したコナンの3DCGモデルに、振り付けのモーションを読み込んでみたところ「3DCGモデルのプロポーション(背丈など)がゲッツさんと違うため、手をたたく動作でも、掌が触れ合ってなかったり、メガネをずらそうとしても、指がフレームにとどいていなかった」ので修正を行ったとのこと。


 ダンサーにはモーションキャプチャーとは別に、スーツを着て踊るテイクも依頼した。。これも先のフィギュアと同様に「袖口や肩、腰のシワの参考として非常に役に立った。骨格の動きだけじゃなくて、衣装の形の変化や、服がなびく動きの時間差がダンスの印象を生み出しているのが分かった。単にキャプチャーした動きを3DCGモデルに読み込んだだけだと服の動きがついていないので不自然」と、動きが硬くなる原因を探り当てた。


 事例が紹介されたのはコナンのオープニングだけだが、Harmonyの活用においては、これ以外にもプロジェクトが3つ動いているようだ。


 片塰は「今回Harmonyが活躍してくれたのは髪の毛のハイライト。マッピング(3DCGモデルに描いたものを貼り付ける)も併用してるが、前髪の上に山形のハイライトと後頭部の稲妻形のハイライトを加筆した」と答えた。


 次のプロジェクトでは「キャラ表の段階からHarmonyで描いてもらっている」とのことで、「Adobe Photoshop、Procreate(iPad用の描画アプリ)、(セルシスの)CLIP STUDIO PAINTを使う人も多いだろうが、僕らは最初からHarmonyでいいかな」と、全面的な活用に踏み切った。


 作画においても片塰は「従来の紙の手描き作画のワークフローをデジタルに置き換えるのではなく、デジタル作画向けの新しいワークフローを考える。関わる人の役割は変わらないけど、関わる順番を変える、手の入れ方の順番を考えたほうがいいんじゃないか」と提案した。


 また「キャラデザの段階で、ラフに色彩設計を始めたりとか、色指定の方法を探ったり、といった各工程へのデータの渡し方を試したりできる。あと3DCGのルックデブもHarmonyの描画機能と比較しながら進めたい。。グラデーションの塗りや線の抑揚の表現とかをすり合わせる必要があるが、ルックの開発はHarmonyで描いたデザインに合わせたほうが、3DCGとのマッチングがしやすいかも」と思案していた。


 瀬下も片塰による新しい工程に関する話に応じ、「僕らがやっているNPR(ノンフォトリアル)と呼ばれる(アニメ業界ではセルルック)3DCGは、Harmonyでプリビズ(ビデオコンテ)に加筆したり、レイアウト(画面構成)やアニメーション(動きの確認)の映像にペイントオーバーしたり、といった具合に、各工程ごとにブラッシュアップが可能になる」と言及。制作工程の都合で発生しがちなコスト面の解決を挙げた。


 今回行なったのはコンポジット(アニメ業界でいうところの撮影)に持ち込む直前のデータに加筆を行ったという。これに関して瀬下は「絵を修正するという考え方だけだと、3DCGが持っている産業的なメリットがなくなる傾向にある。僕自身はアセット(転用を想定した素材データ。アニメ業界でいうところのバンクに近い)をゲームなどへも水平展開させたいという思いでやっているので、データの状態をベクター(解像度フリーで拡大縮小しても絵が荒れない)で揃えたいというのが基盤。ベクターを使うことで僕が30年やってきた3DCGの情報の扱い方を2Dのロジックに乗せることができる」と期待を寄せた。


 安榮はプロデューサーとしての視点から、同じToon Boomの進捗管理ソフト・Producerとコンテ制作ソフト・StoryBoard Proとの連携について述べた。従来だと「各制作さんが個別で進捗を管理し、連絡をし、各セクションのスタッフに連絡する必要があったが、Producerを使用することで共有でき、外回りなどの物理的な負担もなくすことができる」とメリットを挙げた。


 そして「StoryBoard Proでコンテを管理して、そこからHarmonyという形で連携ができる。3DCGベースからの2Dアプローチという形でやっていけば総デジタル化で作業でき、クリエイティブ面の底上げに一役買ってくれるのではないか」と展望した。


 一方、この『ACTF2020』においてToon Boomは「デジタル作画とカットアウトを使い分ける北米スタジオのワークフロー」と題したセミナーも実施していた。


 カットアウトとは切り絵のことであるが、日本では作品の視聴だけでなく制作にまで興味があったとしても、意外と知る人は多くない。とはいえ一部のスマホゲームやバーチャルYouTuberなどで、日常的にキャラクターの動きを目にしているのあれば、馴染みのある表現であるのが分かるだろう。


 そもそもアナログでの制作は描いた絵を撮影してつなげているため、全てコマ撮りであった。コマ撮りと聞くと、人形などを素材として動かす立体の作品を思い浮かべるだろうが、カットアウトは切り絵を素材として動かす平面の作品になる。


 当然セルも素材であり、何枚か重ねたものを撮影してつないでいた。そのため平面のコマ撮り作品であるはずだが、デジタル化していった過程の中で忘れられているかのようだ。その間カットアウトはどうだったのかというと“Flashのような動き”と形容されてしまうことが多かったため、知る機会を失っていたとも言える。


 デジタルでは、例えば作中で同じカメラアングルが複数ある場合、その都度そこに見合う絵が置かれたレイヤーの重ね順を変えて対応している。カットアウトも用いるなら、キャラクターの絵から切り分けておいたパーツの中から見合うものを置き換えるという作業も加わる。要するに頭や顔のパーツでやっていることを、全身にも応用してみるという話だ。


 少なくともこの20年は、作画か3DCGか、もしくはそのハイブリッドかという話題がメインであった。だがその外側で、カットアウトとのハイブリッドが進んできた事例や、カットアウトにも3DCGの技術が応用されている事例も知っておきたい。そうした経緯を踏まえてセミナーを聴講していたら、より理解を深められただろう。


(真狩祐志)