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「残業地獄おかしい」メディアで訴え続けた教員、保護者からの意外な反応

2020年03月14日 08:41  弁護士ドットコム

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教員の長時間労働が、社会問題となっています。働き方改革の一つとして、2019年12月には「一年単位の変形労働時間制」の導入が可能となる改正給特法(教職員給与特別措置法)が成立しました。


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これは忙しい時期の定時を延ばして、夏休みなど閑散期は勤務時間を短くし、公立校教員がまとまった休みを取れるようにするという制度です。



しかし、この制度は教員の働き方改革にはつながらないとして、導入に実名顔出しで反対した現役の公立高校教員がいます。西村祐二さんです。



西村さんは2016年8月から、ツイッターで「斉藤ひでみ」と名乗り、公立教員の時間外勤務手当などを支給しないと定めている給特法の問題点を訴え始めました。



これまで仮名で活動してきましたが、2019年10月には実名・顔出しで記者会見にのぞみ、11月には参院文教科学委員会で参考人として現役教員の立場から意見を述べました。



どうしてリスクを負ってまで、教員の働き方改革の最前線に立ったのか。そのエネルギーはどこから来るのか。これまでの活動を振り返りながら、その思いを聞きました。



●「本当は、永遠に知られないままアカウントを消したいと思っていた」

ーー2017年の取材では、顔出しについて非常に気をかけていたことが印象に残っています。心境の変化があったのですか



以前から、顔を出すことで、顔を出さずに活動するよりも給特法改正の議論に影響に与えるのであれば、出そうと思っていました。





もともと、2019年1月の中教審の答申確定を自分の活動のゴールとしていました。この直前に文部科学省と厚生労働省に「給特法」の改正を求める署名を提出しましたが、その時は悩んだ結果、顔を出しませんでした。



様々な人に相談しましたが、「これは敗北だし、給特法の議論も終了だから」と言われたんです。私はここで活動を終えて「斉藤ひでみ」というツイッターアカウントを消してもいいと思いました。本当は、自分が「斉藤ひでみ」だと永遠に知られないままアカウントを消したかったんです。



そんなとき、福井テレビから「給特法に関する特集を作る」と声をかけられました。中教審が終わったあとでしたが、「まだ議論が続くのかな」と思ったんです。2019年5月に放映されたドキュメンタリー番組では、テレビ局からの要望もあり、「斉藤ひでみ」の仮名のまま、顔は出して出演しました。



実名も公表したのは、2019年10月になり、給特法改正案が具体的に審議されるときでした。国会に訴えるために、国会議員も呼んで院内集会を開くことも考えていました。国会議員を前にして訴えるのに、匿名ではダメだなと腹をくくりました。



●実名にするまでの葛藤…教員の聖職像に自らも縛られていた

ーー実名にすることへの葛藤はなかったのでしょうか



実名を公表したあと、初任校で一緒だった先生から「西村先生じゃないかと内心思っていた」と言われたこともあるんです(笑)。現場で言っていることと「斉藤ひでみ」がつぶやいていることは、同じ趣旨の主張です。



ただ、教育委員会や文科省を批判していますし、口調は過激なところもあります。「斉藤ひでみ」のつぶやきが生徒に知られたら、教室で見せている私と少し違う印象を与えるのかもしれないと思っていました。



生徒の心が離れて、取り返しがつかないのではないか。同僚からも距離を置かれるかもしれない。それは授業や学級経営、同僚との協働など、仕事のあらゆる場面で孤立してしまうということです。教育現場で「聖職者としての教員像」はありますし、漠然とした不安はありました。



ーー結果的には、杞憂でしたか



2019年10月、顔と実名を公表して院内集会を開きました。テレビなどで取り上げられ、それを見た職場の上司は「すごいね」、「頑張ってね」と言ってくれました。校長は以前から「時間内の仕事をしっかりしていれば、私生活でどうしていても構わない」ということを言ってくれていて、お咎めもありませんでした。





さらに、名前も顔も知らない生徒が、廊下で「頑張ってね」と言ってくれたり、三者面談で保護者から「頑張ってますね」、「先生が訴えていることは当たり前ですよね」と声をかけられたりすることもありました。「新聞記事を見ました」と学校に手紙をくれた人もいました。



色んな人が「現状はおかしい」と感じる中で、現役教員が本音を話したということに賛同が集まったのかもしれません。こうした反応があったことは、救いでした。



ーーツイッターでは、「すごい勇気です」「感謝しかありません」と応援リプライが寄せられています



私の主張については賛同できない部分もあるかもしれませんが、今の残業地獄の中、心の中で「法律はおかしい」と思っている人は多いと思います。これは、現場だけでは解決しない問題です。それを実名で訴えたこと自体に、理解を示してくれたのではないかと思っています。



