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ベンツがライバル!? 新たな送迎車トヨタ・グランエースの狙い

2020年03月09日 11:32  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
トヨタ自動車が2019年12月16日に発売した新型車「グランエース」は、日本では珍しい全長5mを超えるフルサイズワゴンだ。送迎車として開発された、いわゆる“働くクルマ”である。そのため、年間販売目標台数も600台とかなり控えめ。つまり、ニッチな市場を狙った新型車なのだ。このグランエースとは一体、どんなクルマなのだろうか。開発責任者を務めたトヨタ車体の沼田靖志氏らのインタビューを通して、その誕生の背景と魅力に迫った。

○新たな市場の開拓を目指す意欲作

新型車グランエースは、送迎車需要に特化して開発されたクルマである。ここでいう送迎車とは、普通免許で運転できて、定員10名以下の多人数乗車が可能なモデルを指す。10人乗りモデルで最もポピュラーなのはトヨタ「ハイエース ワゴン」だが、こちらの車内はバスのようなシートが並ぶ効率重視の仕様。快適性を求めるユーザーは一般的に、トヨタ「アルファード」など、6~8名が乗車可能な高級ミニバンを選ぶ。このため、最近はタクシーでもミニバンが広く活躍している。

ただ、乗用車としてはサイズが大きめなアルファードといえど、3名以上の乗員と荷物を載せて移動するとなると、車内はやや窮屈になる。このため、3名以上の送迎、特にVIPやエグゼクティブが相手となると、複数台を使用することが多い。もちろん、レジャーに向かう場合であっても、人と荷物が多ければ、やはり複数台が必要となる。

現実的に、アルファードなどの高級ミニバンであっても、1台では事足りないシーンがあるのだ。しかし、国産車には、こういった需要を満たしてくれるクルマがない。トヨタとしても、そのような用途の競合車がないため、これまでは送迎に特化したクルマを送り出そうという機運が湧き上がってこなかったのだという。

そこに目を付けて開発したのがグランエースだ。沼田氏は「分かりやすい例として、帝国ホテルのタクシー乗り場を挙げましょう。そこには、セダンとワゴンに分けた2種類のタクシー乗り場がありますが、ワゴン乗り場には、フルサイズミニバンのメルセデス・ベンツ『Vクラス』しか停まっていません。限定的とはいえ、フルサイズワゴンでなければならないシーンに必ずニーズがあると確信し、開発に取り組みました」と話す。つまりグランエースは、トヨタが入り込めていなかった新たな市場を狙う戦略車なのである。

○ベースは海外向けハイエース、中身は別物に進化

もちろん、限定的な市場に向けたクルマであるため、ゼロから専用開発するのは難しい。そこで、トヨタの中で最適なベース車を探したところ、海外向けハイエースの標準ボディに白羽の矢が立った。しかし、誤解してはならないのは、単に海外向けハイエースを改造しただけのクルマではないということだ。

海外向けハイエースにも「マジェスティ」や「グランビア」と呼ばれる送迎車が設定されているが、グランエースは内装や作りなどの細部が異なる。もっといえば、乗り味まで違うのだという。グランエースはあくまで、日本での送迎車ニーズと道路事情に合わせて開発を行っている。そのために、月販目標50台のクルマとは思えないくらいの開発費を投じているそうだ。

海外仕様のハイエースには最大11人乗りのモデルが用意されているが、グランエースは6人乗りの「プレミアム」と8人乗りの「G」の2モデルのみだ。その主力に据えるのが、上級グレードの「プレミアム」である。アルファードの最上級グレード「エグゼクティブラウンジ」ですら7人乗りなのだから、アルファードがすっぽりと隠れてしまうグランエースが、いかに空間を贅沢に使っているかは一目瞭然だ。

沼田氏によると、「コンセプトに掲げる“圧倒的な広さ”と“上質さ”を最も体現するのが、6人乗り仕様」なのだという。現時点での受注の約7割は「プレミアム」だそうだ。「正直、6人乗りだけでも良かった」との沼田氏のコメントからも、開発チームがグランエースのコンセプトに強い自信を持っていたことが強く印象付けられた。ただ、より多くのニーズに応えるべく、乗車定員を優先した8人乗りの「G」も用意したとのことだ。
○こだわったのは“酔わないクルマ”

