2020年03月08日 09:52 弁護士ドットコム
音楽教室での演奏をめぐり、ヤマハ音楽振興会など音楽教室の事業者が、JASRAC(日本音楽著作権協会)に著作権使用料の支払い義務がないことの確認をもとめた裁判で、東京地裁は2月28日、請求を棄却した。音楽教室側は3月4日、判決を不服として知財高裁に控訴した。東京地裁の1審判決について、著作権にくわしい高木啓成弁護士に解説してもらった。
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この裁判は、JASRACが音楽教室から著作権使用料を徴収する方針を打ち出したことに対して、音楽教室側が原告になり、著作権使用料の支払い義務がないことの確認をもとめて提起した裁判です。
具体的には、著作権の1つに「演奏権」という権利があり、(1)「公衆」に対して、(2)「聞かせることを目的」として演奏する場合、原則として著作権者の許諾、つまりJASRACへの著作権使用料の支払いが必要となります(著作権法22条)。
裁判では、音楽教室での演奏が、この条文の要件にあてはまるのかどうかが、主な争点となりました。
音楽教室側は、音楽教室での演奏の主体は、講師と生徒であり、特定の講師と生徒がマンツーマンまたは少人数で演奏をおこなっているだけなので「公衆」に対する演奏ではないと主張しました。
一方、JASRACは、音楽教室における演奏の主体は音楽教室自体だと主張しました。そして、JASRACは、音楽教室のレッスンは申込をすれば誰でもレッスンを受講することができるため、音楽教室による演奏は「公衆」に対する演奏だと主張しました。
一見すると、「音楽教室で演奏しているのは、講師と生徒なんだから、JASRACの主張はおかしいんじゃないか?」と思われるかもしれません。
しかし、たとえば、カラオケ店舗では、物理的には歌っているのは利用客ですが、法律的にはカラオケ店舗が音楽を利用していると評価されて、カラオケ店舗が著作権使用料を支払う義務を負います。
これは昭和63年のカラオケスナックでの演奏についての最高裁判例以降、テレビ放送転送サービスの事件やカルチャースクールでの演奏の事件など様々な重要事件の判決で踏襲された考え方です。「カラオケ法理」と呼ばれています。
今回の判決でも同様の判断がなされ、結果として、音楽教室の主張は認められませんでした。
音楽教室側は、音楽教室での演奏は課題や手本を示すためのものであり、聞き手に感動を与えるようなものではないので、「聞かせることを目的」とする演奏ではないと主張しました。
この主張は、これまでの裁判事例にないユニークなものだったので、今回の裁判の提訴の段階でも話題になっていました。
しかし、裁判所は、「聞かせることを目的」とする演奏とは、必ずしも聞き手に感動を与えるようなものであることを要せず、音楽教室での演奏も講師と生徒がお互いに「聞かせることを目的」としていると判断しました。
また、音楽教室自身、パンフレットで「講師の生演奏を聴いたりすることによってお子さまの情緒を育みます」「心に響く生の音を繰り返し聞くことで、聴く力が豊かに育ち、表現する力も育まれます」と記載していることが証拠上明らかになりました。
そうなると、音楽教室側の主張を前提としても、音楽教室での演奏は聞き手に感動を与えるようなものといえるので、そもそもの主張が成り立たなくなってしまいます。
これら2点が大きな論点でしたが、上記の説明の通り、音楽教室の主張はどちらも排斥されています。
音楽教室側からは、ほかにも、「音楽教室で使用する楽譜は音楽教室での演奏に使用されることが当然に想定されている」「講師も生徒も全員が音楽教室で演奏する楽曲のCDを購入しているので、音楽教室での演奏は違法性を欠く」といった主張がなされています。
しかし、楽譜が当然に音楽教室での演奏に使用されるとは限りませんし、楽譜やCDの著作権使用料と演奏の著作権使用料は異なる法的根拠に基づくものです。
ですので、いずれの主張も認められず、1審では、JASRACの全面勝訴といえる結果となりました。
音楽教室側(音楽教育を守る会)は3月5日、知財高裁に控訴したことを発表しました。 https://music-growth.org/common/pdf/200305.pdf
主張のポイントとして、(ⅰ)「公衆」に対する演奏ではないこと(カラオケ法理を適用すべきでないこと)、(ⅱ)すでに楽譜や発表会での演奏については著作権使用料を支払っていること、(ⅲ)音楽の利用促進や演奏家育成とのバランスをとるべきことを挙げています。
やや場当たり的な主張に終わってしまったからか、「聞かせることを目的とするものでない」という主張は掲げられていません。
(ⅰ)のポイントについては、「カラオケ法理」は判例で確立した考え方ではありますが、たしかに、サービス営業主体を著作物の利用者だとみなしてしまう点については、無制限に拡大解釈すべきでないという批判もあるところです。
音楽教室側が、いかに説得的にカラオケ法理を適用すべきでないという主張をおこなうことができるかがポイントになると思われます。
(ⅱ)、(ⅲ)のポイントについては、法律的論点というよりも価値判断の部分なので、どこまで裁判所の判断に影響を与えるかは難しいところです。
あくまで個人的な感想ですが、音楽教室自身のパンフレットで「講師の生演奏を聴いたりすることによってお子さまの情緒を育みます」「心に響く生の音を繰り返し聞くことで、聴く力が豊かに育ち、表現する力も育まれます」などと記載していることは、非常に音楽教室側に不利な証拠だと思います。
そこまでレッスンでの音楽の影響をアピールするのであれば、レッスン中の演奏についても著作権使用料を支払うべきだという価値判断に傾くように思います。
ちなみに、1審判決は、音楽教室が音楽の利用主体であることを前提に、音楽教室は申込みをすれば、誰でもレッスンを受けることができるという理由で「公衆」に対する演奏だと認めています。
JASRACは、近所の子どもを集めた小規模な教室については「当面は徴収対象としない」としていますが、今回の判決の考え方からすれば、法律的にも、先生が自宅で知人の子どもにピアノを教えているような小規模な教室であれば、「公衆」に対する演奏とはいえず、著作権使用料を支払う必要がないという結論になりそうです。
【取材協力弁護士】
高木 啓成(たかき・ひろのり)弁護士
福岡県出身。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。映像・音楽制作会社やメディア運営会社、デザイン事務所、芸能事務所などをクライアントとするエンターテイメント法務を扱う。音楽事務所に所属して「週末作曲家」としても活動し、アイドルへ楽曲提供を行っている。HKT48の「Just a moment」で作曲家としてメジャーデビューした。
Twitterアカウント @hirock_n
事務所名:渋谷カケル法律事務所
事務所URL:https://shibuyakakeru.com/