一方で、こういう活動をしたことは一生ついて回ります。この先何が起きるかわかりませんし、漠然とした不安がないと言えば嘘になります。



でも、この議論の中で、教員が誰も「おかしいではないか」と言わなければ、誰かの都合のいいように変えられてしまい、その時に日本の教育は本当に終わってしまうと思ったんです。



●教育界全体を考えていきたい

ーーそのエネルギーはどこからきているのでしょうか



教員になった時に、目の前の生徒のために良い授業をすることと、教育界全体を考えたいという思いがありました。それは両方、社会のために役に立ちたいということです。



こう考えるようになったのは、自分が20代のころは、社会に生かされたという思いがあったからです。映画作りや演劇に没頭し、年収はアルバイトで稼いだ100万円ほどでした。30歳で才能がないと見切りをつけましたが、好きなことを30歳までさせてもらった。



ここまで好きなことをして生活できたのは、今の日本社会のおかげであり、周りの人が居てこその自分だと思いました。だから、30歳以降は「社会のために役立った」という人生にしたかったんです。教員免許は大学で取得しており、32歳のときに教員になりました。





ーー自分の職場でおかしいことがあったとき、「どうせ言っても変わらない」と諦める人も多いと思います。どうして職場を飛び越えて、国や社会に対して訴え続けられるのですか



私が歴史の教員であることも大きいと思います。今は変革期ですから、明治維新に重ねて見ているんです。「これは全員が諦めてもなお高杉晋作が一人で立ち上がった場面だ」、「坂本龍馬のように、この人とこの人を結びつけたら前進するはずだ」。そんな風に状況を分析しています。



文科省の中にも、幕府に属しながら変革のために動いた勝海舟のように、このままではいけないと同じ思いの方もいるはずです。



これまでの歴史を振り返ると、社会は何年も何十年もかけてより良い方向に変わってきました。自分の経験からではなく、歴史から学んでいるんです。そうすると、次はこう進める、こう仕掛けたらいいのかと希望を持てます。



誰かがやってくれるなら、自分がやる必要はないけれど、誰もやらないからこそ自分がやる。これは、吉田松陰に学びました。今すぐに目の前の人を説得できなくてもいい。違う角度から攻めたら、社会全体も職場も変わっていく。そう信じています。



●変形労働時間制への懸念は拭えないまま

ーー3月4日に刊行された共著『迷走する教員の働き方改革』 (岩波ブックレット) では、変形労働時間制が現場に何をもたらすのか、今後何を議論すべきなのかを論じています。法案が通った今、どうしたら良いのでしょうか





変形労働時間制により、延長した定時に合わせて仕事が増え、夏休み前に倒れてしまうことなどを懸念しています。夏に休める保証はなく、残業は結局「自発的」なので規制が働かないと考えています。



今後、変形労働時間制の具体的な内容は、都道府県や政令市が条例で定めます。この4月以降各地で条例化が議論され、条例に定められたら2021年4月以降スタートすることになってしまいます。それに向けて、皆でもうひと頑張りできないかと思っています。変形労働時間制と給特法について考えるためのサイトも作りました。



文部科学省は、2022年度に教員勤務実態調査をする予定です。定時が延びるわけですから、見た目の残業時間は減ります。そうすると、導入していなかった自治体も、導入する方向で力がはたらくのではないかと懸念しています。



教員の中にも、変形労働時間制について知らない人はいます。職場での反応をみると、皆違和感をもっています。積極的な反対ではないにしても、なんの解決にもならないことはすぐに気づきます。



署名提出したり国会で訴えたりしたことがメディアで報じられたことで、議論の風向きが変わりました。現場の教員はこれを望んでいないのではないか、ということに世の中が気づいてくれたと思うのです。



もしもこの間の動きがなければ、粛々と成立してしまい、これからの条例化の議論でも、もっと困難な状況だったと思います。「訴えてもしょうがない」と思っている人が大多数だと思いますが、いつだって当事者が訴える価値は大きいと言いたいです。



今回の共著は、教員の特殊な働き方改革がテーマとなっています。驚きの連続ですが、中にいたらその特殊性に気づかないこともあります。そうした意味で、この本を教育関係者以外にも読んでいただき、教員の働き方改革について、「それは騙されてるんじゃないですか」と、外から批判してもらいたいです。