グランエースを送迎車として作り込むにあたり、こだわったのは“酔わないクルマ”にすること。山道などのアップダウンやカーブが多い道を走っていると、今のミニバンでは後席の人が揺すられ、それが酔いにつながる。グランエースはミニバンよりも大きなボディを持つので、不快な揺れや動きを感じさせない快適な走りを実現すべく、ボディ剛性の強化、足回りのチューニング、コントロール性に優れるブレーキ、力強いエンジンなどの徹底した作り込みを行っている。

沼田氏は、「グランエースには、世界初や日本初といえる要素はひとつもありません。その代わり、基本性能を磨き上げたんです」と実直なクルマ作りを強調する。例えばシートも、骨組みこそアルファードのものを流用しているが、中身のパッドなどを変更し、より疲れにくいものへと改良した。静粛性を高めるため、不快な音や振動も徹底して抑え込んでいる。特に振動対策には苦労があったようだ。実際に乗ってみると、後席の乗り心地と静粛性は、申し分のないレベルにまで鍛え上げられていることが分かった。

もちろん、ドライバーに酔わない運転をさせることも重要となる。実際に乗ってみると、意外なまでに運転しやすくて驚いた。
○あえてシンプルな作りに

ロングライフなビジネスカーでもあるため、デザインは「シンプル イズ ベスト」を目指した。ここで重視したのは“一目で日本車と分かるデザイン”だという。感覚的に表現すれば、「センチュリー」や「クラウン」などのビジネスシーンで活躍するトヨタ車が持つ独自の世界観だろう。質感は高いが、過度なきらびやかさを抑えたフォーマルなスタイルだ。この考えを反映し、内外装は落ち着いた色のみの設定となっている。

グランエースのユニークな点は、あえて採用していない機能があることだ。例えば、リヤウインドウが開閉できない固定式となっていたり、大きくて重い大型のリヤゲートが手動式になっていたりする。しかし、これは単なる簡素化ではなく、より広い室内を確保するための作戦のひとつでもあるのだ。

窓に開閉機構を付けると当然、ドアの厚みが増す。同様に、テールゲートの電動化もゲートの厚みに直結する。つまり、機能を増やすと室内の広さを圧迫してしまうのだ。もちろん、厚みが増えただけ車幅を拡大すれば問題は解決するが、日本の道路事情を考慮すると、これ以上のサイズアップは適当ではない。そんな判断だ。ただ、テールゲートに関しては利便性を考慮し、電動化や操作性の向上などを検討しているという。

グランエースの背の高さにも秘密がある。ハイルーフではなく2m以内に収まる標準ルーフとなっていることだ。車内における移動のしやすさや乗降性を高めるなら、背は高いほうが有利なのだが、駐車場などの高さ制限を考慮した結果、この全高としたそうだ。ただし、この点でも、ドア開口部をなるべく広く確保できるよう、ルーフの接合方法を変更するなどの改良を加えたという。
○「グランエース」はまだまだ進化する!?

初期受注だけで950台と、年間販売目標を大きく上回る好調な滑り出しを見せるグランエース。アルファードなどの高級ミニバンと比較すると、豪華さでは一歩ゆずるが、あらゆる面で考え抜かれたクルマだと感じた。とにかく、広さという武器を存分に活用した快適性については、アルファードなどの高級ミニバンに比べても圧倒的に高い。まさに、プロフェッショナルの相棒と呼べるクルマだ。

ライバルのメルセデス・ベンツ「Vクラス」と比較する場合は、何を重視するかで勝敗の判定が分かれそうだ。おそらく、快適性ではいい勝負となる。コストパフォーマンスではグランエースが有利だ。一方で、Vクラスの持つ華やかさをグランエースは持ち合わせない。この点は、さすが高級車メルセデス・ベンツだと思わせる雰囲気がある。

ただ、グランエースはまだ誕生したばかりなので、今後は市場の動向などをフィードバックし、育てていくことが重要となる。トヨタが「グランエース」というブランドを一流の送迎車まで引き上げられるかどうかが、勝負の決め手となりそうだ。

○著者情報:大音安弘(オオト・ヤスヒロ)
1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。主な活動媒体に『webCG』『ベストカーWEB』『オートカージャパン』『日経スタイル』『グーマガジン』『モーターファン.jp』など。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。(大音安弘)